本と絵画とリベラルアーツ

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【本の紹介】松下幸之助『道をひらく』

オススメ度:★★★★☆

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。(p.12)

 

松下幸之助『道をひらく』

 

感想

私は名言集のようなものはあまり好きではない。たいていの場合名言というのはコンテキストが重要で、切り取られてしまった名言というのは迫力を失っているものが多い。

「少年よ、大志を抱け」と言われてもなかなかよしじゃあ大志を抱こうと思う人は少ないだろう。言葉が染み入ってくるためには、ある程度読み手の体験を重ね合わせられるような具体性が要る。

単なる名言集はファスト教養本と同様に、売れるが読み手の頭になにも残さないまま消えていく。

 

『道をひらく』はパナソニック創業者である松下幸之助の箴言をまとめたものであるが、一般的な名言集とは異なり短いエッセイ単位でまとめられているものである。このエッセイの分量がちょうどよく、シンプルながらも具体性を保持しており、読んでいて共感でき、身につまされる思いになるものが多い。

ここでは読んでいてとくに刺さったものをいくつか紹介する。

 

本書の最初のエッセイの冒頭より。

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。(p.12)

意味があるから、優れているから価値があるのではなく、自分にしか歩めない道の尊さがスッと心に入ってくる名文。

あるがままで懸命に生きる思想から、さとりに近い境地を感じた。

 

自分の周囲にある物、いる人、これすべて、わが心の反映である。わが心の鏡である。すべての物がわが心を映し、すべての人が、わが心につながっているのである。(p.27)

自分に全く関係ないところで、自分に全く関係ないと思う事が起こって、だから自分には全く責任がないと思うことでも、よくよく考えてみれば、はたして自分に全く責任がないと自信をもっていうことができるであろうか。人と人とが、かぎりないまでにつながりあっているこの世の中に、自分とは全然関係ないといえることが、本当はあるとは思われないのである。(p.43)

上記文章からは徹底した自責思考がひしひしと感じられる。世の中のすべて、自分自身と関係がないと思ってしまえばそこまでだ。そこに対して何か力を発揮しようという気概は消え去り、所与のものとしてしか捉えられなくなる。できることはただ、傍から不平不満を口にすることだけである。

どこまで自分事として捉え、行動できるかは自分の心の持ちよう一つである。

 

六〇パーセントの見通しと確信ができたならば、その判断はおおむね妥当とみるべきであろう。そのあとは、勇気である。実行力である。いかに適確な判断をしても、それをなしとげる勇気と実行力とがなかったなら、その判断は何の意味も持たない。勇気と実行力とが、六〇パーセントの判断で、一〇〇パーセントの確実な成果を生み出してゆくのである。(p.53)

答えのハッキリ出せないことがらについて、60%の判断を勇気と実行力で100%にするという感覚が参考になる。

 

善かれと思って、はからったことが、善かれと思ったようにはならなくて、おもいかけぬ反対の結果を生み出すことが、しばしばある。(中略)いろいろ原因があるのだろうが、よくよく考えてみれば、やっぱりそこには、何かしらの策を弄したという跡が目にうつるのである。(p.55)

仕事に慣れてくると、「策を弄する」ことがスマートであるように錯覚してしまうことがある。例えば破綻している計画に対して、あたかも問題がないかのように見せる「技術」のようなものは、まさにこのケースにあたる。結局やるべきことをしっかりやることだけが唯一の道なのだろう。

 

失敗することを恐れるよりも、真剣でないことを恐れたほうがいい。(p.73)

失敗しないことよりも、挑戦しないことを恐れるなというたぐいのことはしばしば耳にするが、これが「真剣でない」ときた途端ドキリとさせられる。100%の力を出していないとき、結果や周囲からの評価がどうあれ自分だけは100%でないことに気が付いている。真剣でないことをわかっている。自己に対する欺瞞はあってはならない。

 

全編を通し結局人間の器を決めるのは、謙虚さ、誠実さ、ひたむきさ、忍耐力、根気といった人間の基本なのだろうと感じた。

 

 

 

【読書メモ】神谷美恵子コレクション

オススメ度:★★★★★★

 

神谷美恵子コレクション

 

どうすれば善く生きられるか。

これは私が生涯を通して探し求めている問いである。もちろん一言でこの問に対する答えを言い表せる答えがあるとは思ってはいない。もしかしたら答えそのものが存在しないかも知れない。たとえ答えがないかもしれなくとも、考え続けるのを止めるわけにはいかない。なぜなら考えることを止めることは、善く生きることを諦めることだからだ。

 

20代後半における今の私に生きる道を導いてくれたのが神谷美恵子だった。

神谷はわたしの知る中で、もっとも超人的な人物である。弱きもののことを思い心を痛め、ひどい逆境を耐え忍び、自分の哲学を貫き通した。知れば知るほど、このように生きたいと思わせられる。

