本と絵画とリベラルアーツ

本と絵画を通じて教養を身につけるブログ。本や絵画を三つのポイントで分かりやすく解説します

【画家の紹介】ディエゴ・ベラスケス【バロック美術】

スペイン黄金期を代表する宮廷画家ベラスケス。

 

時のスペイン王フェリペ4世に気に入られたベラスケスは生涯をスペイン・ハプスブルク家に捧げ、画家としてだけでなく城の役人としても活躍しました。

 

宮廷画家であったベラスケスはひとつひとつの作品に時間をかけたため各作品の完成度が高く、残した作品の数は少ないことで知られています。

 

今回はベラスケスの作品を鑑賞するときのポイントを3つのポイントからわかりやすく解説していきたいと思います!

 

ベラスケスの作品の鑑賞の3つのポイント

①スペイン・ハプスブルク家の宮廷画家
②巧みな人物の内面表現
③印象派に与えた影響

 

スペイン宮廷画家:ディエゴ・ベラスケスの紹介

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「ラス・メニーナス」 1656年 プラド美術館

 

①スペイン・ハプスブルク家の宮廷画家

ベラスケスはそのキャリアの大半を宮廷画家として過ごしました。 

ベラスケスは11歳から18歳までをパチェーコという当時有名だった画家の下で修業した後、独立して画家になりました。24歳とときに時の訪れたスペインで時の国王フェリペ4世にたいそう気に入られ、宮廷画家としてのキャリアをスタートさせます。ベラスケスは宮廷画家としてだけでなく王宮職員の役職も与えれ、その後死ぬ直前までハプスブルク家のために働き続けました

 

彼は61歳で死にましたが、これも王宮での仕事による過労が原因でした。

1660年に主君のフェリペ4世の娘マリア・テレサと、太陽王とも呼ばれたフランス・ブルボン朝の国王ルイ14世との結婚式が行われました。(ちなみにこの結婚により継承関係がややこしくなり、数十年後幾度にわたる継承戦争が勃発する原因にもなります)

この時結婚式の総責任者の白羽の矢が立ったのがベラスケスでした。当時60歳だった彼はとてつもないプレッシャーの中で職務を全うし、式を見届けるとその翌年役目を終えたかのようにこの世を去ったのです。

 

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ルイ14世とマリア・テレサとの婚儀の様子(デストラン作)

宮廷画家として王宮で働けたことは多忙という面でベラスケスを苦しめましたが、一方で彼を画家として大成させる要因にもなりました

 

ベラスケスは宮廷画家として働く中で、スペイン領ネーデルラント(現:ベルギー)から外交官として派遣されてきたルーベンスと出会い親交を深め、宮廷の豪華なコレクションを研究や時には買い付けのために行ったイタリアでの修行などを通して作風を発展させていきました。

 

こうした多くの“本物”の絵画や画家との接触の中でベラスケスは教養と実力を高め、ついにはマネをして「画家の中の画家」と言わせしむ高みにまでたどり着いたのです。



②巧みな人物の内面表現

宮廷で長い時間を過ごしたベラスケスは宮廷内で暮らす多くの人々の肖像を残しました。そして身分を問わずそれらの作品に共通している特徴として、人物の尊厳や威厳といった内面を巧みに描き出していることがあげられます。

 

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左:ベラスケス「スペイン王フェリペ4世」 1631-32年 プラド美術館
右:リゴー「ルイ14世の肖像」 1701年 ルーブル美術館

以上の2枚の絵は同じバロック美術の画家が描いた国王の肖像画になります。

 

これらは似た構図で威厳がよく表現された二枚でありますが、その表現方法には大きな違いがあります

まずリゴーの描いたルイ14世の方では後ろの柱から絨毯にいたるまで金色がふんだんに使われ、バロック美術らしい“豪華絢爛” というイメージが強く伝わってきます。さすがヴェルサイユ宮殿の主らしい金と権力の強さが感じられます。

 

