本と絵画とリベラルアーツ

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読書感想文にオススメの作品7選【感想付き】

なんでせっかくの休みに本なんて読まなくてはいけないのか。

全国の学生の8割くらいはきっとこう思っているだろう。

夏休みの宿題の定番、読書感想文

 

プリントやワークならば最悪答えを写していけば終わるが、読書感想文となるとそうはいかない。

大前提として、本を一冊読まなくてはいけない。

いや、それ以前に手ごろな本が家になければ図書館で借りるか、本屋まで買いに行く必要もある。セミしかよろこばないような炎天下のなか、冗談じゃない。この時点で半分くらいの人はげんなりする。ちなみにセミは夏の代表みたいな顔しておきながら、実際は暑さに弱いらしい。

 

いざ図書館や本屋にたどり着いても、今度は本選びが待っている。

一生かかっても読み切れない本の山から、読書感想文に向いていて、読みやすくて、それなりに面白いものを選ばなくてはならない。これでは心が折れるのも無理はない。

私は中学2年生の時、読書感想文の宿題に手を付けぬまま夏休みの最終日を迎え、苦肉の策として家に有ったプログラミングの本で感想文を書いて国語の教師に嫌われた。

 

この記事では塾講師の経験とこれまでの読書体験から、読書感想文向きで、読みやすい作品をピックアップした。選びやすいよう、読みやすさと読書感想の書きやすさについて5段階で評価してある。

またそれぞれのリンクから具体的な感想に飛べる。

読書感想文にオススメの作品7選

 

角田光代『キッドナップ・ツアー』

読みやすさ:★★★★★/書きやすさ:★★★☆☆

キッドナップとは誘拐のこと。つまりタイトルは「誘拐ツアー」。

タイトル通り、主人公である小学5年生のハルは、夏休みの初日にユウカイされてしまう。その犯人はなんとハルのお父さん。はじめはなんだかぎこちなかったハルとお父さんの関係が、ユウカイを通して次第に変化していく。夏休みにぴったりの作品。

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ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

読みやすさ:★★★★☆/書きやすさ:★★★★★

 ブレイディみかこの息子である「ぼく」の中学生活の最初の1年半をえがいたエッセイ作品。日本にいるとなかなか自分が日本人であることを意識することは少ないが、海外に行けばイヤでもそれを意識させられる。差別や格差など、読書感想文が書きやすい作品になっている。

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梨木香歩『西の魔女が死んだ』

読みやすさ:★★★★★/書きやすさ:★★★★☆

学校に足が向かなくなってしまった中学生のまいは、初夏の1ヶ月ほどを"西の魔女"のもとで過ごし、魔女になる手ほどきを受ける。ファンタジーのようなタイトルだが、中身は誰しもが共感できる身近な物語。自分に自信が持てなくなってしまった人にぜひ読んでほしい作品。

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湯本香樹実『夏の庭』

読みやすさ:★★★★☆/書きやすさ:★★★★★

小学6年の3人の少年たちが、「人が死ぬところが見たい」という純粋な好奇心から近くに住む独居老人を観察する。ひそかに観察していた3人だったが、ある日おじいさんに見つかってしまい、交流がはじまる…。中学生に1冊オススメするならこの本で決まり。

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山田詠美『ぼくは勉強ができない』

読みやすさ:★★★★☆/書きやすさ:★★☆☆☆

勉強よりもっと大事なことがあるんじゃないか、学校ってなんだかおかしくないか。そう思う人にオススメの作品。バーで働く年上の女性と付き合っている高校生:時田秀美が素直に生きるさまを描いた作品。

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恩田陸『蜜蜂と遠雷』

読みやすさ:★★★☆☆/書きやすさ:★★★☆☆

天才・鬼才がひしめくピアノコンクール。だれもが主役であり、誰かのライバルである舞台でドラマが生まれる。上下巻と他の本に比べると少し長いが、読み終わった後にはすばらしい映画を一本見終わったときのような感覚が残る。本屋大賞受賞作品。

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宗田理『ぼくらの七日間戦争』

読みやすさ:★★★★☆/書きやすさ:★★★☆☆

ある夏休みを翌日に控えた暑い夏の日、東京の下町にある1年生のクラスの男子生徒全員が忽然と消えてしまった。大人たちは事故か誘拐かと困惑する。彼らはどこに消えたのであろうか。大人たちの心配をよそに、彼らはある場所に集まっていた。それは荒川の河川敷に放置されたある工場跡。彼らはその工場跡にバリケードをつくり、立てこもっていた!

