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『メタバースとは何か』

オススメ度:★★★★☆

「現実とは少し異なる理で作られ、自分にとって都合がいい快適な世界」——本書ではこれをメタバースと呼ぶ。(p.25)

 

岡嶋裕史『メタバースとは何か』

著者:岡嶋裕史(1972~)

東京都生れ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。現在は中央大が鵜国際情報学部教授を務める。『ジオン軍の失敗』『ジオン軍の遺産』『数式を使わないデータマイニング入門』など著書多数。

 

メタバースとは何か

まず確認しておきたいのは「メタバース」というものは概念であり、特定の商品やサービスの名前ではないという点です。正直、私はこの本を読むまですっかり「メタバース」はメタ社(旧フェイスブック)のサービスだと勘違いしていました。では「メタバース」とはいったい何を指しているのでしょうか。

 

メタバースはまだ発展途上であり、まだ用語自体の定義も使う人によってゆれがある部分があります。ここで紹介するのはあくまでこの本の著者による定義であり、これからの流れによっては定義に変化が生じる可能性もあります。

 

「メタバース」とは何かを定義するうえで抑えなくてはならない用語が3つあります。

それは「メタバース」「ミラーワールド」「仮想世界」です。

 

メタバース:現実とは少し異なる理で作られ、自分にとって都合がいい快適な世界

ミラーワールド:現実世界を模して作られたデジタル世界とそのフィードバック

仮想世界:メタバース・ミラーワールドを含むデジタル世界の総称

 

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書籍内の図を参考に作成

デジタルツインは現実世界とそっくりに作られるため、現実志向のサービスやシミュレーションを行うのに向いています。そのためテックジャイアントのなかでも現実志向であるアップル・グーグル・マイクロソフトはミラーワールドに近いコンテンツを目指しています。一般的にミラーワールドはARなどの技術と相性が良く、アクセス媒体としてはスマートグラスが主流です。

一方、メタバースは現実とは異なる新たなデジタル世界を指します。デジタルツインと異なり世界の制約は作成者が自由に決めることができるため、さまざまな世界のいいとこどりをした都合の良い世界をつくることができます。

メタ(旧フェイスブック)はメタバースの王者になろうと目論んでいます。メタがここまで力をいれるのは、メタバースへのアクセス方法としてVRヘッドセットを売り込むことで、ハードもろともがっしり掌握してしまいたいという思惑があります。

 

相対主義がメタバースを生んだ

では、なぜ今メタバースなのでしょうか。

そのカギとなるポイントは2つあります。一つ目は技術の進歩です。デジタル技術の高度化により、今まででは作りえなかった規模とクオリティの仮想世界をつくれるようになりました。

 

そしてもう一つのポイントが、私たち人間側の変化です。

平等が重んじられていた全体主義の時代を抜け、現代は多様化が進み、個人主義の考え方が主流になっています。これまで信じられていた「大きな物語」から脱却し、個人の考え方が尊重されるようになりました。

すなわち相対主義の登場です。相対主義とは普遍的な概念など存在せず、人はそれぞれ異なる考え方を持ち、そのすべてを否定できないという考え方です。

 

その一方で、すべての個人を尊重しようとしたとき、どこかで必ず矛盾が生じ、その矛盾はやがて軋轢を生むようになります。すべての人の考えが尊重されるべきであるのに、否定されてしまう人々が出てきてしまうのです。

軋轢から相対主義は必然的に、個人の他者との住み分けを要求します。物理空間ではないメタバースは、この相対主義による住み分けを行うのに適した空間なのです

 

ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは相対主義が極度の分断を生むとして、痛烈に批判しています。

www.artbook2020.com

 

また個人主義の世界であっても常に勝者と敗者が存在します。これまでは社会の敗者は勝者たちのメインカルチャーとは異なるサブカルチャーを作り上げ、そこに居場所を見出してきました。

 

リアルが複雑化してその運営が行き詰まり、しかし個人主義の浸透で、「人生を楽しめ」と圧がかけられ、敗者として生きることさえ許されなくなった。オンリーワンで価値のある人生にしろと刷り込まれるのである。言う人はきっと強いだろうが、リアルにそんな席は用意されていない。それでも人生を楽しめというのであれば、仮想現実は人生を過ごす環境として十分に選択肢たり得るのである。現実から目をそらさずに考察すると、もう仮想現実の中にしか希望はないのだ。それを逃げとみる人もいるだろうが、リアルよりもっと楽しい場所を探す開拓者と捉えることもできる。(p.50)

 

メタバースはマジョリティとなった"敗者"たちの新たな居場所として機能しようとしています。サブカルチャーの中から登場したメタバースも、今までの文化がそうであったように、いずれメインカルチャーとして昇華される可能性も考えられます。

 

もちろんメタバースがすべてを解決してくれる理想郷となりえるかと言えば、そういうことはありません。人間が物質である以上、現実から100%離れられる世界になるにはまだ当分時間がかかるでしょうし、メタバースに内部においても新たな問題が生じるでしょう。AIブームと同様に、新しい技術に期待すると同時に一歩常に引いておくことも重要です。

これからの新たな"世界"であるメタバースに注目は高まる一方です。