オススメ度:☆☆☆☆
シュンペーターによって提案された
イノベーション(破壊的創造)。
新しく生み出された製品や技術が旧製品や旧技術を破壊し、乗り越えることで社会が更新されていく。
こういった歴史的パターンを経済学では「イノベーション」と呼んでいる。
世代交代の波は絶えず運動を続けている。
新技術が市場の勝者となる一方で、旧世代の勝者は没落していく。かつての勝者が敗者側に回っていく。
一度は栄光を手にした企業がどうして敗者として市場から退場していくことになるのだろうか。
クレイトン・クリステンセンはこのなぜの挑んだ経済学者の一人で、1997年に発行された彼の著書『イノベーターのジレンマ』はベストセラーになっている。
『イノベーターのジレンマ』では派遣の移り変わりの激しいハードディスクを対象に調査を行い、組織的・心理的バイアスの存在を明らかにしている。
端的に言えば、イノベーションの中で勝者が敗者に回る理由を、経営陣がバカだから失敗したと主張している。
この本では、この主張を懐疑的視点を持って考察し、"ジレンマ"の要因について科学的に解明することを目的としている。
以下にこの本の要約と感想をまとめた。
要約
イノベーションは新参企業が既存企業を乗り越えることで繰り返されていく。
この時新旧の企業の行動はは「共食い」「抜け駆け」「能力格差」という三つの要素が互いにインセンティブ・ディスインセンティブとなっている。
またこれらの要素を正確に理解していくには、経済学の道具である実証分析がかかせない。
この本の中では3つの有力な実証分析方法を紹介し、そのうち2つを使って各々の要素をはかっていく。
「共食い」
既存企業にが新商品を投入する場合、すでに展開している商品と「共食い」を起こしてしまう。したがって、既存企業はプロダクト・イノベーションを消極的になる傾向にある。
「抜け駆け」
独占企業にとって新参企業の参入は利潤を大きく減らす要因になるので、「抜け駆け」がインセンティブとして大きく作用する。
「能力格差」
既存企業は資本の蓄積がある一方で、保守化する傾向にあり、新参企業との「能力格差」は実証してみなければ分からない。
「実証分析」
経済学において、実証分析の方法は主に3つある。
一つ目は狭義のデータ分析で、回帰分析を用いてデータ間の相関関係を調べる。ただし、あくまで調べられるのは相関関係であって、見かけの因果関係は実際には私たちの頭の中にしかない。
二つ目は対照実験である。対照実験は研究対象が「小規模」「多数」「独立」である時有効であるが、今回のようにマクロ的な時には相性が悪い。
三つ目はシミュレーションである。モデルをコンピュータを用いて計算することで、擬似的な結果を得ることができる。実際に実験するのが難しい場合に有効。
実際に分析してみる
「共喰い」度合いを知るために、注意深い回帰分析によって新旧製品間の需要の弾力性を測定した。その結果弾力性は2.3となり、相当の代替性があることが判明した。
次に「抜け駆け」がどれだけ既存企業をイノベーションに駆り立てるかを考える。
利潤関数を求めることにより「抜け駆け」のインセンティブが大きいことは分かったが、実際にはイノベーションしないまま消えていった企業も多い。
最後に、イノベーション・コストを計ることで新旧企業の能力格差を計測する。
既存企業と新参企業のイノベーション・コストをそれぞれ調べると、既存企業のコストの方が小さい。すなわち、既存企業の方がイノベーションの能力が高い。
反実仮想シミュレーション
ここからが産業組織論の醍醐味である。
「共喰い」や「抜け駆け」が存在しない場合について反実仮想シミュレーションを用いて基本モデルと比較した。
比較の結果、「抜け駆け」のインセンティブがない場合に既存企業の遅れが顕著になるのがもちろんのこと、「共食い」が存在しない場合においても新参企業との差が埋まらないことがわかった。
すなわち、既存企業が遅れをとる原因は「共喰い」意外にも存在する。
能力で新参企業を上回っている以上、既存企業が新参企業にイノベーションで遅れを取るのは意欲の差であることが分かった。
既存企業の失敗の原因が「共食い」のディスインセンティブに基づく意欲の欠如であることが分かった以上、この問題を解決するには既存企業がためらわず損切りを行い、新事業を成功させていかなくてはならない。
結論
政策がイノベーションに与える影響についても調べたが、期待はできないことがわかった。
すなわち、放任された創造的破壊によって、確実にIT産業は発展を遂げてきた。
これは社会にとって望ましいことであるといえる。
感想
ビジネス本というよりは、経済学の面白さを前面に出した本。
経済学初心者、あるいは全く触れたことのないというひとでも理解できるレベルで解説してある。
一方で経済学中級者以上が退屈しないように随所に一歩踏み込んだ解説がコラム的にまとめられており、読み手のレベルを問わない本となっている。
初学者でも分かるということで内容が薄っぺらいということは一切なく、本筋は筆者の専門である産業組織論のスキルがいかんなく発揮されている。
結果はシンプルで当たり前のようにも思えることだが、この本ではその当たり前の結論を出すまでに緻密な科学的考察を繰り返しており、これぞ経済学の面白みという感じ。
経済学に興味がある人には是非オススメ。
特に産業組織論に興味があるが、実際どんなことをしているかイメージがわかないという経済学部2年生あたりには是非呼んでほしい。