そして彼らはそこを“解放区”と呼び、理不尽な大人たちに対し七日間にわたる戦いを繰り広げる

ワクワク度合ならぶっちぎりの1位。ぜひ高校生になる前に読んでほしい作品。

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【ディズニー】『きつねと猟犬』は『MAJOR』に似ている【映画の感想】

オススメ度:★★☆☆☆

僕らは今でも友達だろ?

 

『きつねと猟犬』

 

あらすじ

母を殺された子きつね・トッドは、森の動物たちの助けを得て人間のおばあさんであるトゥイード夫人のもと育てられる。同時期、近くに住む猟師・スライドのもとに子犬のコッパーがやってくる。近くに住む2匹はすぐに仲良くなり、毎日のように遊び、親友となった。

月日が過ぎ、わんぱくなままのトッドに対し、コッパーは立派な猟犬として成長した。

ある日久々にコッパーのもとを訪れたトッドは、猟犬チーフに見つかり、コッパーと共にスライドに追いかけ回される。コッパーに居場所がバレ絶体絶命のトッドだったが、友人のよしみで見逃してもらう。しかしこの猟でチーフが大怪我を負い、怒り狂ったスライドは必ずトッドを捕らえると完全に目を付けられてしまった。またこの件で友人で会ったコッパーもトッドを恨んでしまう。

トゥイード夫人はこのままトッドを守り切れないと、森の奥へトッドを放す。スライドは執拗にもトッドを追い、ついにトッドとコッパーが衝突してしまう。

 

感想

この映画を見たときには、純粋に「トッド可哀そうだな」という感想をもった。トッドは母を失い、愛してくれた人間のおばあさんとも別れることになり、さらには友人のコッパーに憎まれてしまうという、多くの悲劇に直面する。

一方で猟師の家で育てられたコッパーは、もともとは臆病な性格で、トッドに様々な遊びを教えもらいながら幼少期を過ごす。その後先輩猟犬チーフとの訓練を繰り返し立派な猟犬へと成長した。

 

さて、この話の流れと登場人物だが、どこかで見たことある。

 

そう、この記事のタイトルにもある通り、野球漫画の『MAJOR』である

『MAJOR』の主要人物は主人公であるピッチャー:茂野吾郎とキャッチャー:佐藤寿也である。

茂野吾郎は3歳の時に母を失い、野球選手で憧れの対象であった父も試合中の事故で亡くしてしまう。それでも野球への情熱と持ち前の明るさを失うことなく、純真な性格のまま成長していく。

一方佐藤寿也は小さいころ、「お受験」のために家で勉強を強いられる生活を送っていた。そんなある日キャッチボール相手を探していた吾郎と出会い、野球に目覚める。その後はリトルリーグに入り、吾郎を追い越すほどに才能を開花させていく。

 

細かい点を言ってしまえば違う部分もいくらでもあるが、「悲劇のなかでも純真なまま成長した主人公と、努力して一足先に大人になったもともと気弱な少年」という構図はよく似ている。

変わらないものと変わっていくものを描くうえで優れた構造なのだと思った。

 

 

 

【読書感想】辻村深月『家族シアター』【あらすじ】

オススメ度:★★★★☆

 

辻村深月『家族シアター』

著者:辻村深月(1980~)

山梨県石和町生れ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。2018年に『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。ペンネームの「辻」の字は大ファンである綾辻行人から取られている。

 

感想

私が最も印象に残ったのは作品は『タイムカプセルの八年』だ。この物語は、一言で言えば【ヒーロー】の物語である。以下があらすじである。

 

息子が小学六年生になったタイミングで、私は「親父会」なるものに半強制的に参加させられるようになった。息子の担任は生徒からも人気の高い若い男性教師で、イベントや行事は大いに盛り上がり、最後の年は思い出の一年となった。息子は人気の先生に憧れ、将来の夢は「小学校の先生」になった。

