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【読書感想】辻村深月『家族シアター』【あらすじ】

オススメ度:★★★★☆

 

辻村深月『家族シアター』

著者:辻村深月(1980~)

山梨県石和町生れ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。2018年に『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。ペンネームの「辻」の字は大ファンである綾辻行人から取られている。

 

感想

私が最も印象に残ったのは作品は『タイムカプセルの八年』だ。この物語は、一言で言えば【ヒーロー】の物語である。以下があらすじである。

 

息子が小学六年生になったタイミングで、私は「親父会」なるものに半強制的に参加させられるようになった。息子の担任は生徒からも人気の高い若い男性教師で、イベントや行事は大いに盛り上がり、最後の年は思い出の一年となった。息子は人気の先生に憧れ、将来の夢は「小学校の先生」になった。

先生は最後にタイムカプセルを埋めようと提案、生徒たちは思い思いに手紙や宝物を入れ、八年後の成人式で開けようと約束した。

と、ここまでが前半のあらすじになる。以下ネタバレを含む

卒業から六年が経ち、息子も高校三年生になる年に、どうもあのタイムカプセルは埋められずに倉庫に眠っているらしいと分かる。あんなに先生に心酔していた息子は「あの先生ならやりかねない」と冷ややかな反応。

私は息子の夢と尊厳を守るため、親父会のメンバーとともにタイムカプセルを探し出し、桜の木下に埋めにいく。

 

主要な登場人物を整理する。

主人公である〈私〉は私大の大学教員で、性格は内向的で人見知り。自分優先のところがあり、息子が産まれてからは家族に対する優先順位で妻と喧嘩している。息子が小さい時には、クリスマスに息子へのプレゼントの購入を後回しにしたあげく忘れ、しこたま怒られた。

比留間先生は私の息子が小学6年生の時の担任の先生で、若く熱血漢で、イベントや行事に力を入れ生徒たちから大変慕われていた。私の息子も比留間先生に憧れて教師を志すようになる。しかし人気の裏で、イベントに力を入れる一方授業が疎かになったりと、教師としての資質に欠ける部分もあった。

 

さて、物語の前半では〈私〉は冴えず頼り甲斐のない父親として描写され、サンタクロースの役もうまくこなすことのできない【ヒーロー】とは程遠い存在であった。

一方で息子の担任の比留間先生は学校で一番人気の先生で、息子が憧れ教師を目指すほどの【ヒーロー】である。

 

ところが後半ではこの構図が逆転する。

生徒とタイムカプセルを埋めることを約束した比留間先生であったが、実際にはタイムカプセルを倉庫に放置したままにしてしまっていた。さらに行事に力を入れている一方で、授業がおざなりになるなど、生徒からの人気とは裏腹に教師としての責務が果たせていなかったことが明らかになる。

タイムカプセルが在校生の目に触れ、最悪の場合廃棄されることを知った〈私〉は、比留間先生に憧れ小学校教師になろうと志す息子の夢と、望まない形でタイムカプセルが開かれてしまい尊厳が損なわれてしまうことを防ぐためにタイムカプセルを探し、自分の手で埋めようと考える。

自分優先だった〈私〉が息子のために行動し、当人の知らないところで活躍する姿はまさに【ヒーロー】そのものである。

人見知りだった〈私=親父〉が、苦手だったはずの父親たちと協力して息子のために頑張る姿には目頭が熱くなった。不器用でも、自分も誰かの【ヒーロー】になりたいと思った。