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【言語習得という神秘】今井むつみ・秋田喜美『言葉の本質』

オススメ度:★★★★★

 

今井むつみ・秋田喜美『言葉の本質』

 

 本書のエッセンス
・分かるということは、間接的に身体的経験しているということ
・子どもは仮説形成推論によって爆発的な言語習得を行っている
・ヒトだけが対称性推論を持ち、言語を手に入れた

 

言語のありかたと人間の心理という二つの面から言語の本質に迫っていく本。

 

初め本書を手に取った際にはポップな表紙からハウツー本のようなものかと思ったが、販促用の表紙をめくるとしっかりした中公新書となっており、中身も筆者の長年の研究に則ったものであった。

 

読むと子どもたちが言葉を話していること自体が奇蹟に感じられるようになる。

 

分かるということ

言葉が分かるとはどういう状態であろうか。

身体的な経験のない言葉について知ろうとするとき、別の言葉に置き換えて表現しようとする。まるごとの対象について身体的経験を持たずに、対象を知ることはできるかというのが記号接地問題である。

 

認知科学者のハルナッドは身体的経験を持たない置換連鎖を「記号から記号へのメリーゴーランド」と表現し、少なくとも言葉を理解するためには最初の言葉の一群は身体に「接地」していなければならないと指摘した。

 

つまりAが分かる状態というのは、AをBで十全に説明できる状態であり、BまたはBを説明できるCが身体的経験によって理解されていなければならない。

 

子どもの言語習得の神秘

何も知識を持たずに生まれてくる子どもたちは、どのようにして抽象的かつ複雑で巨大な言語というシステムを習得していくのであろうか。

 

もちろん子どもは初めから抽象的・恣意的(*1)な言葉を習得していくわけではない。

 

最初の段階ではアイコン性(*2)・身体性(*3)の高いオノマトペを足掛かりとする

赤子でも、音と対象の間に関連があること、すなわち身体性をアプリオリに持っている。

例えば曲線とギザギザ下線を見せ、どちらが「モマ」でどちらが「キピ」と結びつくかという実験では、大人の感覚と同様に曲線が「モマ」と感じ、ギザギザを「キピ」と感じるという結果がでている。

 

さらにオノマトペから身体性の低い一般語の習得に至るには、どのような秘密があるのだろうか。

その秘密が「仮説形成推論」である

 

仮説形成推論とは結果から仮説を立て原因を推測するものである。帰納法が結果を収束させて共通法則をみつける(すなわち法則は結果の最大公約数的)であるのに対し、仮説形成推論は想像力によって得られ結果を超えた仮説を打ち出すことができる。

仮説形成推論によって、子どもは誤りを含みながらも言語体系に対し絶えず仮説を立て、フィードバックを受けその精度を上げていく。

 

子どもの良い間違いというのは一見未熟さの象徴に見えるが、実際には高度な仮説検証のプロセスであるのだ。

 

また人間だけが対称性推論を持っている。

これは[XならばA]のとき、[AならばX]であろうというバイアスである。

論理的に誤りではあるが、このおかげで[イヌそのもの→イヌという言葉]のとき[イヌという言葉→イヌそのもの]の両面を認識することができる。

よって現実の事物と言語システムを結びつけることができ、言語システム自体を成り立たせている。

 

(*1)物の名前に必然性がないこと:例えば日本語では犬を「イヌ」と呼ぶが英語では「Dog」であり、対象そのものと名称に必然性がない。

(*2)記号が対象をそのものを表す

(*3)五感で得られる感覚と記号が直結している

 

***

 

幼児がつかうオノマトペを聞くと、これまでは言語発達が未熟だなという感想しか持たなかった。

しかし本書を読んで言葉というものがいかに高度なシステムで、言葉という体系を全く持たない有機物がそれを獲得していくという過程に神秘を感じるようになった。

また言語習得の過程において、オノマトペがアイコン性や恣意性ゆえに足掛かりとして有効な立ち位置にあることがわかり、これからは幼児のオノマトペを聞いたら「身体性から離れた高度な体系を獲得している過程だ」と感動するに違いない。