神谷は恵まれた家に生まれながら若い頃に見たハンセン病療養所の光景が忘れられず、アメリカの大学にて文学部から医学部に転籍した。精神科医になったあとも時代の荒波に争い続け、強く生き続けた。日記を読むと、並大抵ではない苦労を経てきたことがわかる。

 

神谷の主著を2000年代になって改めてまとめたのがみすゞ書房の「神谷美恵子コレクション(全5冊)」である。ここでは1冊目の『生きがいについて』を除く4冊についてを記事にしている。

 

当初はエッセンスをまとめた形で記事にしようと思ったけれど、なかなか体系的な統合ができなかったため、結局わたしが印象に残った文章の引用についてコメントをつける形とした。わたしの頭の中ではすべてが有機的につながりをもっているのだけれど、力不足によりこれを文章にできなかったのがとても歯がゆい。

 

 

人間をみつめて

「生きがい」について客観的な分析をおこなった『生きがいについて』に対し、本書の前半では人間という存在、本質や人生について神谷美恵子がどのように考えていたかが語られている。人間とほかの動物を隔てているものはなにか、神(上位者)をどのように感じるかなど普遍的なテーマについて触れられている。

後半では神谷のハンセン病療養所時代の日記を通して、神谷の人柄や思想をうかがい知ることができる。特にハンセン病患者を前にした神谷の詠んだ詩は魂を震えさせる迫力がある。

 

まずは前半の神谷の形而上的な思想より。

人間は、どれほど具体的に役立つかによって価値がきまるものではない。何よりもその存在のしかた、その中でもとくに情緒面のありかたが、人格の存在意義を決定するたいせつな要素の一つであると信ずる。(p.29)

プラグマティズム的な思想が蔓延り、社会の役に立たないお年寄りや障碍者、あらゆる弱者が虐げられている。しかし具体的な能力は代替可能である一方で、情緒面でのありかたはだれにもとって代わることはできない。

 

シンボリズムによる思考だけが人間の行動を単なる反射的なものから救いあげ、自動的な惰性を克服させる。これだけが人間独自の精神の世界―言語、宗教、芸術、歴史、学問などをつくらせる。またこの能力により、人間は現実をみる場合にも、その観点をさまざまに変えることができ、その中から自分のものをえらびとったり、全体を統合したりすることができる。(p.34)

 

自分でえらび、自分で決定するには責任が伴う。不安や、場合によっては苦痛や不幸に耐えなくてはならいないこともある。ともかく、勇気の要ることだ。

(中略)

人生にはただ慣習に従っておけばよい面と、どうしてもこれだけはゆずれない、ゆずってはならない、という本質的な面とがある。(中略)本質的自己の割合の多い人ほど慣習にとらわれず、他人の眼を気にせず、いきいきしている、と彼(オルテガ)はいう。サン=テグジュペリも『手帖』の中に「自由とは統計に反して行動しうる力である」と記している(p.25)

何かを決める、決断を下すということは、仕事においてもプライベートにおいてもその人の本性を問われる重要な課題だろう。自己に対する決定権がないのであれば、それは自分自身の人生を生きているとは言えない。

それにも関わらず「何かを決める」ことに対する多くの人の関心があまりに低いように思われる。社会規範や前例に依存し、いかにそれらに近い"正解"を選べるかに身骨を砕く。そんなものが人生ならば、個人の心も魂も自由意志も不要ではないだろうか。

引用の後半に書かれているサン=テグジュペリの言葉はまさに常々考えていたことと合致していて驚いた。わたしは構造主義者なので、人間の思考や行動は背後にある構造を元にした統計に従うと考えている。サイコロの目の合計が正規分布に従うように、この構造からは人間全般は逃れられない。

しかしわたし自身、個人だけは、この構造から逸脱できる。主義主張や趣向やイデオロギーを自分自身で選び取ることができる。自由意志を保持していることに気が付けたものだけが、統計を捨象し、好きな運命を選び取れる。気が付かない物は一生選ばされた道を歩み続ける。選ばされていると気が付かないままに。これがオルテガの言う大衆である。

神谷の言う通り、決断は苦しい。

他人の人生を生きているあいだは、身の回りにおこるネガティブな出来事も天災のように外的要因だと錯覚され「仕方がないもの」として処理される。どんな惨めな人生を送ろうとも、ただ運が悪かった、環境が悪かったと愚痴を言い、慰めの言葉を探し求め続ける。なんて楽で価値のない人生だろう。

一方で一度自分の自由意志をもって決断をしてしまうならば、そこに愚痴の挟まる余地はない。そこから起きるすべての事象は自分の責任によるものであり、何が起きても引き受けなければならない。うまくいこうと、失敗しようとすべては己に回帰する。しかしこの苦しさの中からしさ、自分の人生を生きている感覚は得られない。

