本と絵画とリベラルアーツ

本と絵画を通じて教養を身につけるブログ

【宅浪の思い出2】宅浪時代のバイト

私は2年間宅浪していて、はじめの1年を自習室、2年目を自宅に篭っていました。

 

宅浪時代の話はこちらでつらつらと書いているのでよかったらどうぞ。

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宅浪時代のバイトの話

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バイトをはじめよう

予備校に通っていなかったとはいえ、2年間浪人させてもらって1年目には月に1万円かかる自習室まで契約してもらった親には申し訳ない気持ちがあります。

 

そこで、2浪目が決まってまもなかった4月上旬あたりからバイトを始めることにしました。

 

フルタイムで働くほどの気力はなかったので、生活リズムをつくるという意味合いも兼ねて朝の時間帯だけ入れるところを探しました。

 

近くを探したところ、自転車で20分ほどのところにあるスーパーがちょうど朝の時間帯を募集していたので早速申し込みました。

時給は当時で1000円ほどです。

申し込むとすぐに連絡が来て、面接のため呼ばれました。

 

ひさびさにしっかりと髭を剃り、髪を整えるとなんだか自分がまともな人間になった気がします。

長らく宅浪していると社会から隔絶されている感じがするのです。

 

浪人の話は素直に話し、面接はあっさり通りました。

本来であれば後日採用か不採用かな連絡をするそうですが、かなり私のことを気に入ってくれたようでその場で合格にしてくれました。

これで晴れて無職からフリーターもどきに昇格です。

 

それからしばらく経って、研修のため別の店舗に行きました。

その時の研修は私の他に若い女性が一人で、初日の研修は座学でした。

 

面接前にある程度会社については調べていたので退屈でしたが、時給が発生していたので真面目に聞いているふりはしておきました。

 

3時間ほど会社の概要やポリシーを聞いて、簡単な挨拶練習をしてその日は解散でした。

 

 

猛烈に辞めたくなる

研修を終え家に帰ってくると、久々の外出に疲れてすっかり眠りこけてしまいました。

 

ガッツリ睡眠をとり起きたのはその日の夕方です。

研修だけで1日が終わってしまいました。

 

目が覚めて、落ちかけた太陽を見ながらふと猛烈に思いました。

 

「バイトやめよう」

 

決算すると上司のいるはずの時間帯をねらってその日のうちにスーパーに突撃しました。

 

一度も一緒に働くことのなかった同僚に上司の所在を聞き、上司のもとに一直線に向かいました。

正直めちゃくちゃ怖かったですがなぜか興奮してアドレナリンどばどば出ていたので耐えられました。

 

上司と対面すると上司は嫌な知らせを感じ取ったのかとてつもなく苦そうな顔をしました。

一瞬告白することが躊躇われましたが、ここで言わなければしばらく言えないと思い思い切って言いました。

 

「ほんと申し訳ないんですが、辞めさせてください。」

 

上司は深いため息をつくと、私の分かり切ったハリボテの言い訳を一応聞いてくれました。

 

特に怒られることも引き止められることもなく、重々しい雰囲気の中で契約解消の手続きは進められていきました。

静かに書類を探す上司は一瞬で少しだけ老けたようでした。

 

その節はすいません。

 

対照的に私の心中は晴れ晴れしていました。

短い間でしたが私の心を拘束していた鎖から解き放たれ、自由の身になったかのようです。

そして同時に私が社会に向いていないなと痛切に感じました。

 

こうして清々しい気持ちになった私はそれからしばらくは勉強に集中することができました。

めでたしめでたし。

 

 

辞めて今思うこと

速攻で辞めてしまった私が言えることかば分かりませんが、受験中に無理して働く必要はないと思います。

 

もちろん金銭的な事情などがあり働かなければいけないという人は仕方がありません。

 

ですが、衣食住に事欠くレベルの貧困でなければ、浪人時代の時間は勉強に投資すべきです。

バイトして小銭を稼ぐくらいなら、今この大切な瞬間を勉強に全振りするべきなのです。

 

どんだけ一生懸命働いたところで浪人生のバイトでは1000円ちょいしかいきません。

だったら、この貴重な時間を勉強に投資し、未来に期待する方が得策じゃないでしょうか。

 

