本と絵画とリベラルアーツ

本と絵画の解説

押し付けられた責任感に意味などない

責任感という言葉を聞いてどんな印象を持つでしょうか。

 

責任感が強い人は立派な感じがして、

逆に責任感の弱い人はどこか頼りない印象を受けます。

 

小学校の時の通信簿を見ると、責任感があるかという欄があり、強い責任感を持っていることが良しとされているのがわかります。

 

社会に出ると、社会人としての責任感を持て、無責任だ、と

責任感があることが当たり前に強要されるようになってきます。

 

それどころか、責任感を持っていることこそが社会人としての最低ラインであり、責任感のない人は社会から退場させられることになります。

 

これだけ責任感が当たり前のように課せられている世の中では、人々は責任感を持たされることに疑問を感じなくなってきています。

その中で、責任感に押しつぶされ消耗してしまう人々も多く出てきています。

 

私たちはこのまま責任感を持ち続けてもいいのでしょうか。

 

そもそも責任感とは何か

《求められるのは責任》

そもそも責任感とは何なのでしょうか。

 

責任責任感の違いから考えてみます。

 

 

まず責任はどんな場面で発生するでしょうか。

 

例えば、あなたが何か買い物をしたとします。

この時、売り手は製品に対して責任を負わなくてはなりません。

具体的には、もし不良品が消費者の手元にいってしまった場合に返金するなり正常な品と交換するといった補償をしなくてはなりません。

 

これを売り手か責任制といい、消費者保護に役立てられきています。

 

この場合の責任は、責任感ではなく責任です。

 

 

もしあなたが掃除機を買ったとして、その掃除機が最初からうんともすんとも言わないのでメーカーに問い合わせるとします。

 

この時、メーカーの人が責任感のある人であるかどうかは重要なことでしょうか。

 

たしかに、対応が誠実であったり丁寧であることは好印象を与えて、企業のイメージにもつながります。

 

しかし対応が誠実であるとか丁寧であるとかということは、責任感の所与するところではありません。

極論責任感なんてなくても長年の経験とビジネススマイルさえあれば、表面的なものなどいくらでも再現することができます。

 

私たちは責任さえしっかり負ってもらえれば、その内に責任感があるかないかなどどうでも良いのです。

 

責任感では何も補償することはできません。

 

企業に求められているのは責任であり、責任感ででは無いのです。

 

 

《責任感は個人的な問題》

では世間でさんざっぱら押し付けが横行している責任感とはどういったものなのでしょうか。

 

大前提として、責任感は人から負わされるものではない。

 

責任感とは、責任に"感じる"がくっついたものです。

満足と満足感と同じ関係にあります。

 

"感じる"がくっつくことによって、これらの言葉には違いが生まれます。

感じるとは完全に個人的なことであり、絶対的なものです。

 

例えばだれかが寒いと感じたならば、その場の他の人がどんなに暑いと主張しようともその人にとっては寒いのです。

周りの人間が「いや、それはおかしい。お前は間違っている。暑いに訂正しろ。」なんておかしなことを主張したとしても、まかり通るわけがありません。

 

責任感や満足感も個人が感じることである以上、周りからとやかく言うことはまったくもっておかしな話なのです。

 

 

責任を感じる場面について一つ例を挙げておきます。

 

ある女性が10ヶ月近い妊娠期間を無事乗り越え、赤ちゃんを出産し、我が子の顔を初めて見てその手に抱きかかえます。

圧倒的に無力な、希望に満ちた温かさをその手の中に感じながら「この子を何があっても絶対に守ろう」と心に誓います。

 

これは責任でしょうか。

赤ちゃんに押し付けられてこういう気持ちにこのような気持ちになったわけではありませんね。

この女性は自らの内側から溢れる責任を感じたのです。

これこそが責任感そのものなのです。

 

責任感とは、情緒豊かな人間が利他心を感じた時にその内側から溢れ出てくる特別なものなのです。

 

責任感で消耗してはいけない

社会では、人の責任感に干渉できると勘違い人がしばしば責任感の侵害をおかして悩みのタネになっています。

 

責任感が個人的である以上、他者がどうこうしようとすることはおこがましいことなのです。

 

寒いと感じる人に暖かいと感じさせるために部屋の温度を上げることはできても、その人に暖かいと感じさせられるかどうかはまったくの別問題です。

 

 

マネジメントの上手な上司は部下に責任感を与えるのが上手です。

京セラフィロソフィで知られる稲盛和夫は自著のなかで部下にいかに責任感を与えることが大切か繰り返し説いています。

 

一方で、人の上に立つ器量を持たない人が上司となってしまった人は悲惨です。

上司にあれこれと見当違いの手段でケツを叩かれ、ミミズ腫れを作りながら仕事をする羽目になります。

痛みから逃れるために仕事をし、上司は自分のやり方が正しかったと締め付けをきつくする。

まるで鞭打って奴隷を働かせてたからとなんら変わりません。

 

ここで人がいい人は欲しくも無い責任を感じるようになっていくのです。

自分の内から生まれたのでは無い、外的な責任感を背負い続けるのはストレス以外の何物でもありません。

 

一度背負った責任感は二度と軽くなることはなく、上司は載せられるだけ載せてやろうとあなたが潰れるまでいくらでも責任感を載せていきます。

 