 

 

考える力を養うにはどうしたらいいか。第一には現実への密着から時々脱出を試みることだと思う。(中略)第二には黙想と自己との対話を欠かさないこと。読書や講演をきくのもいいが、その際、たえず疑問を起し、たえずまず自分にむかって問いを発していないと、何を読んでも何を聞いても、脳の中のあちらこちらの神経細胞の間に、激しくインパルス(刺激)がとびかうことがないから、脳内に痕跡をのこさず、するするとあたまを素通りしてしまうおそれがある。(p.36)

なにごとも楽に習得することはできない。つらい筋トレを経ねば筋肉が得られないように、知恵も脳に負荷をかけしわを刻みこまない限り自分のものにはならない。楽に得られた知恵は脳の浅いところを漂ったあと、忘れたことも気が付かぬ間に音もなく消えてゆく。

ショーペンハウアーが『読書について』で読書は考えることを放棄した人の怠慢だと述べていたが、同じことを言っているのだろう。

 

人の心には、たとえさざなみ一つ立たないようにみえる場合でも、その奥底には、たくさんの矛盾した欲望や感情や衝動が秘められているのではないか(p.84)

藤田和日郎『黒博物館 ゴーストアンドレディ』の中で、主人公であるナイチンゲールが時代の圧倒的理不尽な前に平静な顔をしている一方、心の中に飼っている「化け物」が張り裂けそうな苦悩に肥大化している描写がある。こうした心の奥底に押し込まれた感情は精神的に高次にある人ほど大きくなるのだろう。

神谷自身も自分の中の衝動を「鬼」と読んでいた。

 

他人が自分をけなしても、それで自分の価値が下がるわけでもなく、ほめても自分の価値があがるわけでもない。そもそも自分の価値のあるなしすら、わからないのが人間ではなかろうか、ただ自分は自分でしかないのだ。(p.101)

他人の眼に完全なものとして映ろうと苦労したり、自分の眼に自分が理想的であろうとしたりすることが、ノイローゼのもとになることがおおい。(p.101)

他者の評価を自分の幸せのものさしにしてはならない。買い手があろうとなかろうと宝石の煌めきが変わらないように、ひとの本質も他者が決めるものではない。

 

ひとが何か岐路に立ち、何らかの「主体的選択」をせまられるとき、「小我」によってえらぶことをなるべく避けて、「大我」的な見地からえらぶことを探り求めるべきだと思う。(p.103-104)

ひとの歩みは、ひとり気負って歩んでいるつもりでも、じつは決して独力で歩いているわけではないのだ。(p.104)

ここでの「大我」とは、人間を超えた存在(神、上位者、自然、世界精神)の総称のことで、特定の宗教や思想を指しているわけではない。神谷は幼いころからキリスト教に触れる機会が多かったが、自身は特定の宗教に傾倒することはなく、より抽象的な次元で人間の本質を求め続けた。そのうえで、無神論には陥ることもなく人間を超えた存在を肯定している。

なぜ、人間を超える存在が必要か。それは人間が自身の小さな心ですべてを抱え切ることができないためである。

少し前のパートで「決断には責任が伴う」という話があった。これはこれで真であるけれど、その責任や自身の役割を常に個人の精神力だけで耐えられるわけではない。

仕事のプレッシャーが大きくなったとき、押しつぶされそうになった経験が多くの人にあるのではないだろうか。そのようなとき、だれか、たとえば上司や家族の包むような優しさや安心感が救ってくれたこともきっとあるだろう。しかし都合よく上司や家族がいなかったら?もしくは社長や大統領、法皇のように構造的に自分よりを上位者がいないとしたら、その人はどのように心を保つことができるのだろう。

 

なぜ私たちでなくてあなたが?

あなたは代わって下さったのだ(p.139)

 

日記の節々に深い愛を感じる。患者一人ひとりに対し、私に何ができるだろうと心底悩み抜いている。

 

こころの旅

ひとが生まれてから死ぬまでのあいだ、どのような精神的成長や過程をめぐっていくのか。各段階で立ちはだかる課題と反応について心理学見地から語られている。

 

二ヵ月ごろの子を抱いて戸外を歩くと木、花、家、犬、なんでもじつに珍しそうに一心に眺め、よろこびの叫び声をあげる。脅威にみちた世界探索なのであろう。(p.28-29)

我々が富士の山頂やグランドキャニオンなどの絶景を見た時のなんとも言い表せない感動と衝撃を、視野を手に入れたばかりの赤子はとりまくすべての光景で感じているのではないだろうか。そうだとすれば、赤子を連れて歩く散歩がどれだけドラマチックでプライスレスなことだろう。