 

最後に、迷惑をかけた皆様本当にすいませんでした。

【本の紹介】マーシャ・ガッセン『完全なる証明』【感想・書評】

 オススメ度:★★★☆☆ 

ミレニアム問題であるポアンカレ予想を解いたロシア人の天才数学者ペレルマンにスポットライトをあてたフィクション作品。訳は『フェルマーの最終定理』で有名な青木薫氏。

ソ連の数学(教育)事情なども描かれていて、共産圏の雰囲気の一端も知れたのが興味深かったです。

 

この本をオススメしたい人

・数学や科学が好きな人
・ソ連における優秀な児童の教育が知りたい人

 

マーシャ・ガッセン『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者

完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者 (文春文庫)

完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者 (文春文庫)

 

著者:マーシャ・ガッセン(1967~) 

ジャーナリスト。モスクワ生まれ。数学のエリート教育を受けていたが、ユダヤ人に対する差別から逃れるためアメリカに移住。

 

 

感想

数学者で天才というと、集団行動の苦手な変わったタイプの人を思い浮かべますが、ペレルマンはまさにこのタイプです。

 

社会主義であったソ連は教育に対しても平等を重んじていました。

そうした反個性的な環境の中で"特別"であったペレルマンは恩師たちに守られながら才能を開花させていきます。

 

「人生は自分で切り開いていくものだ」としばしば言われますが、天才の道はその才能に惚れ込んだ人々によって整備され、ペレルマンは数学だけに関心をもったまま、ひらかれた道を歩み続けます。

 

さすがにこのレベルの天才を見ると、人間が生まれながらにして平等というのはあまりに無理がある気がしてくるのです。

 

 

本棚を見て自分を知る

今年もブックオフでウルトラセールが開催されました。

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先月から欲しい本リストを作り、巡るブックオフを決め、とにかく楽しみで楽しみでしょうがありませんでした。

 

増税があったとはいえいまだに1冊100円以下で本が買えるというのは学生身分にはありがたい限りです。

ときには「ほんとにこの本100円でいいんですか!?」という本まで置いてあるので、ブックオフに行ったときには隅々まで確認するようにしています。貧乏性ですね。

 

いざブックオフで本を探していると、あの人さっき別のコーナーでも一緒だったなあと気になる人がいます。

話しかけたい衝動に襲われることもありますが、マナー違反な気なするので我慢します。

せめてフォロワーさんなあらなあ。

 

ちなみに今回の成果は以下の通り。

ジャレド・ダイアモンドの本の下が110円コーナーだったのは激熱でした。

この10冊で3700円くらいでした。すごい。

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#本棚晒す

ウルトラセールが開催され、読書垢界隈の人の本棚も充実したようで #本棚晒す がまた盛り上がりを見せています。

#本棚晒す とはその名の通り自分の家の本棚の写真を貼りつけてつかうハッシュタグで、膨大な蔵書を持つ人ほどいいねがつくようです。


 

本好きな人にとって本棚というのは不思議な魔力を感じるようで、人の家に行っても本棚をついつい見てしまうという人が多いようです。

 

私の友人の家で古典を見かけて「こやつ、やるな」と評価が上がったことがあります。

本棚は人を写しますね。

 

 

私の本棚は今のところ読んだ本が150冊くらい、積ん読100冊くらいで構成されています。

50冊位がハードカバーで、あとは文庫本か新書です。

 

#本棚に晒す に投稿するための写真を撮りながら、ふと自分の本棚と自分自身に乖離があるなと思いました。

 

というのは、私が普段読んでいる本が"私"に近いとすると、積まれている本は本来の自分からするといくらか高尚な気がするのです。

 

私の本棚は上の方が積ん読で、読むと下の段に移動させるように置いてあります。

積ん読の中央に目をやると、岩波文庫の作品が鎮座しています。

社会科学系は最近買ったものも多いですが、岩波の<赤>や<青>に分類される本の多くは1年もその場所から動いていないものばかりです。

言ってしまえばインテリアになってしまってる本です。

 

