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【宅浪】宅浪の孤独と不安とリアル《レンタル自習室秋冬編》

この記事は以前投稿したレンタル自習室での一浪目の記録の後半です。

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安定の秋

散々ハマって労力をつぎ込んできたポケモンGOも、日が落ちるのが早くなるとともに興味が薄れ、羽織るものが欲しくなるころにはすっかりアプリを開くこともなくなっていました。

 

勉強の方はといいますと、秋になり一年の勉強の目処が立ち始め、徐々にやる気を取り戻していきました。

 

気分が落ちて勉強ができないな、という時には積極的に同じく宅浪している友人に協力を仰ぎ、叱咤激励し合うよう努めました。

 

現役の時はほぼ捨てていたような古典も着実に実力が付き、模試でも安定して点が取れるようになるとメンタルの面でも安定して高い状態を保てることが多くなっていきました。

 

それでもなんもしたくないという日が無くなるわけではありません。

 

ある天気のいい日、その日は全く集中力が出ない日で、午前も机の前に座ったきりテキストを開けたら閉じたりを繰り返しているだけでした。

13時過ぎたころ、お腹が空いたので近くの牛丼屋で一番安い牛丼を小さくなった胃にかっこみ、その後は自習室のそばをフラフラと散歩していました。

たまたま今まで見かけなかった広めの公園を見つけ、所在なく公園で一番大きな木の下のベンチに座り、ボーっと人やアリの往来を眺めていました。

 

半分魂の抜けたまましばらくそこで休んでいると、遠くから元気な声が近づいてきます。

近所の小学生でした。ランドセルを背負った6人くらいの小学生の集団が、公園を横切り家に帰っているところでした。

 

穏やかな秋の日差しの下で、無邪気な小学生が楽しそうにじゃれ合っていました。

木陰で彼らが行き去るまで眺めていた私は、彼らの声が聞かなくなった後とてつもない自己喪失感に襲われました。

 

朝早く起きて、学校で勉強し友達と遊び充実した一日を送ってきた帰りの小学生達と、朝もダラダラと布団から出て、受験生にもかかわらず何もせずナンセンスな一日を終えようとしている自分とを無意識に比べてしまい、暗く悲しい気持ちになりました。

自分のなさけなさで胃の中は黒く、形のない重たいものでいっぱいになりました。全てブチまけて楽になれたれどんなに楽かと思いました。

 

そんな自分への失望の波を幾度と乗り越えながら、なんとか絶えることなく受験勉強は進めることができました。

 

孟母断機と自分に何度も何度も言い聞かせ、気づけばセンターもあと数ヶ月に迫っていました。

 

模試の冬

センターも1ヶ月に迫った12月に入ると、一旦二次対策は置いておき毎日センター対策に注力するようになります。

 

現役の時に勝った赤本があったので、一浪の時には新たな赤本は買わず、最新のセンター試験の問題がない状態で取り組みました。

 

年末年始は模試にも積極的に臨みました。

模試は自分の成績や立ち位置が分かるだけでなく、メンタルの側面でも有効なので、積極的に受けることもオススメします。

 

普段は自分の家の近所と自習室の周辺しか動き回りませんが、模試になるといつもとは違う駅でいつもとは違う風景を眺めながら歩くことができます。

自分が受験生としての責務をしっかりと果たせている気がして少し自尊心が回復します。

 

模試の会場は比較的大きな駅にあることが多いので、帰りに大きな本屋で参考書を立ち読みするのもいい気分転換になります。

自分がボロボロにした参考書が新品ピカピカで本棚に並んでいるのをみると、まるで後輩を見ているようで可愛ささえ感じられます。

 

それに模試では浪人生だけでなく、友達とワイワイガヤガヤと制服姿だ来ている現役生も多くいます。

そのような姿をみていると、彼らだけには負けたくない、負けるわけがない、という虚栄ではありますが一種の闘争心が芽生えます。

この闘争心が勉強にも良い影響を与えます。

 

ただ、この季節の模試では十分に気をつけなくてはならないことがあります。

それはバイオテロリストです。

 

彼らは体調が悪いのにも関わらずに、周りを道連れにするためにわざとマスクをしないまま咳やくしゃみを撒き散らします。

私も駿台の元日模試で遭遇し、めちゃくちゃ腹が立ちました。

大きな咳をするたびに、受験のストレスとともにバズーカで地の果てまで吹き飛ばしてやろうかと思いました。

 

当然ですが受験生になったらインフルエンザの予防注射と乾いた季節になってからはマスクをマストで着用するようにしましょう。

 

マスクをするようになって気づいたのですが、浪人中ただでさえ普段ヒゲを剃らなくなるのに、マスク

をしてしまうと本当にヒゲを剃る習慣が失われてしまいます。

うっかりそのまま人に会ってしまうと引かれてしまうので、人と会うときは忘れずに剃るようにしましょう。

 

失望の本番

センターの会場は、現役の時は高校から近いところが選ばれるのでわざわざ1時間半くらいかけて会場の大学まで行きましたが、浪人の場合は自宅から近いところが選ばれるのでとても楽でした。