一方のベラスケスの描いたフェリペ4世の肖像画を見ると、登場する一つ一つの小道具が比較的質素であることがわかります。絶頂期ではないといえかの世界一の名家ハプスブルク家です。豪華にしようと思えばいくらでもできたはずです。しかしベラスケスはあえてそれらの要素を排除して、国王の人格の気高さを描き出すことに成功しました

 

ベラスケスが描いたのは宮廷の王族だけではありません。彼は宮廷で暮らす小人や道化師についてもしばしば描いています。

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「バリェーカスの少年」 1643-45年 プラド美術館

 

この絵は王太子の遊び相手として宮廷で暮らしていた矮人を描いたものです。

この絵の特徴は、矮人の目線が見る人と同じ高さになるように描かれていることです。こうすることで見る人と絵の中の人物が“対等”になり、作中の人物の尊厳がダイレクトに伝わってきます。また顔の周りの背景が影で暗くデザインされており、見る人の視点が人物の顔に向かっていきます。

 

この絵画を眺めていると、中の人物が「ある」のではなく、「いる」のであることがひしひしと伝わってくるでしょう。この矮人の中に存在する尊厳が見事に表現されています

 

洗練された技術力の高さによってベラスケスは人物の尊厳を巧みに描き出しているのです

 

 

③印象派に与えた影響

もう一つ、ベラスケスが絵画史において重要である点として彼が印象派に影響を与えたということがあります。

 

こちらは先ほどのベラスケス「スペイン王フェリペ4世」を拡大した画像になります。

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離れてみると模様であった部分が、拡大すると筆の跡の集まりであることがわかります。このように筆の跡を並べて描くスタイルはのちの印象派が好んで用いられました。

ベラスケスの作品はのちの美術史における一大ムーブメントの布石となったのです。

 

印象派のなかでもマネは特にベラスケスに心酔し、背景表現の面でその影響を色濃く受けています。こちらについては以下の記事で詳しく解説しているので参考にしてみてください。

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まとめ

宮廷画家として活躍したベラスケスは、本物の美術に触れながら独自の作風を確立していきました。そしてそれらの息遣いは印象派へと受け継がれ、また美術史の一ページとして刻まれていったのです。

ベラスケスを理解するポイントは以下の三つになります。

①スペイン・ハプスブルク家の宮廷画家
②巧みな人物の内面表現
③印象派に与えた影響

これらを踏まえたうえでベラスケスの作品や、印象派の作品を鑑賞することで一層体験価値が高まるはずです!

 

 

他のバロック美術の解説はこちら

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【本の紹介】「0秒リーダーシップ」【要約・書評】

オススメ度:★★★☆☆

 

これからの時代のリーダーシップのあり方つを気構え・思考・行動の面からまとめた本。「 リーダーシップを張るのはリーダーだけではない」という考え方が印象的でした。組織の中で自分には何ができるのか考えさせられる本になりました。

 

ピョートル・フェリークス・グジバチ「0秒リーダーシップ」

 著者:ピョートル・フェリークス・グジバチ

ポーランド生まれ。経営者。ドイツ、オランダ、アメリカを経て2000年に来日。元モルガン・スタンレー、Google社員。人材育成、組織・リーダーシップ開発などの分野で活躍している。

 

リーダーシップの定義

著者はこの本のなかでリーダーシップの定義を「Leadership is mobilizin people to tackle tough problems(リーダーシップとは、難問に取り組むために人々を動かしていくこと)」と定義しています。

リスクを取って一歩踏み出す勇気がなければ、それはリーダーシップがあるとは言えません。

 

 

T型社員、Π型社員

 グーグルではT型社員が評価されています。T型とはどういうことかと言いますと、まずTの上の横棒が知識の広さを表しており、縦の棒が知識の深さを表しています。すなわち「広く浅く」かつ「狭く深く」知識を持っている社員が求められてるということです。

また近年ではΠ型社員のニーズが高まっています。専門分野が一つ増えることでよりクリエイティブで希少性が高い存在になることができるのです。

 

