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【闘争か協調か】山極寿一『ゴリラの森で考える』

オススメ度:★★★★★

森の中の暮らしのように小さい変化をいくつも感じ取りながら、大きな安定に存在するという安心感こそが、人間には必要なのである。(p.137)

 

山極寿一『ゴリラの森で考える』

 

あらすじ

人間の本性は、闘争か協調か。

ゴリラ研究の第一人者である霊長類学者・山極寿一が、これまで調査してきたゴリラの真の姿をもとに人間社会のあり方について問うたエッセイ集。

人々のゴリラに対する誤解や、人類がどのように進化してきたか、そしてゴリラ社会からみた人間社会の歪みが分かりやすく語られている。

個人的には母系社会と非母系社会による男女のパワーバランスの話や、人類が多産・難産になった背景がとても興味深かった。

 

はじめに繰り返し語られていたのが、ゴリラが暴力的で野蛮な存在ではないとの主張である。ゴリラははじめ、19世紀ごろ西洋人によって「発見」された。彼らはこれまで見たことのない大きな体を持ち、鋭利な牙を有するゴリラたちのドラミングに西洋人たちは死の恐怖を感じ、多くのゴリラたちを撃ち殺してしまった。その凶悪なイメージは西欧世界に持ち帰られ、『キング・コング』では巨大で凶暴な怪物として描かれて人々の脳裏にイメージが刻まれた。

しかし実際にはゴリラは暴力的な気質を有していない。ドラミングは言葉を持たないゴリラなりのコミュニケーションであり、人間たちを威嚇しているとは限らないことが、その後の調査によって明らかになっていった。

 

母系社会と非母系社会

ゴリラとニホンザルは同じ霊長類であるがその習性には違いがある。

ニホンザルは明確な序列による統制を図っており、争いがおこれば常に優位者が優遇され、劣位者は譲るしかない。食べ物を前に優位者と劣位者が相まみえたときには必ず優位者が食べ物を獲得し、周囲のサルも優位なサルに加勢する。サルと顔を合わせた際に睨み返すと挑発と受け取られるため、劣位なサルは目をそらさなくてはならない。

一方ゴリラの社会では優位性を用いたコミュニケーションは行われない。群れのリーダーであるシルバーバックも、小さいゴリラから食べ物をねだられた際には譲るのが常である。

 

これは母系社会と非母系社会の違いによるものである。

ニホンザルに見られる母系社会のメスは生まれ育った群れを離れず、基本生涯をその群れで過ごす。したがって、群れのメスはボスとなるオスを選ぶことができない。ボスとなるオスは支持によって選ばれるわけではないため、力による支配を戦略としてとるようになりオスはボス化する。

一方ゴリラのような非母系社会では、メスが自由に群れを移動する。したがってリーダーとなるオスはメスに気に入られる必要があるため、力の誇示ではなく民主的な行動をとるようになる。

人類はもともとゴリラに近い非母系社会を形成していたと考えられるが、農耕・牧畜のために定住するようになった際に女性が移動できない母系社会へと移行し、男性たちが連合し権力を握るようになった。

 

多産・難産になった人類

少子化となった現代では、人類を多産と呼ぶのは違和感があるが、生物学的にはホモ・サピエンスは多産な動物である。女性は生涯の長い期間にわたって複数の子を産むことができるし、実際今でも国によっては高い出生率の場所も残っている。

また、人類は多産でありながら出産に大きなリスクを孕んでもいる。

なぜ人類は多産・難産となる進化を選んだのか。その原因を辿っていくと樹上での生活を捨て、二足歩行になったところに秘密があった。

 

ジャングルの樹上から草原に住処を移した人類は、捕食者に狙われやすくなった。木の上には逃げ場所がたくさんあったが、草原ではそうはいかない。草原に出た人類の幼児死亡率は増加していった。

数が減っていった人類はその対応として、出産数を増やすようになる。出産数を増やすためにはねずみのように一度にたくさん産むか、出産の間隔を短くするしかない。人類は年子を産めるほど出産間隔を短くする道を選んだ。

出産間隔が短くなったことで、幼児の離乳のタイミングも早まった。歯が生えそろい、大人の食事が取れるようになる前に離乳することは、別途離乳食を用意する手間を生んだ。老齢者はこの手間を担うようになったと考えられる。

 

また草原に降り立った人類は、これまでの四足歩行から二足歩行に形態を変化させる。二足歩行になったことで骨盤は上半身や内臓を支えるために変化し、産道の大きさが制限されるようになった。二足歩行になったのが700万年前で、そこからしばらく経った200万年前あたりから群れの拡大に伴い脳の拡大も始まった。脳の拡大は頭部の拡大につながり、人類は大きな頭で狭い産道を通る必要になり、他の霊長類と比べて難産になった。

 

森と集団

森の中の暮らしのように小さい変化をいくつも感じ取りながら、大きな安定に存在するという安心感こそが、人間には必要なのである。(p.137)

ゴリラの観察のため森に幾度となく入っていった山極は、森と人間の関係について上記のように語っている。これはまさに精神科医・神谷美恵子が語った宗教観と同じではないだろうか。神谷は人間が生きていくためにはなにか自分より上位の(特定の宗教に寄らない)存在によって愛されている感覚が重要であると語っていた。

まさにその感覚の根源こそ、人類が森で暮らしていた時に会得した安心感なのだろうと紐づいた。

 

またこの本では幾度かダンバー数についても語られている。

ダンバー数は集団の規模と脳の大きさに相関があると発見したダンバーが、人間の脳の大きさから推定した人類がもてる集団の規模の人数である。

人類の脳の拡大はおよそ20万年前にストップしている。現代ではインターネットの発展により関わる人数が爆発的に増加しているが、実際に信頼関係を結べるのは今もダンバー数ほどだろうというのが、山極の見立てである。