オススメ度:★★★★☆
「わたし以上の適任者はいないと思ったからだ」(p.114)
宮島未奈『成瀬は信じた道をいく』
本書のエッセンス
・成瀬のカリスマで周囲が変わっていく話
・前作同様、爽快さを感じられる読み味
あらすじ
北川みらいはときめき小学校に通う4年生で、自己主張の苦手で泣き虫がちの気弱な性格をしている。そんなみらいは地元のお祭りで成瀬に助けられてから、すっかり成瀬の漫才コンビ「ゼゼカラ」のファンになっていた。
授業の一環で地元で活躍している人を調べることになったときも、真っ先に思いついたのは成瀬のことだった。
成瀬のことを調べていく中で、成瀬の校長室に飾られていたり、成瀬の考えた標語が町に飾られていたり、振り込み詐欺を未然に防いだことを知り、ますますみらいは成瀬に心酔していく。
調べ学習も終盤に差し掛かったある日、みらいは調べ学習の同じ班の友達が成瀬のことをバカにしている発言をしているのを聞いてしまい、悲しい気持ちに襲われる。
その後ゼゼカラで成瀬の相方の島崎から成瀬が小学生の頃周りから避けられていたこと、未来のことはわからないという話を聞き、勇気を取り戻す。
調べ学習の発表を無事終えたみらいは、成瀬の日課のパトロールに加わるようになる。
名門膳所高校から京都大学へ進んだ成瀬。
自らの道を邁進する彼女は、彼女の町の人々をも少しずつ変えていく。
大津市での出来事を中心とした全5編。
感想
前作に引き続き読みやすく、一気に読んでしまった。
読み味としては前作と同じだが、話の構造は少し変化している。
前作では成瀬の周囲の人々を描くことで、いかに成瀬は特別であるかを強調していた。一方本作は「普通」である成瀬の周囲の人々のモヤモヤに対し強烈な成瀬をぶつけることで視点の転換を促し、ストーリーを成立させている。
例えば「びわ湖大津市観光大使」に成瀬とともに選ばれた篠原は悲願の3世代での観光大使就任を喜びつつも、母や祖母に道を決められていることに気が付き抵抗感を覚えるようになっていた。
体裁や自分のペルソナとのバランスに悩む中で、そういったものを一切持ち合わせていない成瀬を当初は忌避していたが、憧れへと変化していく。
真っすぐな成瀬の行動は私たちに新たな視点を与え、より生きやすくなるためのヒントを与えてくれる。
さて大ヒットしたこの作品の秘密はどこにあるのだろうか。
成瀬というキャラクターがその一端であることは間違いないが、私は筆者の「普通の人たち」の描写力にあるのではないかと思う。
この本の中で成瀬と対比される形で、居そうな普通で個性的な人たちが多く出てくる。やたらめったらクレームをつける主婦や、売れていないユーチューバー、また成瀬の父親もその一人である。
私たちはクレームをつける主婦でも、売れていないユーチューバーでも、父親でもないので(この中に含まれる可能性はあるが)、本当の意味で彼らに共感することはできないはずである。
しかし読む中で私たちは彼らに自然に感情移入し、成瀬とのかかわりの中で生じる心情の変化を共感することができる。これはなぜかといえば、私たちは社会生活の中で自然と「クレームをつける主婦はこのようなことを考えているだろう」「売れてないユーチューバーの頭の中はこんな感じであろう」という直観を得ているからであろう。
これらの直感は感覚としては持っていながら、脳内では言語化されていないふんわりとした印象に留まっており、それを正確に描写することは極めて難しい。
筆者の宮島氏はこの「普通の人たち」を見事描き出しており、読者がもつ彼らの印象とパタリとハマる。このピタリとハマる感覚が読み手に爽快感をもたらすのではないかと思った。