私たちはついつい横棒だけ、縦棒だけになっていることが多いのではないでしょうか。一見矛盾するような事柄を成立させてしまうのがグーグルらしいと感じました。

 

 

エモーショナルインテリジェンス

リーダーたるもの精神的に安定していなくてはなりません。感情をコントロールする方法はリーダーに不可欠な能力だといえます。感情をコントールするのにポイントは3つあります。

①自分の感情に気付く
②相手の感情に気付く
③グループの感情に気付く
これらのステップを踏んでいくことで、感情をうまくコントロールしていくことができます。またどうしようもない逆境にさらされた時には長期スパン(人生単位など)で考えることで心を落ち着かせていくことが可能になります。

 

 

感想・書評

この本を読むポイントは、いかに当事者意識を持てるかということです。

本書は理想的なリーダーについて書かれた本ですが、その対象はリーダーだけにとどまりません。むしろ、リーダー以外の人でもリーダーシップを発揮することができるというところにこの本のポイントがあります。そしてリーダーシップを発揮していくためには、この本を読むときにもこのことを自覚しておくことが重要になるのです。

 

おそらく、この本を読んだほとんどの人が提示される理想のリーダーについては大きな異論はないと思います。これらの理想をいかに自分の立場に落とし込めるかが読んだ後の効果の分かれ目になってくるでしょう。   

 

 

 

 

 

【絵画の解説】ベラスケス「マルタとマリアの家のキリスト」【聖書をわかりやすく解説】

 ベラスケスといえばスペイン・ハプスブルク家お抱えの宮廷画家として有名で、その作品はプラド美術館で多く見ることができます。

 

今回はそんな彼が宮廷画家になる前の、弟子修行から独立してすぐに描いた「マルタとマリアの家のキリスト」についてそのモチーフからわかりやすく解説していきたいと思います!

 

今回のポイント

・マルタとマリアの家のキリストとは?
・「ボデゴン」とはなにか

 

ベラスケス「マルタとマリアの家のキリスト」

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「マルタとマリアの家のキリスト」 1618年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

 

マルタとマリアの家のキリストとは?

この作品は新約聖書の一説(「ルカ福音書」第10章38節~42節、「ヨハネ福音書」第12章1節~8節)をモチーフにした作品です。

 

*マルタとマリアの家のキリスト
キリストは旅の途中、マルタとマリアという姉妹の家を訪れた。マルタはキリストをもてなすために忙しなく働き、一方のマリアはキリストの足元に座りキリストの話に聞き入っていた。
マルタは妹のこの様子に腹を立て、キリストのそばによると「私の妹は私にだけもてなしをさせている。手伝ってくれるようおっしゃってください。」と訴えた。
ところがこれを聞いたキリストはこう返した。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに悩み心を乱している。しかし必要なことはただ一つである。マリアは良いほうを選んだ。それを取り上げてはならない。」
 
この話の中でマルタとマリアはそれぞれ「実践的生活」と「観想的生活」を象徴しています
 
 
「実践的生活」や「観想的生活」とは、古代ギリシアから伝わる人間の徳のことです。「実践的生活」とは困っている人を助けたり、奉仕したりと実際に行動する活動を指します。一方の「観想的生活」とは、行動するのではなくただひたすらに神と向き合い続けることで徳を積む反世俗的な生活を指します。
近代以前の西洋世界では「観想的生活」が「実践的生活」に優越していると考えられてきました
 
ここでキリストが指摘している“良いほう”とは、観想的生活において神の言葉にひたすらに耳を傾ける行為をさしています。この話では神の言葉がいかに重要かを表現しているのです。

 

 

「ボデゴン」とはなにか

この作品が描かれたのはベラスケスが11歳から始めていた弟子修行を終え、独立した直後のことになります。

 

このころのスペインでは厨房の野菜などを描くボデゴン(厨房画)とよばれる静物画がしばしば描かれていました。独立したころのベラスケスもこのジャンルに挑戦し、いくつかの作品を残しています。今回紹介している「マルタとマリアの家のキリスト」も宗教画の要素を併せ持ちながら、同時にボデゴンの一種だと考えられています。

 

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ベラスケス「卵を調理する老婆」 1618年 スコットランド国立美術館

 

おわりに

今回の作品は宗教画と厨房画の2つの要素を持つ面白い作品でした。

特に宗教画についてはモチーフがわかっていると一段と作品を楽しむことができます。ぜひこの絵を見る機会があればこの記事をもう一度読み直していただけるといいと思います!