先生は最後にタイムカプセルを埋めようと提案、生徒たちは思い思いに手紙や宝物を入れ、八年後の成人式で開けようと約束した。

と、ここまでが前半のあらすじになる。以下ネタバレを含む

卒業から六年が経ち、息子も高校三年生になる年に、どうもあのタイムカプセルは埋められずに倉庫に眠っているらしいと分かる。あんなに先生に心酔していた息子は「あの先生ならやりかねない」と冷ややかな反応。

私は息子の夢と尊厳を守るため、親父会のメンバーとともにタイムカプセルを探し出し、桜の木下に埋めにいく。

 

主要な登場人物を整理する。

主人公である〈私〉は私大の大学教員で、性格は内向的で人見知り。自分優先のところがあり、息子が産まれてからは家族に対する優先順位で妻と喧嘩している。息子が小さい時には、クリスマスに息子へのプレゼントの購入を後回しにしたあげく忘れ、しこたま怒られた。

比留間先生は私の息子が小学6年生の時の担任の先生で、若く熱血漢で、イベントや行事に力を入れ生徒たちから大変慕われていた。私の息子も比留間先生に憧れて教師を志すようになる。しかし人気の裏で、イベントに力を入れる一方授業が疎かになったりと、教師としての資質に欠ける部分もあった。

 

さて、物語の前半では〈私〉は冴えず頼り甲斐のない父親として描写され、サンタクロースの役もうまくこなすことのできない【ヒーロー】とは程遠い存在であった。

一方で息子の担任の比留間先生は学校で一番人気の先生で、息子が憧れ教師を目指すほどの【ヒーロー】である。

 

ところが後半ではこの構図が逆転する。

生徒とタイムカプセルを埋めることを約束した比留間先生であったが、実際にはタイムカプセルを倉庫に放置したままにしてしまっていた。さらに行事に力を入れている一方で、授業がおざなりになるなど、生徒からの人気とは裏腹に教師としての責務が果たせていなかったことが明らかになる。

タイムカプセルが在校生の目に触れ、最悪の場合廃棄されることを知った〈私〉は、比留間先生に憧れ小学校教師になろうと志す息子の夢と、望まない形でタイムカプセルが開かれてしまい尊厳が損なわれてしまうことを防ぐためにタイムカプセルを探し、自分の手で埋めようと考える。

自分優先だった〈私〉が息子のために行動し、当人の知らないところで活躍する姿はまさに【ヒーロー】そのものである。

人見知りだった〈私=親父〉が、苦手だったはずの父親たちと協力して息子のために頑張る姿には目頭が熱くなった。不器用でも、自分も誰かの【ヒーロー】になりたいと思った。

 

 

「竹久夢二伊香保記念館」は竹久夢二を知らなくても楽しめる【口コミ】

先日、伊香保まで旅行へ行った。

宿以外は特にノープランの旅だったので、現地でガイドマップを見ながら行き先を決めていく形になった。地図を見ていると「竹久夢二伊香保記念館」というものが目に入り、行ってみることにした。

正直なところあまり竹久夢二には詳しくなく、行って楽しめるか不安が少しあった。しかし実際に行ってみると、数々の仕掛けと展示によって、竹久夢二を知らなくても十分に楽しめることがわかった。

 

この記事は竹久夢二に詳しくない人から見た「竹久夢二伊香保記念館」を楽しむススメとなっている。

竹久夢二伊香保記念館

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100年前の音色

竹久夢二の代表作「黒船屋」の名前を冠した館、本館 夢二黒船館長で受付を済ませると、広いロビーでアンティーク調の古時計が出迎えてくれる。古時計は今も動いているそうで、30分に一度音が鳴る。

 

そのまま奥に進むと、横長の椅子が並んだ小さな音楽堂のような部屋がある。部屋には100年以上前の大きなオルゴールやピアノが展示されている。これらのアンティークは今でも実際に動かすことができ、かつての音色を聞くことができる。