性とはまことにふしぎなものである。私たちはあまり簡単に「男だから」「女だから」といってはならないだろう。こころとからだが一致してこそ、ある人がどの性に属するのかいえるのだろう。(p.58)

50年以上も前(1974年)に出版されたとは思えない革新的な意見。

 

育てる意識があるかどうかを自らに問うてから初めて産む、そのために巣を用意する、という時代にもうさしかかっている。そして「産まないこと」が美徳とされるようになったころ、人類は衰退して行く時期にさしかかっているのかもしれない。(p.80)

まさにそのまま現代ではないか。

私を含め多くの人が育てる意識(そこには精神的なものから物質的な事情まで)について思案し、決断することがあたり前になっている。検討すること自体に違和感を抱かない程度には一般的な考え方として広がっているし、さらに先鋭化された考えとして反出生主義も市民権を得始めている。

これらの考え方が理性的であれ、合理的であれ子孫を残さないのであれば確実に種として衰退する。もちろん、数を失えば社会や文明も衰退することは自明である。

 

結婚においてはエリクソンのいう自己放棄がいっそう多く必要とされる。(中略)これをあえてひきうけるには「放棄しうる自己」がそれまでに育っていなければならない。(p.117)

アイデンティティが確立されていなければ、結婚を含む真に親密な関係を持つことはできない。結婚のような自己放棄を伴う状況においては、「放棄すべき自己」が十分に育っている必要がある

 

遍歴

生きるとは、ただ呼吸や行動をすることではない。われわれのあらゆる器官、感覚、能力、われわれ自身のあらゆる部分を使うこと―これがわれわれに生きるという感情を与えてくれるのだ。最も長生きした人間が最も多く生きたわけではない。生を最も多く感じたものこそ最も多く生きたのだ。(p.29-30)

ルソーの『エミール』から引用された文章。

生きるということを長さではなく、濃さで測る点に強く共感した。

 

つねに愛と正義を求めて生きよ(p.87)

神谷の敬愛する三谷隆正が神谷への手紙に残した文章。キリスト教者としての哲学が強く現れている。

私の敬愛する神谷が心酔した人物とは、どんな人物なのだろうか。

 

感激で始められた仕事も感激一つでもって行きはしない。根気と忍耐と。ただこれあるのみ。そうして理想に対しても、常に感激しつづけることはできない。感激の去った時には、やはり根気をもって理想を信じつづけるほかないのだ。(p.216)

まさに、常々感じている。

仕事のプロジェクトも始まった時にはあんなに希望に満ち溢れワクワクしているのに、「現実」が蓄積してくると光は弱まり、モチベーションも低下してくる。

もちろん、当初の理念や理想が破綻したわけではないけれど、やり通すために必要な負荷が大きすぎて立ち止まってしまいたくなる。

よく「どうしたらやる気が出るか」という話は出るけれど、これに対する特効薬などないのだろう。神谷の言う通り、根気で乗り切るしかない。つまり根気こそが仕事の上での底力の正体なのだ。

 

 

本、そして人

神谷美恵子コレクションの最後のこの本では、神谷の書評や読書記録など本にまつわる

 

「本をめぐることば」には神谷の日記や書簡にあった、読んだ本にまつわる言葉が並んでいる。なかには日付と当時の年齢が併記してあるものがあり、いまの自分と近いものもちらほら。同じ年の神谷の感受性や意志の強さに、もっと自分もかくあらねばと思わせられる。また素直なことばで気持ちを表現したいと思った。

 

人間は何かのしごとに打ち込んで、自分のすべてをそれに献げることによって、自分の生命をそれと交換するのだ(p.281-282)

サン=テグジュペリ『城砦』より、神谷のお気に入りとして取り出された文章。自分の人生は何と交換してきただろうと、読んでいてハッとさせられる。

むかし『星の王子さま』を読んだときにはどうも文体が肌に合わず、読み終えることなく途中で断念してしまった。そのときの印象からサン=テグジュペリは自分には合わない作家だと思い込んできたけれど、前述の『手帖』の記述のように、神谷を通して知るサン=テグジュペリの思想は自分に似ついているところがあるなと感じている。せっかくなので、そのうちいくつか手頃なものにまた挑戦してみたい。

 

 

 

【感想】『プラダを着た悪魔2』のあと隣の女性がつぶやいたこと

オススメ度:★★★★☆

 

プラダを着た悪魔2

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感想

映画の『プラダを着た悪魔』が大好きだ。

どれくらい好きかと言えば、好きな映画を3つ挙げろと言われたら必ず含めるくらいには好きだ。

勇気をもらえるストーリー、魅力的なキャラクター、圧倒的なファッション、小気味いい音楽、演者の演技すべてが私の好みと一致する。

ミランダの君臨感はクセになるし、アンディが挫折しながらも一筋の光に助けられて何度も立ち上がる姿は『走れメロス』のようでいつ見ても感動する。

出てくるファッションは超一流のものばかりで、アン・ハサウェイが着ることでより輝いて見える。いい服とはこういうものなのだなと思わせられる。

なにより見終わるといつも「仕事頑張ろう」という気持ちにさせてくれるのが、この映画の特に好きなところである。

 