 

 

今回紹介したベラスケス「マルタとマリアの家のキリスト」はロンドン・ナショナル・ギャラリー展で楽しむことができます!!

もし今回この作品に興味を持たれましたら実際に見てみることをおススメします!!

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展

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会場:国立西洋美術館(東京都)

開催期間: 2020/03/03(火) 〜 2020/06/14(日)

開館時間:9:30 〜 17:30(金・土曜日は20:00まで)

休館日:月曜日(但し3/30、5/4は開館)

(詳しくは公式HPをご覧ください)

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展|国立西洋美術館

 

 

他のロンドン・ナショナル・ギャラリーの作品はこちら

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【絵画の解説】ルノワール「劇場にて(初めてのお出かけ)」【ロンドン・ナショナル・ギャラリー】

印象派の巨匠ルノワール。彼はその人生の中で人物に興味をもちその表現方法を研究し続けました。

 

今回はルノワールの印象派としてのキャリアの最盛期に描かれた「劇場にて(初めてのお出かけ)」について、その鑑賞のポイントをわかりやすく解説します!

 

ルノワール「劇場にて(初めてのお出かけ)」を鑑賞するポイント

・印象派としてのルノワール全盛期に描かれた
・題名は後からつけられた
・ルノワールらしい優しい人物描写

 

ルノワール「劇場にて(初めてのお出かけ)」

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「劇場にて(初めてのお出かけ)」 1876-1877年 ロンドンナショナルギャラリー

 

にぎやかな劇場の中で上品な召し物をまとった少女が何かを少し前のめりになりながら興味深そうに見つめています。
背景や二人の少女以外の人物が淡く描かれているため自然と少女に目が向かいます。

 

舞台の様子がわからない分、彼女が見ているもの、彼女が考えていることなど想像が膨らみます。舞台にくぎ付けになっている彼女の肩を叩いたら、ハッと我に返って振り向くんじゃないか、この絵を見ているとそんな気がしてくるのです。

 

 

鑑賞のポイント①:印象派としてのルノワール全盛期

ルノワールの画風は、大きく分けると生涯で3度変わったことが知られています。

*ルノワールの画風の変遷
①印象派として(1860年代~80年頃)
②古典への傾倒(1880年代~90年頃)
③晩年(1890年代以降)

 この絵が描かれたのはルノワールのなかで最も有名な印象派らしい時代の終わりごろにあたります。

 

自ら第二回印象派展を企画したり、ちょうど同じころにはルノワールの最高傑作とも名高い「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を制作するなど、まさに印象派として一番脂ののっている時期に「劇場にて(初めてのお出かけ)」は描かれました。

印象派としてのルノワールの作品を見るならば、この時期の作品を見るのが一番いいと思います。

 

 

鑑賞のポイント②:題名は後からつけられた

この「初めてのお出かけ」というタイトルは制作50年ほど経ちこの絵がオークションにかけられてた際に初めて用いられるようになりました。ルノワールが題名を残さなかったためそれまでは単に「劇場にて(at the theatre)」などと呼ばれていました。

 

今回は題名が後からつけられた作品なので、この絵を「初めてのお出かけ」とみるのが正解かはわかりません。

絵画に登場する人物に感情移入するのも絵画鑑賞の楽しみなので、余計な情報に惑わされることなくなるべくフラットな状況で鑑賞するのもいいかもしれませんね

 

 

鑑賞のポイント③:優しい人物描写

印象派としてルノワールの作品で特徴的なのは人物を積極的に、それも楽しげな雰囲気や状況を描いたということです。

 

