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【絵画の解説】マネ「草上の昼食」はなぜ批判されたのか

パリのオルセー美術館に飾られているマネの代表作「草上の昼食」。

一見すると娼婦と現代風の紳士がピクニックを楽しんでいるだけに見えるこの絵は、なぜ大スキャンダルを巻き起こし、なぜマネの代表作と言われるようになったのでしょうか。

 

この絵が描かれた当時の美術シーンを踏まえながらわかりやすく解説します。この記事を読んだ後、きっと「草上の昼食」を見に行きたくなるはずです。

 

マネ「草上の昼食」を理解するポイント

・タブーであった現実の女性の裸
・のちに描かれた多くのオマージュ

 

 

マネ「草上の昼食」はなぜ批判されたのか

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「草上の昼食」 1862-1863年 オルセー美術館

 1863年の「落選者展」で展示された「草上の昼食」は、当時の絵画のお約束を完全に無視した作品でした。その問題となったのは手前でこちらを見ている裸の女性でした。

 

*「落選者展」とは
「草上の昼食」が初めてお披露目されたのは1863年のサロンの「落選者展」でした。 通常サロンでは落選者の作品が展示されることはありません。
しかし1863年のサロンの審査は極端に厳しく、前の年に比べて入選者をおよそ25%も減らしてしまいました。 時のフランス皇帝ナポレオン3世はこの審査に美術家たちが憤慨している様子を見ると、サロンと同じ会場の別室で「落選者展」を開催するように命じました。 皇帝は自らの威信を示すことを目的としていましたがサロンを主催する芸術アカデミーは屈することは無く、目論見は失敗に終わりました。
 

道徳に反して描いた現実の女性の裸

当時のキリスト教社会では裸婦画は欲情を煽るものとしてタブーとされてきました。

それまでも有名な画家の作品でもヌードを描いたものはたくさん存在しました。実際1863年のサロンでも裸婦を描いたもの人気で、数多くの作品が出品されています。

 

これらの作品が批判ではなく賞賛の対象として認められていたのは、モチーフが人間の女性ではなく、女神だったからです。同じ裸体でも女神は完全な存在であるから服を着ていなくても神聖であり、不完全である人間のヌードはけがらわしいものして扱われました。

 

「草上の昼食」をよく見ると女性の左下には服が無造作に脱ぎ捨てられ、この女性が現実の人間の女性であることが分かります。ましてやこの女性は娼婦を描いたもので、モデルだけでなく娼婦を娼婦として描き、正当な芸術であることを何よりも大事にするサロンで展示したことは当時のパリの知識人たちの怒りを大いに買うことになりました。

 

 

のちに描かれた多くのオマージュ作品

サロンやパリの知識人たちには批判を買ったこの作品ですが、時代の変革期に新しい芸術を求める若き芸術家たちからは尊敬を集めるきっかけともなりました。

 

その証拠として有名な画家の間でもオマージュ作品が多く作成されています。特にモネがオマージュとして同名の作品を描いた際には、逆にマネがモネを意識してもともと「水浴」というタイトルであったこの絵の名前を変更しています。

 

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モネ「草上の昼食」 1866年 オルセー美術館

 

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セザンヌ「草上の昼食」 1875年 オランジュリー美術館

 

 

おわりに

「草上の昼食」はこの他にも、ピカソやウジェーヌ・ブータンなどによってオマージュ作品が作られてきました。

タブーを犯して描かれた作品でしたが、結果として新しい芸術家たちを刺激し近代芸術、印象派を花開かせるきっかけとなる名作となりました。

 

ほかにもマネの「草上の昼食」に影響を受けた作品は数多くあるので、美術館を訪れた際には影響を受けている作品を見つけるのも面白いかもしれませんね。

 

 

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