重くのしかかった責任感にあなたの足腰は悲鳴をあげ、背骨は軋み、最後はとうとう歩けなくなってしまうのです。

 

他者の用意した責任感に潰されるなんて、そんな面白くないことがあるでしょうか。

 

 

載せてしまって責任感を下ろす方法が一つだけあります。

 

いい人をやめることです。

 

人から責任感を受け取るのをやめるのです。

責任感をやめたって仕事ができなくなるわけではありません。

 

責任感があろうとなかろうとプログラミングのスキルが落ちることもありませんし、運転が下手になるということは無いのです。

 

プログラミングがちゃんとできれば、安全に運転できればなにも問題はありません。

 

人から押し付けられた責任感で消耗してはいけません。

自分の人生を生きるのです。

 

 

もちろん責任感が仕事に人生にプラスに作用することは間違いありません。

 

大事なのはその責任感が内部から生まれたものなのか、誰かに押し付けられたものなのかということです。

 

もし自然に責任感が芽生えたならば、そんな素晴らしいことはありません。

 

芽生えた責任感を大切にするべきです。

責任を感じられることに全力を注ぐべきです。 

 

まとめ

*責任は社会契約の中で補償を担保するためのもの。

*責任感は利他心によって生まれる侵害されえない個人的なもの。

*責任感を人から押し付けられてはいけない、自分の内部で生まれた責任感を大切に愛でよ。

【動画紹介】聞くだけでリラックス!オススメのボキボキ整体動画

皆さんは普段、何で暇を潰しているでしょうか。

 

ユーチューブは今や暇つぶしの代表格で、ユーチューバーから漫画動画、過去のテレビ番組まで実にバラエティ豊かな動画が投稿されています。

 

その中でも今、特に熱いジャンルがあります。

 

ボキボキ動画です。

 

海外ではカイロプラクティックの施術の動画が前から多く上がっていましたが、ここ最近日本の整体師も個性豊かな先生がユーチューバーとして動画を上げ始め、人気を集めています。

 

人間の関節がなるボキボキという音は、体験せずとも聞くだけでストレス解消になります。

 

海外のボキボキ動画ではARSM(音や視覚による快感)タグがつけられて、音フェチの間で評判を集めています。

日本でもボキボキ音が好きな音フェチの人々を「ボキラー」と呼び、整体師たちによるボキラー向けの動画も多く出ています。

 

特に上手い先生ですと綺麗な音が鳴り、快感が一層高まります。

また個性豊かな先生たちのやりとりやコメントにも注目です。

 

 

今日はそんなボキボキ動画から、再生数50回くらいのボキボキ動画までを日夜あさっている私がオススメする、上手くて面白い先生のチャンネルを5つ紹介したいと思います。

 

 

 ほぐしや川西整体  ジョニー大前先生


名古屋パキパキセミナー胸椎編!byジョニー大前

 

初めに紹介するのは大阪で自分の整体院を経営しながら、後進の指導にも尽力されているジョニー大前先生です。

大前先生は自衛官出身という異色の経歴の整体師です。

大阪のテレビにも何度も出演されており、さすが大阪人、キャスターとの掛け合いがとても面白くて見ていて楽しいです。 

 

多くの後進の指導にもあたるベテランである先生の整体は安定性が抜群で、スピーディーでリズミカルな整体は聞いていて大変心地が良いです。

 

先生はストレッチも得意で、椅子に座ったままの整体動画もめちゃくちゃ気持ちがよさそうです。

 

古タイ式マッサージ 日向先生

 
首ボキボキ たった5秒で改善!究極の頸部施術法!

 

続いては整体ではなく古タイ式マッサージから日向先生です。

日向先生は治療師として35年間活躍されているベテランで、施術の様子からも自信があることが随所に感じられます。

 

日向先生の施術動画はどれも力強く、豪快なボキボキ音はよだれが出そうになります。

 

大阪門真整体院 栗岡先生


足コキ集!足指のポキポキや足のパキパキ音股関節の抜ける音などの整体動画

 

最近急速に人気を集めているのが大阪門真整体院の栗岡先生です。

他のユーチューバーとのコラボも多く出していて、ユーチューバーとしての人気もうなぎ上りです。

 

先生の最大の特徴は足を牽引し股関節にゆとりを作るというユニークな施術です。普段は詰まりっぱなしになっている股関節を広げてあげることでなんともいえな快感が生まれます。

 

解放系の整体が好きな私には最高の動画です!

牽引を緩めたときに股関節に関節がぶつかり、コンっという高い音がなるのも不思議で面白いです。

 

また先生は近頃マッサージ店でも多く取り入れられている肩甲骨はがしも得意で、ずぶずぶと肩甲骨の裏に先生の指が入っていくの見て、自分もやられたいなあといつも思っています。

 

 からだ工房 小山先生


【整体】The Guests is “HIROMI OURA” Japanese Relaxation Body Care【ASMR】

 

4人目は名古屋で整体師をされている小山先生です。

 

長いこと動画の更新がストップしていましたが、最近また動画の更新がされるようになりました。

 

先生の動画に出てくるモデルは美人揃いで、先生の性格も相まって一瞬危ない動画に見えることもありますが内容は至って健全な整体動画です。

美女と先生の楽しそうなやりとりをこの動画のファンの男性のみなさんはいつも羨望のまなざしで見ていることでしょう。

 

