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【本の紹介】見城徹『たった一人の熱狂』【憂鬱でなければ、仕事じゃない】

オススメ度:★★★★★

圧倒的努力は岩もを通す(p.150)

見城徹『たった一人の熱狂』

 

 本書のエッセンス
・憂鬱でなければ、仕事じゃない
・圧倒的努力ができるかどうかは、心の問題
・小さなことや、片隅の人を大事にする

 

この本は誰にでも実践できる一般論的な自己啓発方法をまとめた本ではない。

むしろ、内容は見城徹の自伝に近く、俺はこう生きた、こう仕事してきたという話がというものになっている。

一般論でないゆえに言葉に力がある。迫力があり。その情熱をダイレクトに受け取れる。

 

格言という形でいろいろ書いてはあるが、それら全てをまともに実行しようとすれば、常人には身が持たない。

この本は、仕事に情熱を見出せなくなった時にもう一度心に火をつけるために読むのがよい。その点ではサミュエル・スマイルズの『自助論』に近いかもしれない。

 

心に火をつけ、仕事に熱狂する

多くの会社員にとって、仕事は少なければ少ないほどいいし、内容も(適度なやりがいを残しつつ)楽であれば楽なほどよいと考えるだろう。

ライフワークバランスという言葉も一般的になり、よりこの傾向が顕著になっている。

 

見城徹は逆を行く。

仕事は辛く苦しい。しかし、労働によって社会と世界に新しい価値創造せず、対社会、対世界の関わりを失った生き方のほうがよっぽど苦しいに決まっている。少なくとも僕は、そんな上っ面の虚しい生き方は絶対にしたくない。(p.29)

圧倒的努力とは何か。人が寝ている時に寝ないで働く。人が休んでいる時に休まず動く。どこから手をつけたらいいのか解らない膨大なものに、手をつけてやり切る。「無理だ」「不可能だ」と人があきらめる仕事をあえて選び、その仕事をねじ伏せる。人があきらめたとしても、自分だけはあきらめない。

…(中略)…

憂鬱でなければ、仕事じゃない。毎日辛くて、毎日憂鬱な仕事をやり切った時、結果は厳然と表れる。(p.37)

圧倒的努力ができるかどうかは、要は心の問題なのだ。どんなに苦しくても仕事を途中で放り出さず、誰よりも自分に厳しく途方もない努力を重ねる。できるかできないかではなく、やるかやらないかの差が勝負を決するのだ。(p.39)

自分の感覚や感動の源泉を信じ、たった一人でも自分が信じた道を行く。人の100倍も不安に怯え、困難に耐えながら、苦痛を糧として仕事をする。それが僕の言う「たった一人の孤高に熱狂」だ。

…(中略)…

身を切り、血を吹き出しながら命がけで仕事してこそ、初めて圧倒的結果が出る。(p.103-105)

「憂鬱でなければ、仕事じゃない」と言い切る。まさに生粋のマゾヒストである。秋元康は解説で見城を「精神のボディビルダー」と形容している。

 

多くの人にとって仕事人として生きる期間は人生の大半にも及ぶ。であるならば、人生を楽しむためには仕事を楽しむことは不可欠ではないだろうか。

中途半端に、仕方がないから、義務感でやるような事柄は仕事に限らずつまらない。情熱を持ち、一生懸命、それこそ熱狂するからこそ面白みが出てくる。これは遊びにしろ、スポーツにしろ同じである。

 

仕事に熱狂することは、よりより人生を送ることと不可分である。この本には熱狂するためのヒントがある。

 

仕事のヒント

仕事に熱狂することのほかに、見城が仕事で大切にしていることがある。それはテクニックのようなものではなく、もっと人間として重要な「気配り」である。

小さな仕事を蔑ろにせず、関わるすべての人に誠実に接する。この基本の基本が重要であると、改めて強調する。

仕事ができない人間には決まって共通点がある。小さなことや、片隅の人を大事にできないことだ。そんな人間に大きな仕事ができるわけない。(p.133)

GNO(「義理」「人情」「恩返し」の頭文字)こそが、仕事においても人生においても最も大事だと思っている。

…(中略)…

GNOをごまかしたか、ごまかさなかったかは、自分が一番よく知っている。(p.138)

大きな仕事を動かしてきた見城だからこそ、どれだけ細部が結果的に重要な要素となるかを痛いほど理解している。

 

 

仕事が上手くいかなくなったとき、モチベーションが下がった時、仕事が辛くてたまらない時、またこの本を開こうと思う。