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村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』【感想】

オススメ度:★★★★★

歴史は消すことも、作りかえることもできないの。それはあなたという存在を殺すのと同じだから。(p.46)

 

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

著者:村上春樹(1949~)

京都府京都市生れ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の声を聴け』で群像新人賞を受賞しデビュー。1987年に発表した『ノルウェイの森』は上下巻1000万部のベストセラーとなり、村上春樹ブームが起こった。2006年にはフランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞。主な作品に『海辺のカフカ』『1Q84 』などがある。

 

あらすじ

多崎つくるは大学二年生の7月、突如として高校時代の5人組でつくられた、小さな美しい共同体から絶縁をうけた。その共同体ではつくる以外が名前に色を含んでおり、彼らはお互いを色で呼び合っていた。高校卒業後は色のつく4人は地元名古屋に残り、つくるだけが上京していた。凄まじい喪失感と希死念慮を経て、生まれ変わったつくるは卒業後、鉄道の駅をつくる仕事に就く。

月日が流れ、36歳になったつくるは2歳年上の沙羅という恋人ができる。親密な関係になった二人だったが、沙羅はつくるに「あなたの心には問題がある。」と言い、過去を清算するように勧める。つくるは沙羅の協力のもと、かつての友人のいる名古屋、そしてフィンランドを訪れ共同体の過去と向き合っていく。

 

感想

村上春樹の作品の好きなところは、映画を見るのと同じテンポで読めるのとです。これは速く読むことができるという意味ではなく、読みながら浮かんでくる情景のスピードがうまく作られた映画のようで、読んでいて大変心地がよいのです。

シーンが切り替わるタイミングも絶妙で、一度頭を整理して心を落ち着かせたいというタイミングで切り替わります。もちろん構成だけでなく表現力もすばらしく、終盤でつくるとクロがフィンランドで再開し、ゆっくりと話をするシーンでは1ページめくる度に大きく息を吐きました。それほどの緊迫感がありました。

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この作品の中で印象的な役割を果たすフランツ・リストの「ル・マル・デュ・ペイ」という曲があります。この曲は『巡礼の年 第1年:スイス』という曲集に収められている作品です。

私は作中で登場した作品や絵画を確認するのが癖なので、「ル・マル・デュ・ペイ」も作中で登場してすぐに探して聞いてみました。

もの寂しい旋律のなかに、どこか不安定さや物憂げさが感じられます。多くのクラシック音楽は寂しさと同時に優しさや温もりが感じられるのに対し、「ル・マル・デュ・ペイ」は不安になるような流れで、どちらかと言えば心地悪い印象でした。この時は聞いた後で口直しとして「英雄ポロネーズ」を聞いて落ち着きました。正直に書けば口直ししなければいけないほど好きではない曲でした。

あまりいい印象のなかったこの曲でしたが、本を全て読んでから再び聞くと不思議と違った印象を受けました。最初に聞いたときには不穏な曲というだけでしたが、改めて聞くと長い間つらい過去を心の奥底に封じ込め続けたつくるの心と曲の印象がリンクして、少しだけですが「理解できた」気がしました。