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【夏にオススメ】村上春樹『風の歌を聴け』【感想】

オススメ度:★★★★☆

37度っていえば一人でじっとしてるより女の子と抱き合ってた方が涼しいくらいの温度だ。(p.55)

 

村上春樹『風の歌を聴け』

著者:村上春樹(1949~)

京都府京都市生れ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の声を聴け』で群像新人賞を受賞しデビュー。1987年に発表した『ノルウェイの森』は上下巻1000万部のベストセラーとなり、村上春樹ブームが起こった。2006年にはフランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞。主な作品に『海辺のカフカ』『1Q84 』などがある。

 

感想

夏を感じられる小説と言うときの、夏っぽさとはなんであろうか。

ふつう夏といえば、太陽の日差しが降り注ぎ、少年が大きな虫取り網を持って駆け回り、木陰で溶けかけたアイスキャンディをかじるようなイメージがある。そういった突き抜ける様な爽快感が夏にはあるが、「夏を感じられる小説を読みたい」ときの夏のイメージは少し違った感じがする。

具体的には、人生の流れの中で意図せず訪れた、楽しい思い出の数々と、それを失ったことによるノスタルジーに似た憂愁が「夏を感じられる小説」から感じられる「夏」らしさではないかと思う。

 

村上春樹の処女作であるこの『風の歌を聴け』はまさに「夏を感じられる小説」を読みたいときにぴったりの作品だ。

20代最後の歳である〈僕〉は、大学生だった8年前の夏を回顧する。

酒の場で偶然仲良くなり、フィアットを飲酒運転して一緒に事故を起こした〈鼠〉。彼とは日々バーに入り浸り、ビールを浴びるほど飲んだ。

また〈4本指の女の子〉との思い出もある。彼女とはバーで潰れていたところを介抱したところから関係が始まった。突き放す様な態度を取られたこともあったが、彼女とも終いには寝た。

〈僕〉がこれまでに寝た3人の女の子のこともある。ただその子たちも、今では顔が思い出せない。

 

これらの思い出の中の出来事は、人生の中で意図せず訪れ、静かに去っていった。ひとつひとつの出来事は、人生を大きく変える出来事だったわけではない。ただ、2度と帰ってこない思い出だけがそこにある。そしてそれらの思い出を回顧したときに感じる一抹の寂しさこそが、小説の「夏」らしさなのだと思う。そういう意味において、やはり『風の歌を聴け』は「夏を感じられる小説」を読みたいときにぴったりの作品だと思う。

 

さて、この作品が「夏」たらしめているもう一つの要因として、村上春樹特有の文体、言い回しがある。作中にとても気に入ったセリフがあったので、最後に紹介したい。

作中のラジオの中で、ラジオパーソナリティが8月のあまりの暑さを表現しているシーンがある。

ところで今日の最高気温、何度だと思う?37度だぜ、37度。夏にしても暑すぎる。これじゃオーブンだ。37度っていえば一人でじっとしてるより女の子と抱き合ってた方が涼しいくらいの温度だ。(p.55)

気温が体温よりも高いことを表現するのに、こんなにも村上春樹みのある、オリジナリティのある表現があるのかと衝撃を受けた。言葉が単なる伝達手段ではなく、個性を強烈に表現できるのだと再認識させられた作品となった。

 

もし「夏を感じられる小説」を読みたいという場合には、ぜひオススメしたい作品です