本と絵画とリベラルアーツ

本と絵画の解説

「辞める」技術

何もかも似ていない私の兄弟で、ただ一つ似ているところがあるとしたらそれは嫌なことはすぐ辞めるということだろう。

 

バイトでもタスクでもストレスがかかればすぐ辞める。妹は1日でバイトを辞めたし、私は3時間で辞めたこともある。

 

大抵こういう話をすると根性なしのように思われて印象が悪くなる。確かに雇用主からすればすぐ辞められちゃたまらないし、都合の悪いやつらだと思う。

こちらから合わせてもらえば速攻やめるほうが度胸があると思うのだが、世間はそうはみてくれないらしい。

 

 

辞めることは悪ではない

そもそも辞めることは悪いことでは決してない。

仕事でも結婚でもイヤイヤ続けていいことは少ない。好きなことであったとしても続けるということはストレスのかかるものである。ましてや嫌なことを続けるストレスといえば計り知れない。

 

人生の目的が幸福である以上、どう考えても幸福に結びつかないと判断したものは切っていくべきである。

 

片付けのプロによると、物を捨てるか捨てないかな基準はときめくかときめかないかであるという。

これは行動においても同じである。資本になりえないときめかない行動はどんどん捨てていくべきだろう。

 

この広い世界で、捨てて拾えないものなど何もない。仕事だって人間だって自分に向いてるものがあるはずだ。

天職は見つけられなくとも、自分の負担にならないレベルの相性の仕事は見つけられるだろう。

 

経済学や株の世界では損切りという言葉が使われる。ダラダラと負け続けるより、サッパリ切ってしまったほうが全体の利益が大きくなることをいう。

そうであるならばダラダラと好きでもないことを続けるほうが全体から見て悪では無いだろうか。

 

 

なんでもやめられる

あまりに嫌だ嫌だ言う人に辞めることを進めると、大概の場合「いや、事情があるんだよ」と返ってくる。

確かに金銭的事情や係累など、人は多くの人に縛られている。それまで築いてきた地位やプライドが行動を制限する場合もある。

 

だが、どんなに枷に縛り付けられがんじがらめだとしても全くやめられないことなどない。

 

親から離れたいならば縁を切ればいい、配偶者と別れたければ離婚すれば良い、子供を育てられないなら養子に出すか施設に預けることもできる。

土地に不満があれば引っ越せばいいし、日本が嫌ならば出ていくことも出来る。

お金がなければNPOを頼りに生活保護を受給することもできるし、そもそもこの日本でお金がないことが理由で死ぬことは逆に難しいとも言える。

 

 

なんにせよ、自分のプライド以外に本当に自分を縛り付けるものなどないのだ。

もし何かに縛られて苦しいと感じている人がいるならば、きっとそれは自分自身ではないだろうか。

 

自分の人生を生きるために、ときには辞めることも重要である。何かを始めることと同じように辞めるということもまた、能動的な行動であり、自分の人生を選択することなのだ。