今日は目が覚めると、すでに正午を回ってしまっていた。いっそのこともう一眠りしようかと思ったが、せっかくの休日を丸一日怠惰に過ごすのもったいないので、映画を見ることにした。
前回2まで見ていたミッションインポッシブルの3を見た。下馬評通り今作はイーサンの独壇場だけでなくチームでの活躍が多くて面白かった。イーサンが感情的になる場面が多かったのも新鮮でよかった。
映画を見た後パイソンの勉強と読書で迷って、読書を選んだ。読みかけの「人間の建設」と「反哲学入門」は今読む気がしなかったので、新しく「ボクの音楽武者修行」を読むことにした。
この本を最初に知ったのは高校時代で、図書館に置いてあった新潮社の「高校生に読ませたい50冊」に入っていた。この冊子に載っている本はどれもこれも当たりで、ここに載っている本を読んだのは高校時代のいい思い出である。
「ボクの音楽武者修行」は小澤征爾が20代の時に書いた自伝的エッセイである。24歳で単身ヨーロッパに渡り、26歳でニューヨーク・フィルハーモニーの副指揮者として日本に帰ってくるまでが描かれている。
小澤は歯科医の父・開作の三男として中国で生まれた。成城学園中学から高校へ進んだが、桐朋学園高校音楽科に入り直し、その後短大に進んだ。
卒業後、外国の音楽をやるからにはその本場の土地が見たいと思い、ヨーロッパに行くことを決心した。
決して裕福ではなかった小澤はカンパでお金を集め、富士重工からスクーターを借りた。貨物船に乗せてもらう機会を得て約2カ月かけてヨーロッパに渡った。
ヨーロッパに渡って間もなく小澤はフランスのブザンソンで行われている指揮者の国際コンクールに出場した。世界トップレベルの大会であったが、小澤は見事合格し一躍その名を世界にヨーロッパ中に轟かせることとなった。
それからというもの、ベルリンに通い、アメリカのミュンシュやベルリンのカラヤンの指導を受けるなど、異文化に衝撃を受けながらも順風満帆は日々を送った。
そしてついに、あこがれのバーンスタインのもとでニューヨーク・フィルハーモニーの副指揮者として働けることになった。神戸港を立ってから2年、小澤が26歳のときのことであった。
伝記の中でも、とくに若い時期について書かれているものからはいつも勇気をもらえる。あふれんばかりの体力と好奇心でどこまでも道なき道を進んでいく。可能性と自信を信じてどこまでもいく。怖いものが何もないようにさえ感じられる。
それに比べて自分はどうだろうか。若いだろうか。若者として生きられているだろうか。つまらない守りに入っていないだろうか。何かを怖れていないだろうか。家の中にこもり本を読んで得意げになっている老害になってしまっているのではないだろうか。
この本を読んでいると、高校時代を読んだ沢木耕太郎の「深夜特急」を読んだときと同じ思いに駆られる。つまらない家の中から飛び出し、外の世界を見たくなる。日本から出て、世界を見たくなる。ここにいては見ることの出来ない景色、人、食べ物、酒、空気、多くのものに触れて、感じて、感動したい。そんな思いに強くかられる。
読みながら三つの点についてメモを取った。
・小澤がブザンソン(フランス)のコンクールで優勝した後のコメント
「外国では、いかに芸術というものを大切に取り扱っているかという証左であろう」
「日本のような小国は今後音楽や芸術で学国に対抗しなければならないはずなのに・・・」
・飯をたいて、梅干し、海苔、コブ、ウニなどをおかずにして食うありがたさは、日本にいては絶対にわからないだろう。
・外国に一度でも行った人なら誰でも感じることだと思うが、よその国で同じ日本人から受ける親切ほどありがたいものはない。