マニアックなファン向けに動画は基本無編集でのアップがされており、他の動画ではカットしてしまうような入念なほぐしや整体の流れが見られてとてもお得な動画になっています。

私は首の牽引のシーンが大好きで、まず最初にそのシーンまで飛ばしてから通しで見ています。

 

あすわ整体 白崎先生


スマホ首矯正

 

最後の紹介しますのは、ボキラーの中でも圧倒的人気を誇るあすわ整体の白崎先生です。

 

白崎先生の出すボキボキ音は群を抜いてキレイで、圧倒的な快感を得られます。

首、腰、背骨のどこからでもボキボキボキボキッ!!!というボキラーの求める音を鳴らせ、県外から先生の整体目当てで来る人も多いようです。

掛け布団や部屋の様子が無骨な雰囲気を演出し、先生の腕を引き立たせています。

 

 

いかがでしたか。

ボキボキ整体は見ているだけでリラックスができる大変コスパのいい趣味です。

見ていく中でお気に入りの整体師さんができたら実際に行って見るのもいいかもしれませんね。

 

今回はボキラー御用達の5人の整体師を紹介させていただきました。

この方々以外にも腕のいい整体師ユーチューバーさんがたくさんいますので、また機会があれば紹介したいと思います。

【本の紹介】えらいてんちょう「しょぼい起業で生きていく」

前回の冬に大学の近くの本屋で平積みされている「しょぼい起業で生きていく」を見つけました。筆者はえらいてんちょうさん。

 

不思議なタイトルと につられてついつい手を出しました。

そしてページをめくり、いきなり最初の部分で心を射抜かれました。

「朝起きて満員電車に乗って通勤するのが嫌だから就職せずに起業する」

そしてその考え方に共感できすぎてめちゃくちゃテンションあがりました。

 

なぜ嫌なことを昔から、周りがそうだからやらなくてはいけないのだろう。なぜ会社に勤めるのが当たり前みたいになっているのだろう。逃げるわけじゃなくて、他の選択肢として起業するのは選んではいけないのだろうか。大きなビジョンや高尚な理念がなければ起業してはいけないのだろうか。

常々モヤモヤと感じていました。

 

「しょぼい起業で生きていく」の中では、そういった現在の日本で生きにくいと感じている人に、資本主義のシステムの中にいながら今までとは違った生き方のヒントを与えてくれています。

 

この本で個人的にメモを取った4箇所についてまとめてみました。

 

生活の資本化

私たちは、生活していくためにお金を稼ぎ、その中から生活に必要なものを買い、またお金を稼ぐというサイクルの中に生きています。

 

稼ぐ→生活の順番は変わることがないので、生きていくためには一生この中で消耗し続けることになります。

 

「しょぼい起業で生きていく」では、これとは全く反対の生活→稼ぐという従来とは180度転回した発想で生きていきます。

 

生活で稼ぐとはどいうことでしょうか。

 

私たちは、生活を営んでいくなかで余剰を生み出したり、労働にあたる行動をしたりします。

具体的には、夕飯を自分たちで消費できる分より作りすぎたり、通勤で遠くまで移動したり、穴の空いた洋服を直したりします。

 

もし余った料理を人に売ってみたり、通勤のついでに人にものを届けたり、近所の人の服を直してみたらどうでしょうか。

これらは現在の料理人や運送、洋服リフォームとやっていることが同じなのです。

 

しかも元々は自分が必要な分にプラスαしているだけなので、コストも極めて小さくて済みます。

 

生活の資本化は原始的でありながら、極めて合理的な考え方なのです。

 

やりがいの三段階

 何年か前のドラマ「逃げ恥」ではガッキーがやりがい搾取を提起して一時期話題になりました。

やりがいという言葉を無理矢理押し付けて労働力を搾取する人間疎外に対する問題は、ブラック企業が蔓延する今の世の中ではなかなかセンシティブな話題です。

 

一方で、えらいてんちょうはこの本のなかで「やりがい」を質の違いから3つに分類し、正しいやりがい搾取と間違ったやりがい搾取があることを述べています。

 

まずやりがい搾取の第一段階は、友好関係を前提としたやりがいで他者が完全なる自由意志のもとでやりがい(得意なことややりたいこと)を提供してれる段階です。

イメージとしてはおせっかいな人でしょうか。仲人を率先して努めてくれたり、余った料理をいつも分けてくれるおとなりさんなんかがこれに当てはまります。

 

やりがい搾取の第二段階は、第一段階と同じように友好関係を前提とし、今度は依頼したことに対して応えてくれる関係です。

日曜大工が趣味の人に犬小屋をつくるのを頼んだり、着付けが得意な人が着付けを手伝ってくれたり、頭のいい人が勉強を教えてくれたりという場面です。

 

依頼してやってもらうわけですが、やってくれる本人はやったことにやりがいを感じて満足してくれるのでそこで対価が成り立っているわけです。

 

この本の中では、これらの2パターンのやりがい搾取を正しいやりがい搾取と定義しています。

 

一方で、友好関係もないままに得意だから、できそうだからという理由だけで無理矢理ものを頼んでやってもらおうという人がいます。

ツイッターなんかでもイラストをあげているひとに無料でイラストを描くように頼んだり、将来役に立つから、苦労は買ってでもするべきだから、という理由で仕事をおしつける人がいます。