もともと印象派は光を含めた自然をそのまま描き出すということをコンセプトとしています。そのために筆触分割という光を表現する方法を生み出したり、自然界にない黒を使わないなどしていました。

 

モネやドガと同じ印象派のグループに属していたルノワールですが、彼にはほかの画家たちとは異なり、自然や背景よりも人物を重視していました。この傾向は彼のどの時代の作品を見てもわかると思います。

 

またその上でルノワールは絵画を描く上で大切にしていることがありました。それは、「見る人を楽しい気持ちにさせたい」というものです。

 

これらを体現するために「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」に代表されるにぎやかな光景を描いたり、その人間への興味から晩年には女性の裸体に美を見出し多くの裸婦を描きました。

 

このように、印象派でありながら自然よりも人物に関心を持ち、「見る人を楽しませたい」というモットーから優しい人物描写が生まれたのです。ぜひルノワールの作品を鑑賞するときには人物に注目し見ていくことをお勧めします

 

おわりに

いかがだったでしょうか。

このようにルノワールの作品を鑑賞する際には”人物”に注目するとより鑑賞を楽しめると思います。

 

ぜひ実際に美術館に足をはこび、ルノワール特有の「楽しさ」を味わってみてはいかがでしょうか。

 

今回紹介したルノワール「劇場にて(初めてのお出かけ)」はロンドン・ナショナル・ギャラリー展で楽しむことができます!!

もし今回この作品に興味を持たれましたら実際に見てみることをおススメします!!

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展

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会場:国立西洋美術館(東京都)

開催期間: 2020/03/03(火) 〜 2020/06/14(日)

開館時間:9:30 〜 17:30(金・土曜日は20:00まで)

休館日:月曜日(但し3/30、5/4は開館)

(詳しくは公式HPをご覧ください)

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展|国立西洋美術館

 

 

 

 

他のルノワールの作品はこちらから

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【画家の紹介】レンブラント・ファン・レイン【バロック美術】

オランダ黄金期を代表する画家レンブラント。

 

有名な作品『夜警』は教科書にも多く登場すし、現在ではよく知られた画家になっています。

 

今回はそんなレンブラントの作品の特徴や鑑賞するときのポイントを彼の人生を振り返りながら解説していきたいと思います!

 

レンブラントを理解するポイント

・カラヴァッジョから引き継いだ明暗対比
・当時大人気だった集団肖像画
・常に進化し続けるチャレンジ精神

 

オランダ黄金期の画家:レンブラントの紹介

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「夜警」 1642年 アムステルダム国立博物館

少年時代

レンブラントはスペインから独立直前のオランダで、中産階級に生まれました。頭の良かったレンブラントは、9人兄弟のうちで唯一ラテン語学校に入学し、飛び級でデカルトも通った名門大学に入学します。

 

しかしすぐに大学は辞め、画家を志し何人かの歴史画家の下に弟子入りします。その中でも18歳の時に弟子入りした当時オランダで最高の歴史画家と言われたピーテル・ラストマンの影響は大きく、この時にカラヴァッジョの代名詞ともいえる明暗を用いた技法を学びました。 

またこの時代にはエッチング(銅板を用いた版画の一種)にもとりくみ、この分野では国際的に認められるまでになりました。

 

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カラヴァッジョ 「聖マタイの召命」 1599-1600年 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会

 

画家としてのキャリア:大成と暗転

父の死後首都アムステルダムに移ったレンブラントは、医者らによって依頼され制作した『テュルプ博士の解剖学講義』で成功をおさめます。

 

従来、集団肖像画というと全員が列をなして同じ方向を向きそれぞれを平等に没個性的に描かれるのが普通であったのに対し、レンブラントはまるでその場をそのまま切り取ったような、臨場感のあふれる表現に成功しました。

 

この作品はその斬新さから話題を呼び、レンブラントのもとには肖像画の依頼が次々に舞い込むようになります。

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「テュルプ博士の解剖学講義」 1632年 マウリッツハイス美術館

 