 

現役時代はセンターでも二次でも全く緊張することがありませんでした。

 

会場に着きいざ問題を解き始めてもまるで他人事のように思えて、テスト前も一生懸命ボロボロの赤本や英単語帳を食い入るように確認する周りの受験生を横目に、スマホでゲームしながら早くおわらないかなあなんて考えていました。

 

全然実力が足りないのにも関わらず、自分の運に自信を持ちすぎていて落ちるということを微塵も思っていませんでした。

 

生まれたこのかた試験に落ちるということがなかったので、落ちるというのは都市伝説かなにかだと思っていました。

自分に根拠のない自信がありすぎて歪んだ精神構造を生み出していたのです。

 

そんな私でもさすがに一度大学に弾かれればその感覚は深層心理に刻まれたようで、この時はトラウマになるようなことはありませんでしたが少なくも落ちるのがツチノコやネッシーとは違う類のものだということは理解するようになっていました。

 

落ちた記憶は静かに私の心を揺さぶり、人生の試験において初めて緊張というものを味わいました。

 

表面上はリラックスしているように取り繕っても、脳はピリピリと張り詰め、そこからすぐにでも逃げ出したい気持ちに苛まれました。

 

そんな時は深く息を吐き、周りを見渡すことでなんとかパニックなることはなく試験を乗り越えることができました。

 

センター試験の直後に襲ってくる最大の敵は開放感です。

センター試験では寒い冬の日に2日も暖房のゴウゴウとかかった部屋に幽閉されることになります。

2日間のテストの後、会場から出た時に感じられる開放感といったらなんとも言い表せないほど格別です。

テストの結果のいかんに関わらず、とにかくやり切った、自分の仕事は果たしたという感覚が猛烈に全身を支配してきます。

 

この感覚を味わった次の日に昨日までよく頑張ったから今日は休憩、なんて生ぬるいことをしてしまうと全て台無しです。

 

その日から勉強に戻るのがとてつもなく辛くなります。

 

センターが終わった開放感から、もう2次はどうでもいいや、とにかく自分のやることはやった。あとは余力でどうにかなるだろう。と、受験生としてのスイッチがプツリと切れてしまいます。

 

一応受験生としての体裁を保つためだけに赤本を机の上に並べ、パラパラと眺めてはなんとかなる気がしてパタリと閉じてしまう。

そんなもったいない日々が受験が終わるまで続くこととなります。

 

センターの後、自分の中に少しでも甘い心があるならば絶対に休んではいけないのです。

センターの次の日こそ涙を飲んで自己採点をし、たとえセンターがうまく行こうとも悪かろうともすぐに勉強に戻らなくてはいけないのです。

 

私はというと、そのころ自分が小学校の低学年の時に散々ハマってやっていたポケモンを棚の奥から引っ張り出していました。

 

センター前は甘い心に鎖をつないで無理しでも勉強していましたが、センターの後気の緩みが如実に現れました。

 

懐かしいな、少しだけ確認してみるか、から始まり。ポケモンの整理を始め、ネットで古いホームページから攻略情報を探し出し、新しいツイッターを開設し、ついには中古ゲーム屋をめぐりポケモンのカセットに散財するようにすらなっていました。

 

1日の大半をゲームにつぎ込み、私立の試験前だけ赤本を軽く解いて対策した気になっていました。

当然ながら滑り止めにならないラインの私立は次々と落ち、数少ない合格校も自分が絶対に行くわけないだろうと思っていた場所ばかりになりました。

 

それでも現実を直視せず、根拠のない自信にかまけてセンターの後の貴重な1ヶ月をドブに捨てました。

 

そのあとになって一緒に浪人している友達に喝を入れられ、本命の対策に熱を入れましたが、全ては後の祭りでした。

全て受験を終えて残ったのは、わずかな特待目当てで受けた地方の私立だけでした。

 

 

現役の時比べればセンターも2次も成績はたしかに伸びました。

浪人してよかったと聞かれれば、それは間違いなく正解だったと思います。

 

今までの人生の中でこれほど真剣に自分と向き合い、はっきりとした自己嫌悪に陥り、そこから再び立ち上がり、また悩むといったことはしたことはありませんでした。

これほど家族のありがたみを感じ、感謝したこともありませんでした。

自分の見たことない自分のある側面における底が見えたことは、自分にとって大きな発見であり、成長だったと思います。

 

しかし自分自身のこの一年の生活に対し後悔はないかと問われて、無いといえばうそになります。

 

私はこの年の受験がすべて終わったあと、再び受験すること、つまり2浪することを決意しました。

2浪ではまた1浪目とは違った自分自身の感じ方や周りの変化があったので、それについてはまた詳しく書いていきたいと思います。

 

少しでも孤独と不安に苦しむ宅浪生の参考になればと思いこの記事を書きました。

この記事を読んで、少しでも参考にするのでも反面教師にするのでも、受験にプラスの影響があるならば幸いです。

 

 

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