これは間違ったやりがい搾取です。

 

正しいやりがい搾取で人を動かすためには、友好関係が大前提なのです。

 

起業家に必要なもの

この本の後半1/3はPha氏と借金玉氏との対談になっています。

 

借金玉氏との対談のなかで、二人が起業家に必要なものを話し合い、共感している場面があります。

起業家に最も必要なものとは無から信用をつくり出す技術だといいます。

 

出資者がお金を出すか決める基準は、面白そうであることと信用があるかということです。

例えどんなに素晴らしいアイデアであっても信用がないところには出資されません。何もない人が信用を生み出すためには実績をつくり出すしかないのです。

 

この話のなかで、借金玉氏がむかし草むしりを依頼した相手がおおものになったというエピソードが出てきます。

この人もきっと初めは信用がなかったに違いありません。草むしりから始まった信用を雪玉を大きくするように大切に育てた結果、今の地位までたどり着いたのです。

 

何もない人はまずは体を張って、小さなことからでも信頼を得ることがアントレプレナーとしての第一歩となるのです。

 

またこの対談では起業家に必要な他の素質についても言及しています。

それは転ぶ前提でやるということです。そして転んでも死なないことが重要です。

 

無から何か始めようという人がなにかやればまず転びます。

しかし転ぶことにびっくりしてはいけません。転んで当たり前なのです。

 

転んで死なないためには転ぶことをあらかじめ想定しメンタルを守ることと、一回転んだら死んでしまうほどの投資をしないことです。

小さい子を公園に連れて行くのに綺麗で高価な絶対に汚してはいけない服を着せてしまえばオチが見えてしまいます。

 

小さなことから、転ぶ前提で、とりあえずやることが無から抜け出せる手段なのです。

【宅浪】宅浪の孤独と不安とリアル《レンタル自習室秋冬編》

この記事は以前投稿したレンタル自習室での一浪目の記録の後半です。

前回の記事はこちらから↓

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安定の秋

散々ハマって労力をつぎ込んできたポケモンGOも、日が落ちるのが早くなるとともに興味が薄れ、羽織るものが欲しくなるころにはすっかりアプリを開くこともなくなっていました。

 

勉強の方はといいますと、秋になり一年の勉強の目処が立ち始め、徐々にやる気を取り戻していきました。

 

気分が落ちて勉強ができないな、という時には積極的に同じく宅浪している友人に協力を仰ぎ、叱咤激励し合うよう努めました。

 

現役の時はほぼ捨てていたような古典も着実に実力が付き、模試でも安定して点が取れるようになるとメンタルの面でも安定して高い状態を保てることが多くなっていきました。

 

それでもなんもしたくないという日が無くなるわけではありません。

 

ある天気のいい日、その日は全く集中力が出ない日で、午前も机の前に座ったきりテキストを開けたら閉じたりを繰り返しているだけでした。

13時過ぎたころ、お腹が空いたので近くの牛丼屋で一番安い牛丼を小さくなった胃にかっこみ、その後は自習室のそばをフラフラと散歩していました。

たまたま今まで見かけなかった広めの公園を見つけ、所在なく公園で一番大きな木の下のベンチに座り、ボーっと人やアリの往来を眺めていました。

 

半分魂の抜けたまましばらくそこで休んでいると、遠くから元気な声が近づいてきます。

近所の小学生でした。ランドセルを背負った6人くらいの小学生の集団が、公園を横切り家に帰っているところでした。

 

穏やかな秋の日差しの下で、無邪気な小学生が楽しそうにじゃれ合っていました。

木陰で彼らが行き去るまで眺めていた私は、彼らの声が聞かなくなった後とてつもない自己喪失感に襲われました。

 

朝早く起きて、学校で勉強し友達と遊び充実した一日を送ってきた帰りの小学生達と、朝もダラダラと布団から出て、受験生にもかかわらず何もせずナンセンスな一日を終えようとしている自分とを無意識に比べてしまい、暗く悲しい気持ちになりました。

自分のなさけなさで胃の中は黒く、形のない重たいものでいっぱいになりました。全てブチまけて楽になれたれどんなに楽かと思いました。

 

そんな自分への失望の波を幾度と乗り越えながら、なんとか絶えることなく受験勉強は進めることができました。

 

孟母断機と自分に何度も何度も言い聞かせ、気づけばセンターもあと数ヶ月に迫っていました。

 

模試の冬

センターも1ヶ月に迫った12月に入ると、一旦二次対策は置いておき毎日センター対策に注力するようになります。

 

現役の時に勝った赤本があったので、一浪の時には新たな赤本は買わず、最新のセンター試験の問題がない状態で取り組みました。

 

年末年始は模試にも積極的に臨みました。

模試は自分の成績や立ち位置が分かるだけでなく、メンタルの側面でも有効なので、積極的に受けることもオススメします。

 

普段は自分の家の近所と自習室の周辺しか動き回りませんが、模試になるといつもとは違う駅でいつもとは違う風景を眺めながら歩くことができます。

自分が受験生としての責務をしっかりと果たせている気がして少し自尊心が回復します。

 