そんな長らく取り出されていない本棚の中央に放置された岩波文庫の本たちを見ていると、「結局自分はインテリ振りたいだけで、その本棚は矮小な自分の見栄にすぎない」と思うようになってきました。

 

 

本棚にいる理想の自分

一度は自分の自己顕示欲にガッカリもしましたが、考えてみればそんなに本棚に見せたい自分ばかりが並んでいるのも悪くないなという気がしました。

 

というのは、「自分でお金を出して本を読むつもりで買ったならば、それが結果的に自己顕示欲を満たすためであっても虚構ではないんじゃないか」と思えたからです。

別にヘブライ語の聖書を飾っているわけでもなければ、読めない字体の古事記を置いているわけでもありません。

 

むしろなりたい自分がある程度見えている分、自分にとってプラスである気さえします

 

 

人の本棚を見ると、その人の知らない一面を見ることができますが、同様に自分の本棚を眺めることで自分についてもう一度考えられるんじゃないでしょうか。

 

 

【画家の紹介】ヨハネス・フェルメール【バロック美術】

みなさんは好きな画家と言われて誰が思いつくでしょうか。

写実主義のミレーや印象派のルノワール、ゴッホなんかが有名ですね。

 

フェルメールも日本人に人気の画家の一人です。

フェルメールはバロック美術の巨匠の一人で、彼の展覧会とあれば休日には長蛇の列ができます。

しかしフェルメールはその死後、一度は社会からは忘れられた画家で19世紀に再発見されるまで約200年間無名同然の画家でした。

 

フェルメールの作品はバロック美術でありながら繊細で、モチーフも生活の一部を切り取ったような身近に感じられるものが多いのが特徴です。

 

今回は フェルメールの絵画を見る上で、絶対に知っておきたい情報をまとめました!



光の魔術師:ヨハネス・フェルメール

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 フェルメールを理解するポイント

・現存する真作はたったの30数点
・フェルメールブルーとも言われる高級な青
・巧みな光の表現

 

金銭的に恵まれた制作環境

今では著名な画家の中でも、生きている間は評価されず金銭的に苦しんだり、シンプルに家がお金がないと言う人が多くいます。印象派のルノワールのその代表例です。

そんな貧乏の中這い上がってきた人たちがいる一方で、フェルメールは金銭的にはとても恵まれたタイプの画家でした

 

まずはフェルメールの生活を、彼の生涯とともに見ていきましょう。

 

フェルメールは1632年、オランダのデルフトという町で生まれました。父はパブ兼宿屋を経営しながら画商としての顔も持っていました。

 

フェルメールといえば室内の風俗画が有名ですが、デルフトについては「デルフト眺望」という美しい風景画を一枚残しています。

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「デルフト眺望」 1660-61年頃 マウリッツハイツ美術館

 

フェルメールは20歳で宗派の違うキリスト教の女性と結婚しました。彼女との間には14人もの子供(うち3人は夭折)をもうけます。

彼女の母親は不動産収入のあるとても裕福な人で、画家だけでは食べていけないフェルメールにとって大切な生活の支えになりました。

 

結婚から数年後フェルメールの父が亡くなると、フェルメールは父の持っていパブ兼宿屋を引き継ぎ、経営に乗り出します。

 

こうして、フェルメールはお義母さんの資産、自らが経営するパブや宿屋からの収入、さらにパトロンからの支援によって金銭的にとても安定していきました。

この恵まれた環境の中で、ゆったりとフェルメールは制作活動や研究を続けます。

 

フェルメールが生涯で50点弱(現存するのは35点ほど)しか作品を残さなかったのも、こうした金銭的余裕が原因だったと考えられています。

 

比較的裕福な生活を送っていたフェルメールですが、晩年は生活が一転してしまいます。

 

17世紀中ごろよりイギリスとの戦争が勃発、フランスの侵攻もありオランダ経済は大打撃を受けます。

義母も昔ほど裕福ではなくなり、この時代にパトロンも死んでしまい、フェルメール家族はは借金を背負うようになりました。

 

なんとか成人していない子どもたちのために家計を立て直そうと奔走したフェルメールでしたが、43歳でその生涯を閉じてしまいます。

残された家族も最終的には破産してしまいました。

 