その後レンブラントは元市長の娘で裕福だったサスキアという女性と結婚しました。彼はサスキアをモデルにした作品を多く描いたため、作品名にサスキアという名前を多く見ることができます。

 

このころレンブラントは様々な種類の作品に挑戦していきました。風景画から始まり肖像画、旧約聖書・新約聖書に基づく宗教画まで幅広く作品を手掛けています。

これだけ多様な作品に挑戦していたことは、当時のオランダの画家としてはとても珍しいことでした

 

17 世紀前半のオランダはまさに黄金期真っ盛りです。市民社会の発達の中で絵画の買い手はかつての貴族から市民へ移っていきます。その結果、画家同士の競争が激しくなり、それぞれの画家は自分の得意なジャンルに特化する傾向がありました。

そのなかでもレンブラントが様々なジャンルにチャレンジしたのは「実践が成長を生む」と信じていたからです。かつての弟子もその著書のなかでレンブラントの向上心について言及しています。

 

*****

 

1642年には彼の最高傑作『夜警』を完成させますが、一方でこのころから私生活は暗転していきました。子供の多くが夭折し、妻のサスキアも病床に伏すようになってしまいます。サスキアはその後も回復することなく、「再婚しない」という条件付きで多くの遺産を残してこの世を去ります。

これらの不幸を通してレンブラントの作品には暗い色が増え、タッチも滑らかだったものから荒さのあるものに変化していきました。

 

大成したレンブラントでしたが次第に肖像画の依頼においても発注主と絵画の方向性の違いで対立することも多くなっていきました。斬新な構図によって表現力は他の付随を許さなくなっていましたが、一方で依頼主の顔が影になってしまったり、小さくなってしまったりと不満が出るようになっていたのです。

 

また、もとからの浪費癖とイギリスとの開戦も相まってレンブラントは急速に貧乏になっていきます。同時代を生きた同じくオランダの画家フェルメールも英蘭戦争を機に没落していっていました。

こうしてオランダ黄金期は終わりを迎えたのでした。最終的には亡き妻サスキアの墓を売り払うほど金銭的に限界を迎えていました。

 

生活はその後も好転することなく、63歳でこの世を去りました。

 

 

まとめ

 このようにレンブラントは集団肖像画という形で市民社会最盛のオランダを支え、また多種多様なジャンルにおいて名作を残してきました。

一方で、妻や子供を亡くしてしまうなど辛い人生を送ってきたという側面もあります。

 

今後レンブラントの作品を鑑賞する機会があるときには、以下の三つに注目することでより一層作品を楽しめると思います!

・鮮やかな明暗対比
・ドラマチックに描かれた集団肖像画
・変化し続ける画風と幅広いジャンル

 

バロックの他の画家についてはこちらをどうぞ

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【スタバの由来は?】知って楽しい!喫茶店の名前の由来9選

 突然ですが、みなさんはスターバックスの由来を知っていますか??

 

耳になじんだ喫茶店の店名ですが、意外とその由来を知らないということは多いんじゃないでしょうか。

 

喫茶店の店名はブランドです。

各企業はブランドの繁栄を祈りそれぞれ意味を込めて名前を付けています。

 

普段よく見かける有名な9つの喫茶店・カフェの名前の由来をまとめました。

 

 

有名チェーン喫茶店・カフェの名前の由来9選

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喫茶店・カフェの由来は?

店名の由来に行く前にまずは喫茶店やカフェの語源について確認しておきましょう。

 

喫茶は鎌倉時代に中国から伝わったお茶を愉しむ習慣や作法を指していました。喫という漢字は喫む(のむ)とも読みます。

 

一方でカフェの語源は古くからのコーヒーの産地であるエチオピアの少数民族に由来しているといわれています。カフェが初めて登場したのは16世紀中頃のオスマン帝国(現:トルコ)でした。飲酒の禁じられているイスラム世界ではコーヒーを飲む文化が根付いています。

 

ちなみに喫茶店とカフェの違いは営業許可の違いにあります。

食品営業許可をとりアルコールを含む提供ができるのがカフェ、喫茶営業許可をとっているのが喫茶店になります。法律上はこのような違いがありますが、実際にはオシャレで明るく開放的なお店をカフェ、レトロで落ち着いた空間を演出しているお店を喫茶店と呼ぶことが多いですね。

 

 

有名チェーン喫茶店・カフェの由来9選

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それでは有名チェーン喫茶店・カフェの名前の由来について解説していきます!