模試の会場は比較的大きな駅にあることが多いので、帰りに大きな本屋で参考書を立ち読みするのもいい気分転換になります。

自分がボロボロにした参考書が新品ピカピカで本棚に並んでいるのをみると、まるで後輩を見ているようで可愛ささえ感じられます。

 

それに模試では浪人生だけでなく、友達とワイワイガヤガヤと制服姿だ来ている現役生も多くいます。

そのような姿をみていると、彼らだけには負けたくない、負けるわけがない、という虚栄ではありますが一種の闘争心が芽生えます。

この闘争心が勉強にも良い影響を与えます。

 

ただ、この季節の模試では十分に気をつけなくてはならないことがあります。

それはバイオテロリストです。

 

彼らは体調が悪いのにも関わらずに、周りを道連れにするためにわざとマスクをしないまま咳やくしゃみを撒き散らします。

私も駿台の元日模試で遭遇し、めちゃくちゃ腹が立ちました。

大きな咳をするたびに、受験のストレスとともにバズーカで地の果てまで吹き飛ばしてやろうかと思いました。

 

当然ですが受験生になったらインフルエンザの予防注射と乾いた季節になってからはマスクをマストで着用するようにしましょう。

 

マスクをするようになって気づいたのですが、浪人中ただでさえ普段ヒゲを剃らなくなるのに、マスク

をしてしまうと本当にヒゲを剃る習慣が失われてしまいます。

うっかりそのまま人に会ってしまうと引かれてしまうので、人と会うときは忘れずに剃るようにしましょう。

 

失望の本番

センターの会場は、現役の時は高校から近いところが選ばれるのでわざわざ1時間半くらいかけて会場の大学まで行きましたが、浪人の場合は自宅から近いところが選ばれるのでとても楽でした。

 

現役時代はセンターでも二次でも全く緊張することがありませんでした。

 

会場に着きいざ問題を解き始めてもまるで他人事のように思えて、テスト前も一生懸命ボロボロの赤本や英単語帳を食い入るように確認する周りの受験生を横目に、スマホでゲームしながら早くおわらないかなあなんて考えていました。

 

全然実力が足りないのにも関わらず、自分の運に自信を持ちすぎていて落ちるということを微塵も思っていませんでした。

 

生まれたこのかた試験に落ちるということがなかったので、落ちるというのは都市伝説かなにかだと思っていました。

自分に根拠のない自信がありすぎて歪んだ精神構造を生み出していたのです。

 

そんな私でもさすがに一度大学に弾かれればその感覚は深層心理に刻まれたようで、この時はトラウマになるようなことはありませんでしたが少なくも落ちるのがツチノコやネッシーとは違う類のものだということは理解するようになっていました。

 

落ちた記憶は静かに私の心を揺さぶり、人生の試験において初めて緊張というものを味わいました。

 

表面上はリラックスしているように取り繕っても、脳はピリピリと張り詰め、そこからすぐにでも逃げ出したい気持ちに苛まれました。

 

そんな時は深く息を吐き、周りを見渡すことでなんとかパニックなることはなく試験を乗り越えることができました。

 

センター試験の直後に襲ってくる最大の敵は開放感です。

センター試験では寒い冬の日に2日も暖房のゴウゴウとかかった部屋に幽閉されることになります。

2日間のテストの後、会場から出た時に感じられる開放感といったらなんとも言い表せないほど格別です。

テストの結果のいかんに関わらず、とにかくやり切った、自分の仕事は果たしたという感覚が猛烈に全身を支配してきます。

 

この感覚を味わった次の日に昨日までよく頑張ったから今日は休憩、なんて生ぬるいことをしてしまうと全て台無しです。

 

その日から勉強に戻るのがとてつもなく辛くなります。

 

センターが終わった開放感から、もう2次はどうでもいいや、とにかく自分のやることはやった。あとは余力でどうにかなるだろう。と、受験生としてのスイッチがプツリと切れてしまいます。

 

一応受験生としての体裁を保つためだけに赤本を机の上に並べ、パラパラと眺めてはなんとかなる気がしてパタリと閉じてしまう。

そんなもったいない日々が受験が終わるまで続くこととなります。

 

センターの後、自分の中に少しでも甘い心があるならば絶対に休んではいけないのです。

センターの次の日こそ涙を飲んで自己採点をし、たとえセンターがうまく行こうとも悪かろうともすぐに勉強に戻らなくてはいけないのです。

 

私はというと、そのころ自分が小学校の低学年の時に散々ハマってやっていたポケモンを棚の奥から引っ張り出していました。

 

センター前は甘い心に鎖をつないで無理しでも勉強していましたが、センターの後気の緩みが如実に現れました。

 

懐かしいな、少しだけ確認してみるか、から始まり。ポケモンの整理を始め、ネットで古いホームページから攻略情報を探し出し、新しいツイッターを開設し、ついには中古ゲーム屋をめぐりポケモンのカセットに散財するようにすらなっていました。

 

1日の大半をゲームにつぎ込み、私立の試験前だけ赤本を軽く解いて対策した気になっていました。

当然ながら滑り止めにならないラインの私立は次々と落ち、数少ない合格校も自分が絶対に行くわけないだろうと思っていた場所ばかりになりました。

 

それでも現実を直視せず、根拠のない自信にかまけてセンターの後の貴重な1ヶ月をドブに捨てました。

 

