本と絵画とリベラルアーツ

本と絵画を通じて教養を身につけるブログ。本や絵画を三つのポイントで分かりやすく解説します

マルクス・ガブリエル/中島隆博『全体主義の克服』【レビュー・概要】

オススメ度:★★★★☆

今日ではデジタル革命が必要です。民主的な方法で「シリコンバレーの魔女たち」を王座から退位させなくてはなりません。(p.43)

 

 「新実在論」にて一躍時の人となったマルクス・ガブリエル。大学ではシェリングを専攻し、まさにドイツ哲学の延長にいると思われた彼だが、実はその背景には中国哲学があった。この本では中国哲学者である中島隆博とともに、ガブリエルのラディカルな議論が展開されている。

 

マルクス・ガブリエル/中島隆博 『全体主義の克服』

全体主義の克服 (集英社新書)
 

著者:マルクス・ガブリエル(1960~)

ドイツの哲学者。ボン大学教授。ハイデンベルク大学より博士号を取得。「新実在論」の旗振り役として日本でも広く知られている。主著に『なぜ世界は存在しないのか』『「私」は脳ではない』など。

 

著者:中島隆博(1964~)

東京大学東洋文化研究所教授。東京大学法学部卒業、専門は中国哲学、世界哲学。主著に『共生のプラクシス――国家と宗教』など。

 

現代にはびこる全体主義

 現代の社会的な問題を語るうえで真っ先に挙げられるのはポピュリズムの問題であるが、ガブリエルはこの切り口はあまり有効ではないという。

彼は有効でない理由として、「ポピュリズム」自体が指し示すものが曖昧という点を挙げている。

 

ポピュリズムに代わり彼が現代社会を見るのに持ち出すのは、全体主義の問題である。

近代化は私的な領域と公的な領域に境界線を引いてきた。私的所有が規定され、労働と生活も分離された。これに対し、全体主義とは私的領域を壊すものである。日本や中国、ナチスドイツに見られたように、戦前の全体主義は国家主導で私的空間を破壊していった。家族同士であっても密告が行われ、生活から私的空間が奪われた。

 

一方で、現在進行している全体主義の核心はデジタル化である。国家に代わりIT企業が全体主義的な帝国を形成している。普段私たちはSNSに私的領域をさらけ出し、私的領域と公的領域の境界線を自ら喜んで破壊(すなわち私的領域の破壊)している。各国政府はデジタル化によって私的領域が破壊されていくのを食い止めようと躍起になっている。これが現在の大きなトレンドである。

 

またGAFAといった大手IT企業は利用者から剰余価値を搾取している点にも言及している。わたしたちがインターネットを利用すると、情報がGoogleへ蓄積されていく。Googleはこの蓄積されたデータをもとにサービスを展開し、利潤を得ている。つまり、わたしたちは知らず知らずのうちにGoogleの無給の「労働者」になっているのだ。

この現実に対しガブリエルは「デジタル革命」が必要だと主張している。わたしたちは民主的な方法をもって、「シリコンバレーの魔女たち」を王座から引きずり降ろさなくてはならない。

 

意識

多くの哲学者、科学者によって議論されている意識の問題について、ガブリエルはラディカルな主張をしている。

 

意識はニューロンの発火ではない。脳の一部をなす格子状の構造によって、意識は生まれますが、意識は脳の活動とは何の関係もないのです。(中略)意識は脳の活動ではなく、脳の数学的な構造・形式なのです。 (p.136)

 

これは一見すると脳の構造・形式を物質的に実現することで意識を人工的に生み出せるという主張にもつながりそうだが、ガブリエル自身はそうは考えていない。むしろ、その構造の複雑性により完全な再現は不可能というスタンスをとり、脳自体の完全なシミュレーションはできないと主張している。