オルゴールと聞くと、綺麗だが少し甲高い音をイメージする。しかしこの大きなオルゴールは高いながらも重厚感のある、アルトのような素敵な音色を奏でていた。

またピアノ奏者がいる時にはピアノの方の試演が楽しめる。私も幸運なことにその演奏を聞くことができた。

 

ピアノ奏者の後ろには洋館らしい大きな窓があり、その奥の森では蝉が鳴いている。仄暗い部屋に窓から内に光が射し、ベーゼンドルファーと奏者にあたっている。空間は奏者の服装以外一世紀前の変わらない。まるで聴いている私も一世紀前に連れ出されたような気持ちになった。

140年以上前につくられたベーゼンドルファーは、ピアノが弦楽器であったことを思い出させるような音色だった。

 

この演奏が聞けただけでも、この記念館にきた価値があったと感じるほど素晴らしかった

 

和洋融合した空間

通常の入場料に+α支払うと、新館に案内してもらうことができる。せっかくここまできたので、私もその新館に案内してもらうことにした。

 

新館は同じ敷地内にあり、本館からは徒歩3分くらいのところにある。向かう道の途中ではコロナ禍の前まで実際に使われていた喫茶室や、綺麗に手入れされた日本庭園を見ることができる。

 

西洋風であった本館とは変わって、新館は日本建築となっている。

新館では歴史的な日本のガラス作品を見ることができる。そのバリエーションは多岐に渡り、食器、文房具からランプシェード、ステンドグラス、ドアノブまであった。

特に珍しいと感じたものとしては、ウランのグラスがある。これはガラスにウランを混ぜることで黄色がかった色味が出るらしい。グラスそのものには危険性はないが、作る過程で職人が被曝することはあったらしい。今では作成が禁止された大変珍しい作品であった。

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イラストレーターとしての夢二

さて本記念館のメインである竹久夢二の素晴らしい作品ももちろん見ることができる。

竹久夢二と言えば代表作「黒船屋」のような画風のイメージが強い。実際私も夢二についてはあまり詳しくなく、教科書で見た「黒船屋」のイメージしかなかった。

そのため夢二と言えばゴリゴリの日本画家だと思っていたが、そうではなく、多岐に才能を発揮した人物だということが展示を見て理解した。

 

その中でも印象的だったのが、当時の楽譜や商品の表紙を描いたものである。これらの作品は色が鮮やかで、見ていてとても分かりやすい。現代で言えば、イラストレーターと呼べるのではないだろうか。またその画風は漫画に通ずるものがあるとも感じた。

 

 

【感想】『王様の剣』は作画がいい【ディズニー】

オススメ度:★★☆☆☆

1964年公開のディズニー長編作品。

 

イギリスのアーサー王伝説がもととなった作品で、少年アーサーが伝説の王様の剣を抜くまでを描いている。

『王様の剣』



感想

1964年、東京五輪が開催された年に公開されたディズニー映画。アーサー王伝説を元にした小説『永遠の王』の一部を原作として作られている。

私のこの映画のお気に入りポイントは、その絵柄・画風にある。

この映画と近い時期に作られたアニメーション映画には、『眠れる森の美女』、『101匹ワンチャン』、『ジャングルブック』、『おしゃれキャット』などがある。これらの映画は線が手書きのように多重になっていて、柔らかい印象を受ける。

私は小さい頃『101匹ワンチャン』が大好きで、無限ループで見ていた。そのため私の中のディズニー映画の絵柄のイメージはこの時期のものが印象深く、『王様の剣』も疑似的な思い出補正で懐かしく感じる。

またこの時期の作品の特徴的な点として、動物が多く登場することが挙げられる。『眠れる森の美女』のフクロウ、『101匹ワンチャン』のダルメシアン、『おしゃれキャット』のネコ、そして『王様の剣』では魔法使いが魔法で様々な動物に変身し、登場する。

 

最近のディズニー映画は動物であってもそれぞれに個性が与えられ、「ディズニーっぽい犬」を想像しろも言われても、人によって思い浮かべるものがまちまちだと思う。一方『王様の剣』を含む、ディズニー初期の動物たちの絵柄はだいぶ似通っている。多少の違いはあるが、最初の長編作品である『白雪姫』から、1970年代の『くまのプーさん』あたりまでこの傾向が見られる。おそらく目の描き方や身体の構造が共通していることが、全体的なイメージに統一感を与えているのだろう。