17世紀のオランダ黄金時代
フェルメールの生きた17世紀前半は、まさにオランダの黄金時代でした。
スペインからの独立を果たしたオランダは、約650万ギルダーを集めて世界の初の株式会社:東インド会社を設立し、貿易で莫大な利益をあげます。この経済的繁栄によって市民層も絵画の買い手となり、親しみやすい風俗画・風景画・静物画が発展するきっかけになりました。
オランダ黄金期は17世紀中ごろより国内産業の衰退と重商主義のイギリス・フランスによる逆襲によって終わってしまいますが、短い期間に多くの歴史的名作が生まれました。
 

フェルメール・ブルー

フェルメールの絵画で特筆すべき点の一つがフェルメールが好んで使ったことからその名のついた「フェルメール・ブルー」という色です。

 

この青はウルトラマリンブルー(群青色)と呼ばれる色で、ラピスラズリという鉱石を原料としてつくられます。

ラピスラズリはヨーロッパから離れたアフガニスタンでしか取れないため、とても貴重なものでした。

その希少性と扱いにくさから高貴な色として、聖母マリアのマントやキリストのローブなどに使われています。

 

ウルトラマリンブルーはフェルメールの時代では金と同じ価格で取引されたほどの超高級顔料でした。

裕福だったフェルメールはこの顔料をよく使っていました。

 

フェルメールの代表作でもある「真珠の耳飾りの少女」のターバンにもこの「フェルメール・ブルー」が使われています。

 

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「真珠の耳飾りの少女」 1665-66年頃 マウリッツハイス美術館

 

 

光の表現 -ポワンティエ技法-

フェルメールの絵を見ていると、他の絵からはあまり感じられない"キラキラ"と輝いているような印象をうけませんか?

 

これはフェルメールがよく用いた、白や明るい色でハイライトを入れ光を描くポワンティエ技法によるものです。

この光の粒によって装飾品だけでなく唇や瞳、布までもが輝いて見えます。

フェルメールは光の巧みな表現から「光の魔術師」と称されるようになりました。

 

この光は画像だと感じにくい部分があるので、ぜひとも実際の作品をみて感じてほしいと思います!

 

こうした卓越したフェルメールの光の表現は、19世紀に彼の作品が再発見されたのち印象派へと引き継がれていきました。

 

 

まとめ

フェルメールの美しい作品たちは市民文化花開いた黄金期のオランダでつくられていきました。

 

是非ともフェルメールの絵画を鑑賞する際には

・市民文化のなかで生まれた風俗画

・美しい青:フェルメール・ブルー 

・小さな白い点で描かれる光の表現

に注目してみてください!

 

 

 

 

【本の紹介】室井尚『文系学部解体』で大学事情を学ぶ

オススメ度:★★★☆☆

みなさんは文系学部のついてどんな印象がありますか?

文系の大学生と言うとどうも適当に授業を受けてあとはバイトやサークルに明け暮れている人たちを思い浮かべることが多いんじゃないでしょうか。

大学における人文学には、どのような意義があるのでしょうか。

 

室井尚『文系学部解体』

文系学部解体 (角川新書)

文系学部解体 (角川新書)

  • 作者:室井 尚
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2015/12/10
  • メディア: Kindle版
 

 著者:室井尚(1955~)

横浜国立大学教育人間科学部教授。京都大学卒、同大大学院文学研究科博士後期課程修了。アーティストとしても活躍。専門は哲学、美学、芸術学、記号論など。

 

 

どんなことが書いてあるか?

