オススメ度:★★★★☆
「拓ってへんな人ね。どうして、そんなつまらんないこと知ってるの」(Ⅱp.308)
氷室冴子『海がきこえる』
本書のエッセンス
・最高の青春小説
・ワガママな里伽子が魅力的
鈴木敏夫とジブリ展にて
先日、横須賀美術館で開催されていた「鈴木敏夫とジブリ展」に行ってきた。
鈴木敏夫の半生を追いながら、ジブリ映画の裏側に迫っていく構成で、どのようにして鈴木敏夫がつくられ、ジブリ作品を生み出してきたを知れるよい特別展であった。
人気のジブリゾーンの展示も見ていて楽しかったが、それよりも鈴木敏夫が大学時代に読み影響を受けた本の展示が印象に残った。やはり若い頃に刺さった本というのはその人の人生に影響を与えるのだと改めて感じた。
氷室冴子の『海がきこえる』は鈴木俊夫が編集長を務めていたアニメ雑誌『アニメージュ』に連載されていた小説で、のちにテレビアニメとして放映された。(エピソードがカットや短縮されているなど、一部変更あり。)
イラストはジブリでアニメーターを務めていた近藤勝也によるもの。
私はこのアニメが大好きで、ジブリで一番好きな作品は何かと聞かれても『海がきこえる』を挙げるほどである。
2024年に渋谷のBunkamuraで特別上演をやっていた時ももちろん見に行き、いたく感激した。
物語は主人公・杜崎 拓が通う高校に、高校2年の夏休みという時期に武藤 里伽子が東京から転校してくるところから始まる。
親の離婚で不本意に高知へ転校し、クラスや高知にも馴染めず東京に帰りたい里伽子、里伽子のワガママに振り回される拓、里伽子に惹かれる拓の親友・松野 豊。
高知の町という舞台で、里伽子を中心に思春期独特の気持ちのうねりが生まれていく。
この小説は恋愛要素を含んでいるが、単に恋愛小説というよりは青春小説だと思う。それは恋愛が拓や里伽子を支配するメインの感情ではなく、あくまで思春期の気持ちのうねりの中の要素として恋愛が存在しているからである。
小説ではアニメ版とは異なり、序盤で高校時代の拓が里伽子を好いていたことが明かされる。読者は拓の気持ちを知った上で高校時代のエピソードを拓目線で追体験していく。
この小説の魅力はなんといっても里伽子だと思う。
里伽子はワガママである。そして素直である。
『ノルウェイの森』の緑や『ヱヴァンゲリヲン』のアスカに似ているかもしれない。
里伽子のワガママさと素直さの混在した性格が、彼女の魅力であり、またそのまま誰しもが通った思春期の複雑な心境と重なる。
読者は里伽子の可愛さに惹きつけられると同時に、懐かしさと共感を覚える。
私がこの小説が好きなのは、これらの要素が刺さったからなのだろう。
ジブリのアニメでは、主題歌として里伽子の声優が歌う『海になれたら』が主題歌として使われている。このストーリーをマッチした名曲なので、この小説や映画を気に入った人にはぜひ聞いてもらいたい。
『海がきこえるⅡ アイがあるから』
併せて続編である『海がきこえるⅡ アイがあるから』も読んだので、その感想も少しだけ。
『海がきこえるⅡ アイがあるから』は『海がきこえる』の続編で、拓の東京での大学生活が描かれている。
『海がきこえる』ほど強烈なノスタルジーは感じられないが、前作と近い読み味で読めるため『海がきこえる』の余韻が残ってるうちに読むのが一番楽しめると思う。
拓は大学進学にあたり、石神井公園駅の付近に下宿している。
この小説を読んで拓の暮らしていた町が見たくなり、フラッと出かけてみた。
石神井公園駅は練馬からやや西にある駅で、その名の通り都立の大きな公園の石神井公園がある。
多くの漫画にも登場しており、有名なところだと『ど根性ガエル』やボートのシーンに限れば『島耕作』や『めぞん一刻』にも登場している。
降りてみると駅前は小綺麗な商業施設が並び、少し進むと下町らしい飲み屋の並ぶ通りがある。それ以外は概ね閑静な住宅街といった雰囲気で、夜でも明るく治安のいい街なんだろうという印象を受けた。
全体的には綺麗な街になっているが、建物をよく見ていくと所々古びた建物が見つかる。白いペンキが剥がれた何が入っているのかわからない建物がところどころ残っており、拓が暮らしていた街の名残を感じさせる。
前作との違いとしては、前作よりも感情や行動の原理が明示的に書かれている点がある。拓自身も自分の気持ちがよくわかっており、アイゆえに能動的に振り回されている点を自白している。
外から見ると完全に都合の良い人として扱われているため、周りの人間は振り回される拓を理解できずプライドを持つよう話すシーンもある。
「気が乗ったときにつきあわせて、気が向かないときにはアッチいっててってわけだろ?まるっきし犬扱いじゃないかよ。おまえ怒れ、もっと。プライドの問題だ」(p.186)
印象的だったのは拓と里伽子が銀座でデートするシーンである。
前作では高知の町がノスタルジーな雰囲気を演出していたが、銀座の街もまた少し成長した彼らの青春の一ページを象徴しているようで、読んでいて温かい憧憬を感じた。
前作含め私に刺さる最高の作品だった。