 

タリーズコーヒー

シアトルで不動産会社を営んでいた創業者のトム・タリー・オーキフのミドルネームに由来。ちなみに日本のタリーズコーヒージャパンは本社からライセンスを買い取っており、別の法人として独立しています。

 

スターバックス

ハーマン・メルヴィルの代表作『白鯨』に登場する副船長のスターバックと、シアトル近くにあったスターボ採掘場より命名。現在ではメルヴィルは20世期を代表するアメリカの作家として知られていますが、存命中は評価されることのなかった不遇な作家でもあります。 

 

コメダ珈琲店

創業者は加藤太郎で、コメダさんではありません。コメダという名前は創業者の家業が米屋で、「コメ屋の太郎」と呼ばれていたことにちなんでいます。もともとは個人喫茶店でしたが、創業から2年後にフランチャイズ展開を始め2019年には47都道府県全てに出店を果たしました。 

 

カフェ・ベローチェ

店名の「ベローチェ」はイタリア語で「速い」という意味です。ベローチェ最大の特徴である迅速なサービスを表現しています。このご時世に珍しく喫煙エリアを多く設けているのも特徴の一つです。

 

喫茶室ルノアール

ルノアールの由来は画家のルノワールから来ています。ルノワールといえば印象派の巨匠で、数々の名画を残してきました。「名画に恥じない喫茶室」という意味を込めてこの名前が付けられました。

 ルノワールの有名な絵画はこちらの記事で解説しています。

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椿屋珈琲店

椿屋という名前は一号店のある銀座の花椿通りからきています。もともとこの通りは出雲通りと呼ばれていましたが、昭和初期に街路に椿の花が多く植えられるようになり、いつしか花椿通りと呼ばれるようになっていました。 

 

サンマルクカフェ

サンマルクは古代東方教会の修道士サンマルクから名づけられています。このサンマルクとは新約聖書の『マルコによる福音書』を書いた聖マルコにあたる人物になります。 

 

カフェ・ド・クリエ

この名前は「カフェを創造する」という意味を込めて作られた造語になります。しかし創造を意味する英単語createにあたるフランス語はcréerであり、criéでは「泣き叫ぶ」という意味になってしまうため完全なる誤用になっています。 

 

ドトールコーヒーショップ

ドトール(DOUTOR)はポルトガル語で「医者・博士」を意味します。創業者である鳥羽博道がブラジルのコーヒー農園で働いていた時の下宿先がサンパウロの「ドトール・ピント・フェライス通り85番地」であったことに由来しています。 

 

*****

 

いかがでしたでしょうか。

カフェでは前に紹介した書店の名前の由来よりも自由で多様な名前の付けられていることがわかりました。

普段あまり意識することのない由来ですが、ちょっと気になった際には店員さんに聞いてみるのも面白いかもしれませんね。

 

 

こちらの記事もあわせてどうぞ 

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天才になる脳の使い方とは?池田裕二『受験脳の作り方』に学ぶ【本の紹介】

オススメ度:★★★★☆

どうしてあの人はあんなに頭がいいのだろうか…

あの人はどの教科でも要領良くこなすな…

 

こんなこと思ったことありませんか??

 

どうしてあの人はいろんな教科ができて、自分はどの教科も上手くいかないのだろう。

こんな悩みを持っている人多いと思います。

 

この『受験脳の作り方』では脳科学の専門家が科学的な見地から「どうしたら効率よく勉強できるか 」を解説しています。

 

今回はその中でも最も重要な頭自体を良くする方法、すなわち天才の脳の作り方を解説していきたいと思います!