最近20年ぶりに『プラダを着た悪魔』の新作が公開された。

これだけ好きな映画なので楽しみである一方で、正直続編を見るのは怖かった。期待値が上がり過ぎていて、到底超えられるとは思えない。高確率でガッカリさせられるので、作らないで欲しいとさえ思っていた。

(最近のディズニー社はヒット作の続編で稼ぐことに味を占め過ぎていると思う。)

 

感想について結論から言えば、一作目を超えることはなかったけれど、スピンオフ作品として面白く見られたというのが素直なところである。

気になるところがなかったといえば嘘になるけれど、全体を通して一作目のイメージを壊すことなく着地してくれたなと感じた。

そもそも一作目の出来が良すぎるので、それと比べてガッカリしていないということは、それだけで十分な完成度なのだろう。

展開のテンポ、音楽、そして豪華なファッションたちは健在で、一作目の雰囲気をそのまま味わえる。

特にミランダとアンディの服装が音楽に合わせて次々に切り替わるシーンは文字通り「絵になる」なあと一作目同様感心させられた。

 

エンドロールが流れ切り、館内に灯りが戻った時、ふとカップルで来ていた隣の女性が小さな声でこうつぶやいた。

「仕事がんばろう」

このときまさに自分も頭の中で同じことを考えていた。そして一作目で私が一番好きだったこのポイントが続編でもハッキリと踏襲されていたことは、それ以外の要素の出来をまったく無視できるくらいにこの映画の評価を決定付けるすばらしいことだった。

あれこれ悩んでいたけれど、見に行って本当に良かった。

 

【チェスとからくり人形】小川洋子『猫を抱いて像と泳ぐ』

オススメ度:★★★★☆

慌てるな、坊や。慌てるな、坊や。(p.252)

 

小川洋子『猫を抱いて像と泳ぐ』

 

あらすじ

"大きくなること、それは悲劇である"

唇と唇がくっついたまま寡黙な生まれた少年は、トラウマから大きくなることを忌避し、十一歳の身体のまま成長を止めた。

内気な彼が心を通わせたのは、大きくなりすぎたためにデパートの屋上遊園地に取り残され、生涯地上へ下りることが叶わぬまま生涯を閉じた像と、家の壁に埋められた少女のミイラだった。

彼は廃バスで暮らすマスターからチェスを教えられ、みるみる頭角をあらわしていく。彼は高名なチェスプレイヤー・アリョーヒンを模した「からくり人形」を操り、ホテルの地下にあるチェス倶楽部でチェスを通して世界を広げてゆく。

 

感想

美しい小説だった。

文章も場面も物語も、すべてが美しい小説だった。耽美的でありながら退廃性を持たず、読んでいて小さな花が蕾から花を咲かせ、散っていくところをみているような気持ちになった。

アメコミのようにダイナミックな戦いがあったり、衝撃的な展開で興奮するといったことはなかったけれど、全編を通して形を変えながら美しさが維持され、小説を読む醍醐味を味わえた。

 

この小説の美しさは、テーマ × 構図 × 文章力に分解できる。

 

この小説で主たる要素になっているのが、チェスとからくり人形である。

チェスは異国情緒や、上流階級のエレガントさ、知性、彫刻としての芸術性のイメージをもつ。

またからくり人形というものからは、どこか耽美性や哀愁が漂ってくる。ふつうの人形は人間を模してつくった無機物の塊という感じがするけれど、からくり人形は人間から魂を抜き去ったようである。死んでいるのでなく、生きて、魂がない。ゆえに冷たさと美しさをあわせ持つ。

さらにマスターのバスで使われているインテリアや、深い海、白い鳩、猫、家具職人、屋上遊園地、ゴンドラ、文通、暖炉といったエッセンスもまた、その言葉の持つイメージによって美しさを醸しだすことに一役買っている。

 

この小説に幻想的な美しさを添加しているのが、話の構図である。

この小説が日本を舞台にしていながら異国の町に迷い込んだような錯覚をもたらすのは、わたしたちが社会規範、自然主義的な「客観的な」色眼鏡をかけて日本社会を見ているのに対し、リトル・アリョーヒン彼自身の「主観」によって見えた日本が描かれているためである。

彼の主観を通して見た世界では象の足跡に海ができ、家の壁にミイラが埋まっている。これらの"幻想"は現実とからまり合い、新たな世界を生む。物理的に見れば単なる駒の形をした質量の運動が、彼の世界では閉じ込められていた象の大移動へと解釈を変える。

