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【本の紹介】湯本香樹実『夏の庭』【あらすじと感想】

オススメ度:★★★★★

中学生に本を紹介するとしたら絶対にこの本を入れるでしょう。

 

小学6年の3人の少年たちが「人が死ぬところが見たい」という純粋な好奇心から近くに住む独居老人を観察しだす、というところからストーリーが始まっていきます。

死をテーマにしていますが少年たちの一夏の思い出を描いた、爽やかで夏らしいストーリーとなっています。

 

あらすじ

ある夏の日、小学6年生の3人の少年たちが親戚の死をきっかけに死に興味を持ち始め、近くに住む今にも死にそうな独居老人の死ぬところを見ようと計画する。ひそかに観察を続けていたが、夏休みに入ったある日3人は老人に見つかってしまう。それでも少年たちは老人のもとに通い続ける。

 

顔見知りになっていった少年たちと老人は次第に交流を深めていく。また老人も活力を取り戻し元気になっていく。

少年たちは老人と過ごす中で今まで誰にも教えられてこなかったことや、経験してこなかったことをたくさん学んでいった。

 

夏の終わり頃、合宿から帰ってきた3人は息を引き取った老人を見つける。

老人は死んでしまったが少年たちの心に残り続け、彼らはそれぞれの道に進んでいった。

 

 

少年の心の変化

この話でもっとも変化があったのは主人公である少年たちじゃないでしょうか。

といっても、起きたのは価値観を180度変えてしまうような変化でも、何かに目覚めたような変化でもありません。

 

誰にでも起こりうる、しかし長い時間をかけてじわじわと浸透してくるような静かで確実な変化です

 

*****

 

もともとはいつも通りの学校・塾、多少の問題を抱えた家庭(何も問題のない家庭なんてないと思いますが)くらいしか接点を持たなかった少年たちが、今にも死にそうな独居老人というもっとも離れた世界の人間と触れ合います。

 

おじいさんとの交流の中で少年たちは丸々一個のスイカ、庭一面のコスモス、クマが好きそうなキイチゴの味など、これまでの生活の中では見ることのなかったものを見て、経験していきました。

 

はじめはただの老人だったおじいさんは、彼らにとってかけがいのない存在になっていきます。

元気になっていったおじいさんでしたが、少年が虫の知らせを受け戻ってきたときには安らかに息を引き取っていました。

 

*****

 

これらの経験を通じて得た気持ちやおじいさんの考え方は、おじいさんが死んでしまったあとに少年たちのこころの中に残り続けました。

 

死後もこころの中に残ったおじいさんの存在は少年たちのこころを広げ、またこころを豊かにしました。

 

3人の少年はおじいさんとの交流の中で成長していきました。

そしておじいさんの死は死が人の終わりでないことを明らかにし、おじいさんが少年たちに残していったものを強調しているのです。

 

 

老人の心の変化

少年たちが変わっていった一方で、老人のこころにも変化が起こりました。

 

*****

 

観察対象であるおじいさんは戦争に行ったことのある人です。おじいさんのいた部隊は厳しい戦いを余儀なくされ、食事もままらないほど苦しい状況にありました。

 

その環境の中で部隊は食料を手に入れるため近くの村を襲うことを決断します。村には女子供しかおらず、疲弊し切った部隊が襲撃するには格好の的でした。

襲うからには一人の生存者も残すわけにはいきません。もし途中でチャレンジがバレてしまえば、逆に襲われ部隊は壊滅してしまいます。

 

部隊が村を襲う中で、おじいさんは一人逃げる女を見つけました。おじいさんは必死に女を追いかけ、ついに殺してしまいます。そして死んだかどうか確認するために女を確認すると、女が妊婦だったことがわかりました。

2人分の命を奪ったと知ったのです。

 

戦争が終わり、おじいさんは日本に帰ってきましたが奥さんの待つ家には帰りませんでした。罪の意識から帰ることができなかったのです。

おじいさんはそれから独り者として、老を迎えるまで生きていたのでした。

 

*****

 

おじいさんはこの話を酷い雨の日に少年たちに語りました。

 

きっと今まで誰にも話すことなく、これからも墓場まで持って行こうと思っていたことでしょう。自分はもう社会から認められてはいけないと、何十年もひとりで抱え続けたこの事実でした。

 

しかし、少年の反応は意外なものでした

ずっと深刻だったはずのこの問題も受け取り、その上で老人を認めたのです。

こうして老人は初めて、人生を前向きなものとして考えられるようになったのです。

 

このことを証明する象徴的な場面があります。

老人が河原で知り合ったアベックと談笑するシーンで、老人がこんなことを言いました。

 

「そんなに大事なら、いっしょになればいいじゃないか」

 

これは妻に対して罪の意識を少しでも拭いきれぬうちには決して出ることがないセリフです。老人は少年たちとの交流を通して、自分の人生を肯定できるようになったのでした。

 

 

感想

『夏の庭』はテーマが死にも関わらず全体を通して爽やかさを感じることのできる不思議な作品です。

 私が初めてこの本に出会ったのは高校1年生の時でした。もともと夏の空がいきいきと青い様子が好きな私はすぐにこの作品の雰囲気にハマりました。

 

経営コンサルタントの大前研一は「人が変わるのは時間配分・住む場所・付き合う人を変えるとき」だと主張しています。

この話は付き合う人を変えたときの話で、少年たちも老人も確実に変化が表れています。新しい人との交流が考え方を変え、こころを豊かにすることにつながっているのです。

自分をいい方向に導いてくれる人と出会うのは難しいですが、私もそんな人と出会えたらいいなとこの本を読みながら思いました。