 

池谷裕二『受験脳の作り方』 

受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫)

受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫)

  • 作者:池谷 裕二
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/11/28
  • メディア: 文庫
 

著者:池谷裕二(1970〜)

東京大学・大学院教授。東京大学薬学部卒、同大学院にて博士号を取得。専門は神経科学・薬理学。執筆活動も精力的に行っており、『受験脳の作り方』含めベストセラー多数。

 

 

なぜ頭がいい人はどんな教科でもできるのか

あなたの身の回りにも勉強に関して頭がいいという人がいると思います。

そういった人はある程度の偏りはあっても、わりとどの教科でもできるんじゃないでしょうか??

 

ああ、なぜ神はあの人に3つも4つも勉強の才能を与えて、わたしには1つも与えなかったのだろうかと嘆いてしまいたい気持ちも湧いてきます。わたしも苦手教科に対してはこのように幾度となく嘆いたものです。

 

しかし、「頭がいい人がいろいろな教科ができる」というこの秘密は脳科学によって説明ができ、かつ誰でも習得することができます。そしてそのポイントは「学習の転移」という、人間の持つ学習上の性質にあったのです。

 

学習の転移とは簡単に言えば「頭は使えば使うほど性能が上がり、かつ他の分野にも応用が効く」というものです。

 

次の項でこの「学習の転移」について詳しく説明していきたいとおもいます!

 

 

ポイントは「学習の転移」

勉強はざっくり言えば特定の事柄(数学の公式や歴史の年号)などを覚えるだけのように思えてしまいますが、実はそれ以上に重要な役割を果たしています

 

何かを学ぼうとして勉強をした時、その事柄について知れるのはもちろんですが、加えて「それを知る方法」についても無意識のうちに習得しているのです。

 

例えば、日本地図を覚えようとするとします。この時には県の場所や形、名前を覚えます。

しかし実は習得したのは場所や名前といった「そのもの」だけではありません。この時脳内では「形と名前をセットで覚える時には頭の中でこんなふうに整理したら覚えやすいな」という"方法"も同時に獲得しているのです

 

この"方法"が役に立つのはその時だけに留まりません。仮に次世界地図を覚えようとすることがあれば、きっと日本地図を覚えるよりストレスなく覚えられるはずです。

すなわち、日本地図を勉強した段階で「地図を習得する」ということに関して頭が良くなったと言えます。

 

さらにこれは他教科に対しても応用が効きます

もし国語を勉強して文をよりスムーズに理解できるようになったらば、他の教科で文を読む時に活かされるはずです。

こうした汎用性の高さを考えるといかに国語や数学が重要であるかがわかってくると思います。

 

勉強すると勉強ができるようになるというのは半分正解半分間違いで、正しくは勉強をするから頭が良くなって、勉強ができるようになるのです。

 

 

まずは好きな教科から始めよう

それでは実際に頭を良くする手順を考えていきましょう。

 

もちろん勉強が得意だという人はこのまま続けていけば学力は次第に上がると考えられるので、この時点で心配する必要はないです。

一方で現時点で勉強が苦手だという人は何かしらの戦略を立てて勉強した方が効率が良さそうです。

 

今までの内容を踏まえて、勉強が得意でない人にオススメしたい戦略は「好きな教科から勉強する」というものです。

 

好きな教科ばっかりやってると能力が偏ってしまいそうですが、その勉強の中で習得したのは「方法」というのは他の教科にも活かされるので完全に偏ってしまうということはありません。

むしろ勉強が苦手な人が全教科満遍なく勉強しようとするとどれもこれも中途半端になってしまうことが多くオススメできません。

 

勉強はすぐには結果が出ないので最初は辛いと思います。人間はすぐに結果が出ないものに取り組むのが苦手なので(ダイエットとかね)、最初の山を乗り越えることは簡単でなありません。

 

ですが頭の良さというのは加速していきます。

応用のレベルが上がっていき、成長速度が爆上がりした時には勉強が楽しくて楽しくて仕方がなくなってるはずです。

 

結果が出るまでは大変ですが、まずは好きな教科からでも学習してみてはいかがでしょうか。