幻想はけっして虚偽ではない。幻想は主観を通した現実の世界である。彼の生み出した世界はわたしたちの見ている幻想とは遠く離れているので、読み手は彼の幻想に異国を見出す。

 

そして小説の美しさを決定的なものにしているのが、一文一文の美しさである。

彼女は澄んだ瞳で盤を見渡し、慈しむように駒を握り、励ますように新しい升目に置いた。(p.303)

「きっと他のところに特別手を掛けて下さって、それで最後、唇を切り離すのが間に合わなくなったんじゃないだろうか」(p.27)

 

言い回しや表現ひとつひとつに魂が込められており、文章自体が芸術品のような美しさをもっている。

これらの要素が合わさり、美しい小説となっていた。

 

【デビュー作】瀬尾まいこ『卵の緒』

オススメ度:★★★★★

「肉豆腐で飛んできちゃうんだから、好きなんだろう」(p.40)

 

瀬尾まいこ『卵の緒』

 

感想

どうやったらこんなに心がほっとする文章が書けるようになるのだろう。

瀬尾まいこの小説は優しく、温かい。落ち込んだ心にもすっと入ってきて、湯たんぽのようにじわじわと温めてくれる。傷んだ心が癒やされていく。

物語のラストもいつもよい。すっきりとしていて、明るく前向きな気持ちになれる文章で締めくくられている。

 

この本には瀬尾まいこの中編作品2本が収められている。

一本目の『卵の緒』は瀬尾まいこのデビュー作で、シングルマザーの家庭の親子愛を描いた作品だ。二本目は腹違いで年の離れた姉と弟との突然の同居が描かれている。ここでは特に気に入った『卵の緒』を紹介したいと思う。

 

『卵の緒』は「うちにへその緒がないのは自分がよその子だからじゃないか」とうたがう小学生の育生と、「あなたを卵で産んだから卵の殻しかない」という明るい母・君子を中心とした物語である。

この物語では登場人物がそれほど出てこないが、それぞれが個性的かつ魅力的だ。親子の他には、不登校ながらあっけらかんとしている育生の友達や、君子が恋する会社の先輩の朝ちゃんがいる。

彼らはシングルマザーだったり不登校だったり、「定型」の家族や人生ではないけれど、それぞれが幸せであることが伝わってくる。それも表面的ではなく、手触り感のある確信の持てる幸せである。

 

この幸せを表現する瀬尾まいこの文章がとてもいい。かけ合いは小気味よく、描写は端的で本質的だ。

育生と君子の掛け合いで言うと、たとえば、

「母さん、育生は卵で産んだの。だから、へその緒じゃなくて、卵の殻を置いているの」(p.18)

「シュミシコウ?」

「そう、趣味嗜好」

「それってなあに?」

「それはね、食器洗いしてくれたら教えてあげる」(p.37)

のように、君子のとぼけたような調子にまじめな育生が付き合っていて面白い。

 

そのほかの描写でも気に入ったものを残しておく。とくに3つめの朝ちゃんのセリフは、身近な愛がわかりやすく表現されていて、「そうそう好きな人ならこんなしょうもない理由で振り回されてしまうんだよ」と共感した。

青田先生の笑顔は完璧だと僕はいつも思う。薄いピンク色の唇が両端とも同じだけキュッと上がって、僕に春を思わせる。(p.11)

スイカを丸ごと買ってきたから、もう四日連続で夕飯の後にスイカを食べている。母さんは僕と二人暮らしなのに、なんでも丸ごと買う。(p.23)

「肉豆腐で飛んできちゃうんだから、好きなんだろう」(p.40)

 

この『卵の緒』はそのキャラクターやテーマから『そして、バトンは渡された』の原案になったと思われる。

ずっといい小説を読んでいるな感じながら最後まで読めた作品だった。

 

【語学】DropsとMondlyで1ヶ月ペルシア語を学んでみた

 

DropsとMondlyで1ヶ月ペルシア語を学んでみた

 

DropsとMondlyで1ヶ月ペルシア語を学んでみた

初日

ふと思い立ち、ペルシア語を勉強してみることにした。

高校生のときから、いつかイランに行きたいなという思いがあった。うっすら10年近く考えていたが、うかうかしているうちに自分はアラサーに差し掛かり、イラン情勢はとんでもないことになってしまった。

このままではいつまで経っても憧れのイランに行くことができない。なにか行動を起こさねばと考えたのが、ペルシア語学習だった。ペルシア語を学んだところでイラン情勢は変わらないけれど、行けるようになった時にすぐいけるようにするには、すこしでも障壁をとっぱらっておくのがよいと思ったのだ。私にとって障壁のひとつが言語だった。