『王様の剣』に出てくる動物も「他で見た覚えあるなあ」というものが多々ある。例えば鳥のアルキメデスは『眠れる森の美女』のフクロウとよく似ているし、魔法使い同士の対決で出てくる動物は『ジャングルブック』の動物たちとよく似ている。

私はこの時期の動物の書き方が大好きで、また見たいなとずっと思っているが、すっかり立体感のある質感にシフトしてしまった今ではもう見られることはないだろう。

 

このように作画・絵柄については私の大変好みで素晴らしい作品であったが、ストーリーについては贔屓目に見てもイマイチだと感じた。特に起伏のない流れに、終わりもあっさりしていて拍子抜けした面が否めない。

良かったと思うのは、魔法使いのマーリンが自然主義(科学主義)という設定で、これは目新しさあって良かった。ヨーロッパの世界観を自然主義のアメリカ人が調理したらこうなるのかと納得させられた。

ただその設定も中途半端で、結局戦いは魔法で行ったり、科学の力があまり生かされていなかったのはもったいないなと感じた。

 

西洋の大ストーリーである「アーサー王物語」という素材がいかしきれていかないのが残念だったが、とにかく作画は好みでよかった。

 

 

【感想】『プリティ・プリンセス2/ロイヤル・ウェディング』

オススメ度:★★★☆☆

アン・ハサウェイの映画デビュー作で大ヒット作品の『プリティ・プリンセス』の続編。

 

アン・ハサウェイ演じるミアの女王即位にあたってのいざこざと、スキャンダラスな恋を描いた作品。

『プリティ・プリンセス2/ロイヤル・ウェディング』

あらすじ

21歳となったミアは、祖母であるクラリス女王に代わりジェノヴィア女王に即位するためジェノヴィアに入国する。即位はスムーズに進むはずだったが、近縁者の一人がある法律を持ち出し、自分の甥っ子を国王にするためミアの女王即位を阻止しようとたくらむ。

その法律とは「未婚女性は女王になれない」というものだった。

ミアは女王になるため急遽花婿探しを行う。いい花婿候補者も見つかりすべてが丸く収まると思われたころ、渦中の甥っ子がミアに接近し、二人はただならぬ関係になっていく。

 

感想

サクセス・ストーリーとして完成していた前作とは異なり、今作はスピンオフとしての要素が強めの作品となっている。主には前作で描き切れなかったミアのジェノヴィア女王即位に関する話や、クラリス女王と付き人ジョーの恋の模様が描かれている。

 

気になったのはミアの性格がかなり変わってしまっている点だ。前作でも、初め人前で話そうとすると極度の緊張から吐き気をもよおすほどの内向的な性格が終盤では180度変わっていてたが、今回も180度変わった後の性格が引き継がれ、まるで内気だった設定はなかったかのようになっている。

ただこの勝気な性格は『プラダを着た悪魔』や『マイ・インターン』でも引き継がれているので、アン・ハサウェイの魅力をもっとも引き出す性格だったのかもしれない。

 

さてこの映画の一番の見どころはジュリー・アンドリュースの美声を聞ける点ではないだろうか。『メリー・ポピンズ』や『サウンド・オブ・ミュージック』といった名作で歌唱を披露してきたジュリー・アンドリュースの歌声を聞くことのできる貴重な機会となっている。

しかし実はこの時、彼女の声は万全のものではなかった。1997年に行ったのどの手術の影響で、もともと4オクターブあった声域が大きく縮小してしまっていた。そのため今作での歌唱も音域の狭い曲でのものになってはいたが、内からあふれるオーラや存在感は変わらぬままで、印象的なシーンとなっている。

 

全体としてはアメリカ映画らしい大団円で終わる、シンプルに見ていて楽しい作品になっていた。気軽な気分で見られるので、『プリティ・プリンセス』を見た人はぜひ見てほしい。

 