内閣による文系学部の解体に対し、怒りと嘆きをあらわにした本。

 

その他にも日本の人文系大学教育の変遷や、法人化してからの職員の不憫な現実などが筆者の所属する横浜国立大学を例にあげながら語られています。

 

話の中で興味を面白いと思ったものをいくつかピックアップして紹介したいと思います。

 

 

「新課程」とは何か

2015年、当時の文部科学大臣・下村博文の名で全国の国立大学に対して「文系学部の廃止・縮小」の要請がなされました。

この文系学部解体で、やり玉にあがっているのが「教員養成系大学・学部の新課程」です。

 

この「新課程」とはなんのことなんでしょうか

簡単に言えば、「新課程」とは教員免許を目指さない教育学部のことです

 

もともと「新課程は」は80年代の学生の受け皿として誕生しました。

80年代の日本は団塊ジュニア世代が大学入学の年齢になり大学の需要が増加。

一方で子どもの数の減少により教員の需要は減少や一般企業のバブル期の新卒大量採用によって教員免許取得のインセンティブは急速に低下していきました。

 

教育学部の定員は減らせないが教員免許の需要は低下しているという状況で打ち出されたのが、教員免許取得を目指さない「新課程」なのです。

 

 

91年改革

中曽根政権時代の89年、政府は大学のあり方を見直すとして大学審議会を設置しました。

それから2年後の91年、「大学設置基準の大綱化」という政策がとられます。

 

この政策により大学設置基準が以前と比べて甘くなり、多様な大学が出現することになりました。

宗教系のみならず、その時その時のブームを反映した大学や学部も多く設置され、少子化と相まって「大学全入時代」に突入していきます。

 

なぜこんな政策がとられたかといえば、中曽根総理の推進した新自由主義経済学と深く関係しています。

新自由主義経済とは平たく言えば市場原理にまかせて競争されればよい結果が得られるだろうという考えのことです。

 

大学経営にもこの考え方を導入することで悪質な大学は自然淘汰され、大学全体の質が上がると考えられました。

 

新自由主義経済学の考え方はこの後も続けられ、2004年には国立法人化がなされます。

国は「経営改善努力」を建前にこれを進めていきましたが、実際には国営・私営の悪いところどりとなり、国立大学はさらに苦しい立場に置かれるようになりました。

 

 

人文学の役割

この本で主張されているのが人文学の役割です。室井教授は国の人文学の軽視に対し強く抗議しています。

 

さて国はこの文学部解体の政策で社会の役に立たない学部に力を廃止・縮小させようともくろんでいますが、本当に人文学は役に立たないのでしょうか。

 

室井教授デリダやカントの考えを並べながら以下のように説明しています。

 人文学を活かすためには、そうではなく、国家の施策や方針に対して自由に批判したり、問題設定そのものを問い直したりするような自由な知性の場所を大学に確保しなくてはならない。そうしたきわめて重要な役割を担っているのが人文学なのである。「大学の自治」とか「学問の自由」とはこのことにほかならない。(p.103)

 

知性のある、独立した場所を大学に確保しておくことこそが人文学の役割なのです。

 

 

感想

私が文系学部であり、またこの本を書いた教授が私の大学の教授だったので興味を持ち読んでみました。

 

「新課程」設立の経緯を読んだ時点では「少子化によって新課程の役割はすでに終えられたのだから少なくともこの大学に新課程を残す意味はないのでは」と思いましたが、読み進めているうちに室井教授が横国の「新課程」に人文学としての役割を期待していることに気が付きました。

 

いくら大学が独立した研究機関だといえど、実際には社会のブームに踊らされ新しい学部学科を設立したりなど影響を少なからず受けています。

学生の立場としては、一時のブームや流行に流されることなく、学問の本質的な部分を安心して学べる場を提供してくれることを大学に期待したいです。

 

 

【方法序説】デカルトはなぜ近代哲学の祖なのか?5分でまとめました【古典】

オススメ度:★★★★★ 

哲学初心者にもオススメされることの多い、ルネ・デカルトの『方法序説』。

岩波文庫で100ページほどの薄い本ですが代表的な古典として絶大な人気を集めています。

 

今回はこの『方法序説』を簡単にまとめ、さらにデカルトがなぜ「近代哲学の祖」と呼ばれるようになったのか分かりやすく解説します!

 

ルネ・デカルトはなぜ「近代哲学の祖」と呼ばれるのか

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デカルトとは?