そのあとになって一緒に浪人している友達に喝を入れられ、本命の対策に熱を入れましたが、全ては後の祭りでした。

全て受験を終えて残ったのは、わずかな特待目当てで受けた地方の私立だけでした。

 

 

現役の時比べればセンターも2次も成績はたしかに伸びました。

浪人してよかったと聞かれれば、それは間違いなく正解だったと思います。

 

今までの人生の中でこれほど真剣に自分と向き合い、はっきりとした自己嫌悪に陥り、そこから再び立ち上がり、また悩むといったことはしたことはありませんでした。

これほど家族のありがたみを感じ、感謝したこともありませんでした。

自分の見たことない自分のある側面における底が見えたことは、自分にとって大きな発見であり、成長だったと思います。

 

しかし自分自身のこの一年の生活に対し後悔はないかと問われて、無いといえばうそになります。

 

私はこの年の受験がすべて終わったあと、再び受験すること、つまり2浪することを決意しました。

2浪ではまた1浪目とは違った自分自身の感じ方や周りの変化があったので、それについてはまた詳しく書いていきたいと思います。

 

少しでも孤独と不安に苦しむ宅浪生の参考になればと思いこの記事を書きました。

この記事を読んで、少しでも参考にするのでも反面教師にするのでも、受験にプラスの影響があるならば幸いです。

 

 

www.artbook2020.com

 

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【本の紹介】村上龍「限りなく透明に近いブルー」

オススメ度 : ☆☆

1976年に発行、同年第75回芥川賞を受賞した登場24歳だった村上龍によって書かれた彼の代表作「限りなく透明に近いブルー」。

単行本・文庫本の発行部数の合計ではおよそ370万部で芥川賞受賞作の中で史上1位の大ヒット作。

 

市のおよそ3分の1を在日米軍基地で占める福生市を舞台に、ドロップアウトし、快楽と陶酔に溺れる若者たちの淡白で不思議な関係が描かれている。

 

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「69 sixty nine」

オススメ度:☆☆☆

私にとって村上龍の小説は「限りなく透明に近いブルー」で2冊目で、以前には「69 sixty nine」という作品を読んだことがありました。

「69 sixty nine」は、1969年長崎県の佐世保を舞台にその抜けにバカで楽しそうな高校生がマドンナの気を引きたい一心でバリケード封鎖を試みたり、イベントを開催したりとエネルギッシュに駆けずり回る様子がコミカルに描かれています。

 

村上龍本人が書いていてこんなに楽しい作品は他にないというほどで、登場人物のほとんどが村上龍の若い頃の周りの人物をモデルとしています。

 

この本は読んでいて自分の高校時代が想起されました。

青春を楽しんで生きた人間であれば必ず懐かしい気持ちになり、もし青春を楽しめなかった人ならばこんな若い時を生きたかったと、羨望するに違いありません。

 

とてもテンポの良いストーリー展開で、スピーディーでスッキリとした読み味で、読み終わってみてとても心地が良かったです。

ライトな青春小説を読みたいというひとには是非オススメです。

 

「限りなく透明に近いブルー」

さて同じ基地の街を舞台とした青春物語でも、「69 sixty nine」と「限りなく透明に近いブルー」とでは色がまったく違います。

 

「69 sixty nine」が灰色のキャンバスに赤や黄色、青や紫が弾け飛ぶイメージならば、「限りなく透明に近いブルー」は海の底に沈んだ黒、干からびた青、拭われた赤がどこか遠くで塗りつぶされたという雰囲気です。

 

キャラクターも特徴的でありながら没個性的で、行き着くとこまで行き着いてしまった若い男女が、消去法的に交わり、余り物の絆で結ばれたコミュニティの中で生きています。

 

読んでいくとドロップアウトし、カーストの底に沈んでいるはずの主人公たちにもかかわらず、それが何でもないかのような錯覚に陥っていきます。

読者が登場人物に感情移入できないだけでなく、お互いにぶつかり合っている登場人物さえも外から傍観しているような、不思議な感覚がします。

 

一方で過激でショッキングなシーンは詳細に描かれており、リアルから遠い場面であればあるほど現実味を帯びているようで読んでいて吐き気がします。

 

主人公のリュウは夜な夜な友人の女や黒人の米兵、そしてその仲間を集めパーティーを開催します。

何でも有りなある日のパーティーでは、白人女性がリュウの腰にまたがり、また屈強なアメリカ人の男がリュウの顔にどっしりと乗りかまえています。

しかし慣れない苦しみに反射的にえずいたリュウは、男の逆鱗に歯を当ててしまいます。

リュウの粗相にキレた男は拳でリュウの顔面を殴り、リュウは口を切ってしまいます。

 

ディストピア的な世界で繰り返される行為はなべて生々しく描かれ、私たちの現実と非現実の行き来を狂わせます。

 

まとめ

純文学の作品らしく緻密な情景描写で描かれたこの作品ですが、個人的にはあまり作品に入り込むことができませんでした。

 

終始小さな電球の切れかかった薄暗い部屋で重い昔話を聞いているようで、読んでいて何度かページを閉じてしまうこともありました。

ドラスティックな内容でありながら起伏が少ないのも読んでいてテンポをつかみにくかった一因かもしれません。

 

しかし緻密な情景描写自体は耽美的で美しく、小説家の小説を読んだという満足感はありました。

 