今回調べてみるまで、イランの公用語がペルシア語だということさえしらなかった。イスラーム世界なら多少の方言はあれど、アラビア語が通じるものと勝手に思い込んでいた。せっかく勉強するなら資格も受けようとGeminiに相談したところ、あっさりペルシア語について教えられ自分の無知が発覚するところとなった。はやくわかってよかった。

 

初めはアラビア語を学ぶつもりだったのでDuolingoをインストールしたけれど、ペルシア語は残念ながら対応していないとことで別のアプリがないかGeminiに相談した。するとどうもDropsとMondlyが初学者にはよいとのことで、さっそくインストールしてみた。どちらも制限はつくが無料でプレイすることができる。

 

Dropsは単語に特化したタイプのアプリで、Kahootが提供しているだけありとてもUIに優れていて操作しやすい。無料版の制約は5分間で、この間であれば好きなだけ単語の習得ができる。

習った単語は間をおいて繰り返しクイズが出題されるため定着させるにはとてもよいと感じた。

 

一方のMondlyはもう少し会話に重きを置いており、「私の名前は○○です」や「私は車を持っています」など簡単な文章から覚えるスタイルになっている。

わかりやすい構成になっているけれど、イラストがあまり可愛くなかったり、ペルシア文字と音があまり紐づけて甘えられないところが若干気になった。

 

いつまで続けられるかわからないが、まずは1ヶ月使ってみて感想をまた書きたいと思う。

 

5日目

DropsのほうがMondlyよりも単語が頭に残りやすい。Mondlyでは毎日別のテーマを扱うので前日覚えた単語を復習できる仕組みになっていない。

一方Dropsではこれまで習った単語もほどよいタイミングで再登場させ復讐させてくれるので、漆塗りのように単語を脳に染み込ませていくことができていると感じている。

 

18日目

Mondlyは使いにくい(単語を覚えにくい)と感じていたけれど、使い方を変えることでいまは効果的に使えるようになった。

Mondlyのいいところは、毎日の学習に時間制限がないことだ。ペルシア文字に慣れていない初学者にとって時間がかかるのが、ペルシア語の単語を見てなんの文字が使われているか分解して音と紐づける作業である。たとえばパンという意味のنان(nan)という単語はن(n)-ا(a)-ن(n)という3つのパーツからできているが、初見ではパッと3つに分けて音を当てることができない。これをひとつひとつ分解して理解するためには時間がかかってしまい、時間制のDropsではここをじっくり取り組むことが難しい。

そこでMondlyをペルシア語表記で表示してゆっくりペルシア文字の表と照らし合わせながら理解していくとこで、この不足を補えペルシア文字にも慣れていけると気がついた。

 

30日目

学習を始めて1ヶ月が経った。

Mondlyのほうは1日アクセスがうまくいかずスキップになってしまった日があったが、Dropsは30日間完遂できた。

続けやすさという面ではどちらも実態続いたところを見ると申し分ないのだろうけれど、感覚としてはDropsの方が続けやすいと感じた。

理由は5日目ところでも書いたとおり、Dropsでは繰り返し同じ単語がクイズに出てきてくれるので定着していくのが実感できる。それも覚えたての頃は頻繁に出題され、覚えていくにつれ頻度が落ちていくので負担が少ない。

Mondlyもウィークリーの問題で復習できるようになっているけれど、大抵の場合月曜、火曜の単語は忘れてきてしまっているのでただ答えがわからずストレスになる。

Dropsで200単語近く覚えたことで、最近はMondlyで出てくる単語も知っているものがちらほら現れ楽にはなってきている。

 

Mondlyの利点として18日目のところでペルシア文字表記が覚えられることを挙げた。しかしこれも今となってはあまり価値を感じられていない。

最近はペルシア文字で単語を覚えるためにDropsで出てきた単語をGeminiに独立形に分解させまとめさせノートに手書きしているため、わざわざ見覚えのない単語をペルシア文字でMondlyを使って覚える必要がなくなってしまった。知らない単語をペルシア文字で覚えるよりも、音と意味が結びついている単語をペルシア文字にして見直す方が当然覚えがよい。

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そういうわけで、1ヶ月の結論としてペルシア語を覚える上ではDropsに軍配が上がった。これからはアプリをDropsに絞り、Geminiと手書きの練習を続けていくこととする。

 

 

 

 

【雑記】脳に新たな回路をつくる喜び

 

脳に新たな回路をつくる喜び

 

脳に新たな回路をつくる喜び

このあいだ、ちょっとしたキッカケがありトップアスリートに水泳のコーチを受けてきた。

別段わたし自身が水泳の強化選手になったとか、もともとコネがあったとかではない。むしろ水泳に関して言えば真逆であり、わたしは素人のなかでもかなり程度の低い、ずぶのど素人である。