デカルトは 16世紀を代表する哲学者・数学者です。

中学校で習った平面座標を発明したことでも知られています。

 

法官貴族の子どもとして生まれたデカルトは、10歳の頃よりイエズス会経営の名門校で当時のヨーロッパにおける最高の教育を受けます。

その後デカルトはポアチエ大学に進み、ここでは医学と法学を学び法学士号を取得しました。

 

大学卒業後は見聞を広げるためヨーロッパを旅してまわり、この過程で『方法序説』の肝となる普遍数学の構想を固めていきます。

最終的には自由に研究できる環境であったオランダに移住し研究を進めますが、その後講師として招かれたスウェーデンで体の弱かったデカルトは肺炎のため命を落としてしまいました。

 

平面座標の発明
デカルトの重要な発明のうちのひとつに平面座標があります。平面座標とは中学校で習うx軸とy軸が直交した形の座標のことです。デカルトのこの発明には、彼が病弱であったゆえのあるエピソードが関係しています。
学生時代、病気がちだったデカルトは朝が苦手でした。しかし抜群に頭の良かったデカルトは学校の特別待遇によって朝の講義が免除されてたといいます。
そんなある日、朝デカルトがベッドで寝ていると壁に一匹のハエが止まっているのが見えました。デカルトはそのハエの位置を正確に人に伝える方法はないかと考え、座標を発明したと言われています。

 

なぜ「近代哲学の祖」と呼ばれるのか?

デカルトは「近代哲学の祖」と呼ばれることがあります。

なぜデカルトは近代哲学の祖と呼ばれるのでしょうか?

 

これを明らかにするためにまず「近代哲学」とそれ以前について簡単に説明しようと思います。

 

近代哲学とそれ以前を分ける重要なポイントは、 哲学において根源的な問いである「何が存在して、何が存在しないのか」を決定する役割を神が果たしているのか、人間が果たしているのかという点にあります。

 

近代哲学以前においては、「何が存在して、何が存在しないのか」を決定することができるのは神だけでした。

神だけが自然を超越した存在であって、人間には決定権は与えられていないと考えていました。

神に決定権が与えられている以上、自然の存在・現象について人間が最終的な判断を下すことはできません。

 

これを覆すきっかけをつくったのが、デカルトでした。

 

デカルトは神によって与えられた理性ではありましたが、「人間理性が存在を判断することができる」ということを合理的に証明したのです。(完全なる神からの脱却はカントまでお預けになります。)

 

ここから、独立した判断力をもった近代的個人が生まれ、理性に基づく自然科学が発展していくことになります。

 

これこそがデカルトが近代哲学の祖と呼ばれる所以なのです。 

 

 

ルネ・デカルト『方法序説』

方法序説 (岩波文庫)

方法序説 (岩波文庫)

  • 作者:デカルト
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/07/16
  • メディア: 文庫
 

 

 なにが書いてあるのか

『方法序説』という名前からだと、具体的に何が書いてあるか想像しにくいですよね。

『方法序説』は正確には、『理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法の話(方法序説)。加えて、その試みである屈折光学、気象学、幾何学。』という本の、序文にあたる部分を指します。

 

本書は彼の母国語であるフランス語で書かれています。

当時の学術的な文章はラテン語で書かれるのが普通であったことを考えると、デカルトがいかに革新的な考えを持っていたかが分かります。

 

内容に移ります。

『方法序説』にはデカルトが見つけた真理の探究の方法が書かれています。

 

 

そしてその方法に深く関係してくるのがかの有名な「コギト・エルゴ・スム(われ思う、ゆえにわれあり)」です。

これについては以下で説明します。

 

 

真理に至る方法

デカルトの関心はもっぱら真理にいかにして至るかということでした。

デカルトは真理に近づくにあたり、闇雲に考えるのではなく、一定のルールのもとで思索を重ねていくことで迷わず真理に近づいていくことができると考えました。

 

そして真理を得るために4つの規則3つの格率(学問・思想を導く規準)を設けました。

 

4つの規則

①明証性の規則…正しいと言い切れる物だけを受け入れる
②分析の規則…なるべく細分化して考える
③総合の規則…単純なものから順序立てて考える
④枚挙の規則…見落としがないようにする

 

3つの格率

①自分の国の法律と慣習に従うこと
②一度決めたことに一貫して従うこと
③自分の支配の及ぶ領域においてのみ改善を試みる

 