【あらすじ】『プリティ・プリンセス』は『プラダを着た悪魔』の前に見るべし【感想】

オススメ度:★★★★☆

大女優アン・ハサウェイの映画デビュー作。

アン・ハサウェイ演じるミアは、サンフランシスコの高校でさえない高校生活を送っていた。そんなミアのもとに、15年間音沙汰なかった父方の祖母から連絡が。

それは祖母がヨーロッパの小国の女王で、ミアはその唯一の王位継承者であるという知らせであった。

 

15歳のミアが自分の家族や将来、友人そして気になる異性との関係に悩みながら成長していく、コメディ・サクセスストーリーになっている。

『プリティ・プリンセス』

 

あらすじ

15歳のミア・サーモポリスはサンフランシスコの高校に通うさえない高校生。

学校内では目立たない存在で、本人もそれを望んでいる。とにかく人の前に立つのが苦手で、クラスのディベートでは吐き気を催してしまうほど。友達も少なく、親しくしているもは親友リリーとその兄マイケルくらいであった。

 

ミアの両親は離婚しており、ミアは母親と一軒家に二人で住んでいる。父とは1年に1回誕生日にプレゼントが届くだけの関係であったが、不慮の事故で2か月前に亡くなってしまった。

そんな頃、ミアの母のもとにとある人物から連絡が入った。それはミアの父方の祖母クラリスからであった。そして生まれて初めて会うクラリスから、ミアは初めてクラリスがヨーロッパの小国の女王クラリス・レナルディであり、父亡き後ミアが唯一の王位継承者であることを知らされる。

 

突然の知らせに驚き困惑したミアは王位継承を拒否するが、ひとまず次の建国記念日に行われる舞踏会まで王女としてのレッスンを受けることに同意する。

 

ミアがプリンセスであることは秘密にされるはずであったが、王女としての訓練の中でミアを担当したスタイリストがこのことを口外してしまう。

この暴露によってマスコミは一斉にミアに注目、ミアは学校でも注目の的となってしまう。マスコミはミアを追いかけまわし、デートの様子までもをゴシップする。

 

舞踏会当日の日、ミアは自信をなくしプリンセスとしての自分を放棄し旅に出ようとする。しかしその時たまたま父が遺した手紙を発見し、励まされる。

ミアは雨の中舞踏会に出席すべく飛び出し、来賓の前で王女となることを宣言する。

 

『プラダを着た悪魔』との比較

私の好きな映画の一つに『プラダを着た悪魔』という作品がある。一流ファッション雑誌「ランウェイ」のワンマン編集長ミランダ(メリル・ストリープ)のもとで働き始めたアンディ(アン・ハサウェイ)が悩みながらも自分の道を見つけていくストーリーだ。

本作と『プラダを着た悪魔』には多くの共通点が見出せる。

 

まず一つ目は主演がアン・ハサウェイであるということ。本作はアン・ハサウェイが18歳の時の作品で、映画デビュー作でもある。そして『プラダを着た悪魔』はアン・ハサウェイが23歳の作品になる。

 

二つ目はさえない人物のサクセスストーリーであること。本作の主人公のミアは校内でもしょっちゅう人にぶつかられてしまうほどの存在感の無さで、見た目もゴワゴワの髪に分厚い丸メガネと、ダサい格好をしている。そんなミアもスタイリストによって見た目を変え、女王のレッスンを受けることで立ち居振る舞いが洗練、最後には堂々と自分の意見を大勢の前で述べられるほど立派に成長する。

『プラダを着た悪魔』ではもともと着る物なんかに何も意識せず、クローゼットから適当に取った服を着回してるだけだったアンディが、華やかな世界で働くうちにジミーチュウの靴を履き、シャネルの香水を振りかける美々しい女性へと変化し、その中で自分の生きる道を見つけていく。

 

最後が大物助演女優賞の存在だ。

本作ではミアの祖母でありジェノヴィア女王役としてジュリー・アンドリュースが、そして『プラダを着た悪魔』ではメリル・ストリープが出演し、存在感の演技を見せている。ジュリー・アンドリュースについては次の章でもう少し触れる。

 

このように『プリティ・プリンセス』と『プラダを着た悪魔』には多くの類似点が見出せる。

 

個人的な好みとしては、『プラダを着た悪魔』の方が総合的に見て面白いと思った。どちらも素晴らしい映画であったが、キャラ・ストーリーの深掘りやビジュアル面といった点で優っていると感じた。