もっと言えば水泳に限らずあらゆる運動が学生のころから苦手だった。幼稚園のころすでに走るのが遅く、びゅんびゅんと軽快に走る友人に秘訣を聞くと「手をチョキにして走るとよい」というのでその通りにしたところ笑われた。

それ以降なにか得意な競技が現れることはなく、また小学生のころは外で遊ばない子供だったので体力も一向に育たず、気がつけば立派な運動音痴になっていた。どちらかと言えば、そとで駆け回るよりも部屋で勉強しているほうが楽しいとさえ思っていた。

 

そんな体たらくであったが最近ハーフマラソン完走したことで、ずっと苦手意識のあった運動に対し抵抗がなくなってきたようで、次の目標として短いトライアスロンを目指してみることにした。

走るのは気合いだけでなんとか乗り越えたけれど、さすがに水泳はそうはいかない。一人でいくら泳いだところで、大の大人が初心者用のプールで見苦しくもがき続けるだけになってしまうだろう。そこでコーチをみつけられるサービスをつかって、そこで見つけたオリンピアンに図々しくもコーチを依頼することにした。

 

レッスンは千駄ヶ谷の東京体育館で行われた。

予想とは裏腹に現役時代の覇気は纏われておらず、目尻の下がった笑顔の優しそうなコーチがプールサイドで待っていた。分厚い身体をしているがアスリートの荒々しい筋肉ではなく、第一線を退いたことが体つきからうかがえる。

 

コーチはバタ足もまともにできないわたしに一から丁寧に指導してくださり、少しの成長も見逃さずに褒めてくださった。

6歳くらいの女の子が華麗に背泳ぎを練習する横で、トップアスリートがアラサーのバタ足を補助するのはなんとも言えない気分であったと思う。こんなわたしに最後まで笑顔で対応してくださったコーチには感謝しかない。

 

そんな調子であっというまに終わった指導はこの上なく楽しかった。

指導が終わったあともプールに残り、ひとり教えてもらったコツを繰り返し練習した。ひとりではうまくいかないことも多かったが、試行錯誤する過程そのものに喜びを感じられた。

 

学生時代に感じられなかった運動の喜びをなぜ今感じられるようになったのだろうか。

 

ひとつはデスクワークの日々のなかで身体を動かすことがリフレッシュになっていることだろう。蹴伸びするため腕を伸ばすだけでも肩甲骨が剥がれていくのを感じられる。

ただ「運動を習う(学ぶ)」という点では、違った意味合いがあるように思われる。

 

コーチに泳ぎ方やそのコツを教わるとき、脳のこれまで使っていなかった領域に血が流れていく感覚がある。教わった動作が無意識として定着するまでの間は、ひたすら意識的に繰り返す必要がある。このときそれまで存在しなかった脳の回路が結ばれていこうとする。

ない回路を使おうとするので、当然はじめはうまくいかない。分かっているのに、その通りに動けない。もどかしさを感じながら何度も何度もおなじ動作を繰り返す。

反復しているうちに、うまくいく瞬間がある。ハッと目覚めるような気付きが得られる。そうしたときには回路が完成した合図で、あとは意識しなくても脳に負荷なく再現できる。

 

これは勉強や仕事ともまったく同じである。

初めて習ったことは分かったようでよく分かっていない。何度も思考を再現しようとし、腑に落ちるまで繰り返す。思考過程を血肉になるまで落とし込む。

一度分かったことは思考過程を次からショートカットできる。

一度分かると「なぜこんな至極当然なことが分からなかったのだろう」と、分からなかったときの気持ちが分からなくさえする。細谷功は『具体と抽象』のなかで「抽象のピラミッドは下りられない」と表現している。

理解の回路が新しくつくられてしまえば、回路を通らず思考することは難しくなり、以前の思考過程には戻れない。

 

勉強が好きだったのは、この反復試行により回路を獲得する過程に楽しみを見出していたからである。分からなかったことが分かるようになるという成功体験時に出るドーパミンにハマっていたのだ。

一方で過去のわたしにとって運動は「とりあえずやってみるけれどやっぱりできない」という失敗体験の蓄積に過ぎず、ドーパミンの出ないこの活動に意欲を失っていた。本当にただ辛いだけだった。

 

大人になりコーチを通して正しい試行方法を学んだことで、今回少しながら新たな回路が発現した。できないことに挑戦し、脳に負荷をかけ構造が変わる体験を得られた。運動にも勉強と同じ類の喜びがあることを知った。

 

ふとこの文章を書きながら、新たな回路をつくりだすのは勉強や仕事、運動だけではないなと気がついた。

 

勉強にしろ仕事にしろ運動にしろ、分からないこと、できないことに挑戦し、脳に新たな回路をつくることがわたしは好きらしい。