デカルトはこれらのルールから彼の代名詞ともいえる重要な「真理」を導き出しました。

 

 

「われ思う、ゆえにわれあり」

デカルトは真理探究のため、正しいと言い切れないものは全て捨てていくことにしました。

 

このように一つ一つ疑うことで真理に辿り着こうする考え方を、方法的懐疑といいます。

 

方法的懐疑はやみくもにあらゆるものを疑う「懐疑主義」とは異なり、あくまで真理探究の手段として疑うことを指します。

 

 

デカルトはこの方法でまず曖昧である感覚によって知覚された全てを捨て去り、次に不注意によるミスを否定しきれない幾何学の推論を捨て去りました。

 

 

このように疑って考えていくと、「夢の中で考えていることもあるのだから、今考えていることが夢の中でないとは言い切れない…」「すべては夢の幻想なのでは…?」と複雑な循環に陥ってしまいます。

 

しかしここで、デカルトは重要なことに気がつきます

「たとえ幻想や夢に過ぎないとしても、本物か夢かを判断する"何か"は確実に存在する…!」

「すなわち、考えるということは"考えている何か"が存在する…!

 

そしてデカルトは考えている"わたし"は存在するとして、

「われ思う、ゆえにわれあり」

だけは疑うことのできない堅固な真理、すなわち哲学の第一原理だと判断しました。

 

 

心身(物心)二元論と本質

以上の通り、デカルトは方法的懐疑によって唯一疑い得ぬものを"精神(わたし)"のみと判断しました。

ここから、デカルトは精神と肉体を分けて考えていることがわかります。

 

 

精神と肉体(心と身体)を別々のものとして捉える考え方を心身(物心)二元論といいます。

 

そしてデカルトは精神の本質を思惟(考えること)、物体の本質を延長だと考えました。

 

延長というのはやや分かりにくいのでもう少し説明します。

 

デカルトは、物体は感覚で認知するものであるから存在疑いうると考えました。

では存在を捨象したとすると何が残るのでしょうか?

物体が消えた後に残るのは、何もない空間的な拡がりだけです。座標軸だけがあって、その上に何もないと考えてみてください。

 

この空間の拡がりを、デカルトは延長と表現したのです。

 

 

まとめ

・デカルトが「近代哲学の祖」と呼ばれるのは、人間理性に存在を判断する力があると考えたから。

・『方法序説』は真理の探究方法が書かれた本。

・デカルトは方法的懐疑によって、「コギト・エルゴ・スム(われ思う、われあり)」にたどり着いた。

・デカルトは心身二元論の代表的な哲学者で、精神の本質を思惟、物体の本質を延長とした。

 

 

新年に目標を立てる時に気をつけるべきこと

 新年明けましておめでとうございます。

年末年始いかがお過ごしでしょうか。

 

私は大好きなディズニーで年を越すことができて大変満足しています。

 

さて、新年を迎えると多くの人が今年の目標や抱負を立てるんじゃないでしょうか。

 

今回は目標を立てる上で注意すべき点を紹介したいと思います!

 

 

目標を立てる時に気をつけるべきこと

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期待は感情の前借り

新年になり、ぼんやりと今年の目標を考えていました。

 

これもしたい、あれも頑張ろうと考えていましたが、ふとある本の一場面を思い出しました。

 

「期待してる限り、現実を変える力は持てへんのやで」

 

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これは『夢をかなえるゾウ』で、幸せに導いてくれる(?)神のガネーシャが、変わることができると期待に胸を膨らませるサラリーマンに贈った言葉です。

ここまで自分の未来に期待し興奮していたサラリーマンはこの言葉で一気に覚めてしまいます。

 

 

人は目標を立てる時に、きっと将来の自分はこれくらい頑張って、これくらい成長できるだろうと"期待"します。

しかしこの期待が、のちのちガッカリするの原因を生んでしまうのです。

 

期待というのはあくまで感情の借金です。

 

感情を借りた時には、あたかも目標を達成したかのような偽物の満足感で満たされます。

借りている間は自分が何者かになれたような気分になり、大変気持ちが良い物です。

 

 