芥川賞作品を読んでみたい、有名な純文学作品が読みたいという人にはいい本かもしれません。

 

 

 

 

【宅浪】宅浪の孤独と不安とリアル《レンタル自習室春夏編》

私は現役での受験で単願特攻に失敗した後、宅浪として2年間を過ごしました。

1年目はレンタル自習室を借り、2浪目は完全に自宅で浪人をしました。

 

2年とも毎日受験勉強をして過ごす毎日には変わりありませんでしたが、それぞれ場所や浪人の年数による心の内部に違いがありました。

今回はそのうち前半にあたる1年目の春夏に思っていたことを書いてみました。

 

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余裕の春

受験に失敗した直後の3月下旬、ある程度予想をしていた私は周囲が予備校を探す中レンタル自習室を探していました。

予備校に通わなかったのは自分の力で受験をやりとげたかったからで、レンタル自習室を利用したのはさすがに家に一年引きこもることに不安を感じたからです。

 

レンタル自習室は自宅の最寄駅から3駅ほどの離れた、高校時代に行き慣れた場所に決めました。

雑居ビルに入っている20席ほどの小さな自習室で、普段は自分の他に医学部受験生や司法試験の勉強をしている学生など5人ほどがいました。

レンタル代は冷暖房完備24時間使い放題で、1ヶ月1万円ほどでした。

 

簡単な見学と説明を済ませ、私は4月よりこの自習室に毎日おにぎりをもって通うようになりました。

 

初めのうちは勉強にも集中して取り組むことができました。

まだまだ現役生との成績のアドバンテージがある余裕のある状況の中で、新しい環境と綺麗な机にテンションがあがり、なにより外の風景を眺めながら優雅に勉強する自分ステキ状態になっていました。

ほかの社会人や医学部受験生と一緒に勉強することも、自惚れる一因になりました。

 

心の中がどういう状況かは置いといて、とりあえず勉強には集中できる良い日々でした。

 

そんな日々も2ヶ月も続くとマンネリが訪れます。今まで目新しかった散歩ルートも見飽き、近所の本屋で立ち読みしたい本も徐々に減ってきました。

その中で勉強に対するモチベーションも一気に下がります。

梅雨に入り、朝強い雨が降っている日には出かけるのが億劫になりました。

低気圧で頭の冴えない日々が続き、浪人させてくれている親に申し訳ないという気持ちだけでなんとか自習室には行っていました。

 

そして到頭、自習室についても柔らかい椅子に浅くかけ、テキストを無造作に机に散らかすと、あとはただただスマホをいじるか、外を眺めるだけの日々が続くようになりました。

 

浪人させてくれた上レンタル自習室まで借りてくれた親に対する申し訳なさこそあれど、勉強してないことに対する不安はほとんどありませんでした。

去年一年勉強して現役生とは差があるという思い込みが、現実から目をそらせ不安を覆い隠していました。

 

それでもなんとかドロップアウトしなかったのは、同じく宅浪している仲間がいたからでした。

定期的に集まっては何時間でも散歩して進捗や勉強法、愚痴や不安を垂れ流しあっていました。

宅浪生の気持ちは宅浪生しか分かりません。同じ思いやストレスを抱えた仲間でありライバルがいたことは、大変支えになっていました。

 

堕落の夏

気持ちの上向かないまま、蒸し暑い夏に入りました。

この頃は日中の日差しを避けるため朝早く自習室に行き、昼間はクーラーの効いた部屋で過ごし日が陰ってから家に帰るリズムになっていたため真夏の気持ち悪さとは無縁の生活でした。

 

夏に入ると現役生が急激に伸びてくるため、模試でも成績が上がりにくくなるのを感じるようになってきました。

 

成績だけを頼りに保っていたメンタルも、成績が崩れると同じように不安定になっていきます。

猛暑の中、日々のストレス解消になっていた散歩にも腰が上がらなくなり、クーラーを浴び続けた身体は体力も落ち、一日中机に突っ伏すような日も増えてしまいました。

様変わりしない毎日はまるで時間が進んでいないような錯覚に陥り、このまま一生変わらず浪人が続くのではないかという気さえ起きてきます。

このような環境の中で私の成長は静かに止まっていきました。

 

私が一浪していた夏、世間ではあるアプリが一斉を風靡します。

 

ポケモンGOです。

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すっかり自習室に閉じこもり気味になっていた私も、気分転換にすぐにダウンロードしました。

これ以来、自習室にいる時間と外に出て出歩いてる時間とが逆転し始めます。

 

私は来る日も来る日も隣の駅、時にはもう一つ先の駅までポケモンを探しに歩き、電池が切れては自習室に戻り充電するというポケモンGO漬けの生活を送りました。

完全なる現実逃避と幼児退行です。

 

8月にはポケモンGOのために横浜のみなとみらいまで行き、大量のピカチュウを見てきました。

レアなポケモンに喜び、大量のピカチュウを人と人の間から一生懸命覗く姿は少年そのものでした。ストレスで爆発こそしなかったけれどそれらは全て、防衛機制のうち幼児退行によって免れているにすぎませんでした。

 

一方でこのような自分を客観的に見ている自分もいて、悲しい気持ちになりました。自分のニートの適性が感じられ、内心詰んだかなとも思っていました。

 