 

もちろん、『プリティ・プリンセス』の方が優れている点もある。『プリティ・プリンセス』はコメディ要素が多く盛り込まれ、笑いどころがたくさんある。

特にミアが晩餐会に招待された際の数々のトラブルは、思わず吹き出してしまった。ベタなネタばかりだが、きちんと面白い。

特に気に入ったのは、ミアがテーブルマナーが身についていないために粗相を起こすたびに、首相夫妻が王女に恥をかかせてはいけないと同じ行動をとってくれるシーン。これより滑稽な行動が連鎖して、たたみかけるような笑いになり最高のコメディになっていた。

 

というわけで、どちらも十分に面白い作品であるのだが、両方見るなら絶対に『プリティ・プリンセス』を見てから『プラダを着た悪魔』の順番がいい

アン・ハサウェイの役柄が『プリティ・プリンセス』では学生で『プラダを着た悪魔』では社会人なので、この順番で見る人生の流れとして自然になっている。

またストーリーやキャラの作り込みが『プラダを着た悪魔』の方が深いので、試聴感の重み的にもこの順番がいいと思う。

 

ジュリー・アンドリュースという女優

この映画にハリを与えているのが、祖母でジェノヴィア女王クラリス役で出演しているジュリー・アンドリュースの演技である。

 

ジュリー・アンドリュースは『メリー・ポピンズ』や『サウンド・オブ・ミュージック』で主演を務め、前者ではアカデミー主演女優賞を受賞した名女優だ。

 

『プリティ・プリンセス』では気品ある立ち居振る舞い、ハリのある声で存在感のある演技が印象的だった。「レッツダンス」というセリフは『メリー・ポピンズ』を彷彿とさせ、内心テンションが上がった。

この映画で私が彼女の演技で感動したのは、彼女が女王の気品と一人の祖母としての心情を同時に表現し切った点である。

映画のクライマックス、大勢の名士を招いた舞踏会で、ミアは王女になるか否かを宣言する予定であった。しかしミアはなかなか現れない。女王クラリスはこれ以上招待客を待たせるわけにいかないと、挨拶のスピーチを始める。このシーンの演技がとにかく素晴らしい。このシーンは女王として常に気品を保ち、冷静沈着であろうとしながらも、孫娘が心配でならない祖母の気持ちが混ざり合った複雑な心境を表現した素晴らしい演技になっている。 

 

ささった名言

この映画のメインテーマとなっているのは、ミアが人生の岐路でどのように考え選択していくかという点である。女王のレッスンを受けるか、王女になるかといったミアが悩むポイントでは、様々な人物の言葉がミアを後押ししていく。

普段ならあまり作中の言葉に気を止めないが、今回は自分の中のモヤモヤしているものに刺さったものがあったので、ここに記録しておく。

 

まずはミアがプリンセスになることよりも学校生活の方をやっていきたいと付き人ジョーに愚痴り、王女の継承を辞めてしまいたいと話した時の付き人ジョーのセリフ

自分をやめることは誰にもできない

このセリフはミアが生まれつき王位継承者であるから、プリンセスはミアの存在の一部であり、たとえ職務から逃れてもプリンセスからは逃れられないという意図の発言である。

ただ私はこのセリフを「仕事は辞められても、自分は辞めることはできないから、自分だけは裏切らない」と受け取った。なんとなく自分に失望している時期だったので、歪曲ではあるが、刺さるセリフとなった。

 

そしてもう一つ、最後にミアが舞踏会からエスケープしてしまおうと逃避行の荷造りをしているシーンで見つけた亡き父の手紙での名台詞。

勇気とは恐れぬことではない、恐れを克服しようと決心することなのだ。

臆病者として生きる人生に価値はない。

自分のキャリアから逃げ出してしまいたいと考えていた私には、二言目の「臆病者として生きる人生に価値はない。」というセリフがグサッときた。

 

上手くいかなかったり希望が持てなかったとしても、自分にとって自分の代わりはいないし、自分の代わりにキャリアを歩んでくれる人もいない。最後は自分をどれだけ信じられるかだと気付かされた作品であった。