しかし、初めに期待してしまった分は現実とのギャップが大きくなり辛さへと変わります。

 

例えば10時間勉強しようと考えて計画を立てた時、計画を立てているうちは出来るような気がしてしまいますが、実際に初めて見るととてつもなく辛いことがわかってきます。

 

感情と理想の先行する目標の立て方では、実行に移してから頓挫してしまう可能性が非常に高いのです。

 

 

行動を変える仕組みを作る

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自分自身に期待をするというのは全面的に悪いというわけではありません。

もし完全に自分を見放してしまったら、向上心も未来に希望を持つこともできなくなってしまいます。

   

大事なのは、期待することの問題点を把握した上で、感情以外の方法で行動を変える仕組みをつくることです。

 

なぜ行動を変えるかと言えば、目標というのは理想のことであり、現実とのギャップでもあります。

そしてこのギャップを埋めることができるのは行動だけです。

例えば、志望校に受かる(目標)についてすることは勉強(行動)ということになります。

 

ポイントは

①デフォルト化

②行動・結果の見える化

③ゆとりを作る

の3つです。

以下で詳しく解説します。

 

 

①デフォルト化

人には一度決定したことをなかなか変えたがらないという性質があります。

多くの人は物事が一度決まってしまうと、多少の不利益を被る程度では変えようとしません。

 

保険の契約を思い出してもらえるとわかりやすいと思います。

本来であればしばしば契約を見直したほうが得をするかもしれないに、多くの人が最初の契約のままになっていることが多いです。

これはまさにデフォルトが機能している例と言えます。

 

 

自分のための行動についても同じことが使えます。

 

目的を達成するために、デフォルトで行動を制度化してしまいます。

例えば、毎日早起きするために目覚ましを同じ時間に自動的にセットしておくなどがこれに当たります。

 

他には筋トレをするために自分の意志の強さ頼りにジムに通うのではなく、実際にインストラクターを決まった時間に付けてしまうなども有効です。

 

とにかく気持ちで行動をコントロールするのではなく、制度によって行動を制限するのが重要です。

 

 

②行動・結果の見える化

人間が頑張りにく状況の一つは、原因と結果の間にラグがある場合です。

 

例えば、ダイエットでは努力した時から実際に体重が落ちるまでに時間差があります。

今お腹空いているのを我慢しているとしても、それが数字となって現れるのはずっと先になります。

 

このように原因から結果までのタイムラグが大きければ大きいほど人間が努力するのが難しくなります。

 

 

これを解決してくれるのが、「見える化」です。

 

すぐにフィードバックを求めるのは難しいですが、それに相当する他の部分を数字化し記録していくことで、フィードバックに似た効果を得ることができます。

 

先ほどのダイエットの例で言えばその日食べたカロリーを数値化して記録していくことで、実際にどれだけ努力したのか、結果に現れる可能性があるのかを自覚することができます。

 

自分が頑張っていることが自覚できると、これから頑張る活力となり努力を続けられるようになるのです。

 

この方法はダイエット以外にも勉強、筋トレなんでも使えるのでとてもオススメです。

 

 

③ゆとりを作る

最後に大事なのは、計画にゆとりを持つと言うことです。

 

未来の自分に期待し計画を立てる段階ではついつい自分の力を過信しがちになります。

 

無理のある計画はやる気を削ぎ、最終的には計画が倒れる原因にもなってしまいます。

 

 

そこで最初からある程度ゆとりを持って計画を立てることで、計画が破綻することなく最後まで遂行しやすくなります。

 

 

目安のオススメとしては、5日分の分量を1週間分として割り当てることです。

こうすることで5日(平日)で達成できなかった分を土日で埋めることができ、逆に平日で終わってしまえば休日は気兼ねなく休むことができます。

 

このように計画にゆとりを持つことは、最終的には目標の達成率上昇につながるのです。

 

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新年に立てる目標というのは普段より期待が大きくなり、年の後半にはすっかり目標を忘れてしまうことも多いです。

 

しかし、今回紹介したような方法を持って目標に邁進することで、達成できる可能性を上げることができます。

 

是非ともこれから目標を立てようと考えている人は参考にしてみてください。