浪人生であることの最低限として模試などを受けつつ、そんなこんなしている内にいつのまにか風は乾いて涼しい季節がやってきました。

《レンタル自習室秋冬編》に続く…

 

www.artbook2020.com

 

2019年6月の読書結果

今年の梅雨は例年にも増して過ごしにくい季節でした。

降るんだか降らないんだかよく分からない天気模様に、突然暑くなる異常気象。ただでさえ憂鬱な日々に低気圧が重くのしかかります。

 

春の気持ちいい青空の下では木陰で読書するのも楽しみの一つですが、この雨の中では静かな景色を眺めながら読書することもままなりません。

 

それでも移動時間や寝る前などの時間を使いつつ、何冊か本を読んだので簡単な評価とともに紹介したいと思います。

一部ネタバレを含む場合があるのでご了承ください。もしかしたら今後以下の本についてもう少し詳しい記事を書くかもしれません。

 

オススメ度とは、私が独断と偏見で付けたもので、星の数1~5個(たまに6個)で評価してあります。本探しの参考にしてみてください。

 

「変身」 カフカ/高橋義考 

オススメ度:☆☆☆

実家暮らしの何の変哲もない男が、ある日目が覚めると体が虫になっていた。

そんな奇妙な展開で始まる作品だが、読み進めるにつれて不気味さが増していく。後半にかけて何か特別なことが起こるわけでは無い。あまりにも現実離れしている設定と、あまりにも現実的な展開がおぞましさを醸し出す。

普段小説を読まない人でも入り込める作品だと思います。

 

変身 (新潮文庫)

変身 (新潮文庫)

 

 

「テーブルマナー・ブック」 辻ホテルスクール

オススメ度:☆☆☆☆

フランス料理のマナーが気になって買った本。オードブルからメインまで、さまざまな料理の食べ方と作法が写真付きで解説されている。

肝心なフランス料理を食べに行く機会が無いのが残念。

 

「あのころ」 さくらももこ

オススメ度:☆☆☆☆☆☆

ちびまる子ちゃんの作者としてしられるさくらももこの、小学校時代を綴ったエッセイ。

5段階評価といいつつ☆6をつけてしまったほど面白かった。最近読んだ文章のなかで一番おもしろい。とにかく面白い。絶対この筆者の他の本も読むと決めた。

 

あのころ (集英社文庫)

あのころ (集英社文庫)

 

「カンブリア宮殿 村上龍×経済人」 村上龍 

オススメ度:☆☆☆☆

日本の社長や技術者を村上龍がインタビューする番組「カンブリア宮殿」。

そのインタビューと社長の経歴をコンパクトにまとめてあるのがこの本の特徴。業種や年齢もさまざまで、トヨタ自動車の会長から始まり、ミクシィ社長やジャパネットたかたの高田社長を経て京セラの稲盛和夫まで総勢22人が登場している。

いろんな社長の考え方の一端を一度にのぞける面白い本。

「就活のバカヤロー」 石渡嶺司・大沢仁 

オススメ度:☆☆☆

就活は茶番だ。多くの人が感じていながら中々変化のない就活業界のリアルを書いた新書。学生・企業・就活情報サイトの光と影にスポットを当てながら、就活の問題点を指摘している。

 

「車輪の下」 ヘルマン・ヘッセ/井上正蔵訳

オススメ度:☆☆☆☆☆

中学か高校の国語の便覧でみかけた作品。

主人公はある村でくらす父子家庭のハンス少年。彼はすこぶる頭がよく、周囲の期待につぶされそうになりながらも見事難関の神学校の試験に合格する。多感な時期に勉強漬けにされた少年は厳しい神学校で変わった友人たちと接しながら苦悩する。

自分の意志とはなんなのか、正しいとはどういうことか、ハンスの運命を眺めながら考えさせられる良作。是非とも受験生にも読んでもらいたい。

 

車輪の下 (集英社文庫)

車輪の下 (集英社文庫)

 

「教養としてのワイン」 渡辺順子

オススメ度:☆☆☆

ワインの幅広い知識を取り込むことのできる本。ただ、ある程度ワインの名前やヨーロッパの地名の知識がないと知らない横文字まみれで、読み終わった後ほとんど覚えてない状態になってしまう。

ワイン中級者が読む分には+αの情報が得られていいかもしれない。

例によって知識が増えても肝心のいいワインを飲む機会が無くて残念。

 

世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン

世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン

 

「経済は感情で動く」 マッテオ・モッテルリーニ/泉典子訳

オススメ度:☆☆☆

何年か前から流行り始め、現在では経済学の一人気分野にもなっている行動経済学の超入門書的一冊。損失回避性や価値関数などの専門用語には易しい注釈がついており、全くの初学者でも楽しむことができる。

しかしこれを読んで行動経済学を専攻しようとすると痛い目に合うので、もし本当に行動経済学に興味がわいたならばもうワンランク上の本を読んでみることをお勧めします。

「アダルトサイトの経済学」

オススメ度:☆☆☆☆

2012年に発行されたアダルトサイトで収益化をはかる方法をまとめたハウツー本。そのころはまだ本気でネットでビジネスを行っている人ため、ブルーオーシャンであった。

現在ではもうここに載っている手法は使えないが、個人が稼ぐにおいて目をつけるべきポイントは今でも有効だと思われる。