オススメ度:★★★★☆
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。(p.12)
松下幸之助『道をひらく』

感想
私は名言集のようなものはあまり好きではない。たいていの場合名言というのはコンテキストが重要で、切り取られてしまった名言というのは迫力を失っているものが多い。
「少年よ、大志を抱け」と言われてもなかなかよしじゃあ大志を抱こうと思う人は少ないだろう。言葉が染み入ってくるためには、ある程度読み手の体験を重ね合わせられるような具体性が要る。
単なる名言集はファスト教養本と同様に、売れるが読み手の頭になにも残さないまま消えていく。
『道をひらく』はパナソニック創業者である松下幸之助の箴言をまとめたものであるが、一般的な名言集とは異なり短いエッセイ単位でまとめられているものである。このエッセイの分量がちょうどよく、シンプルながらも具体性を保持しており、読んでいて共感でき、身につまされる思いになるものが多い。
ここでは読んでいてとくに刺さったものをいくつか紹介する。
本書の最初のエッセイの冒頭より。
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。(p.12)
意味があるから、優れているから価値があるのではなく、自分にしか歩めない道の尊さがスッと心に入ってくる名文。
あるがままで懸命に生きる思想から、さとりに近い境地を感じた。
自分の周囲にある物、いる人、これすべて、わが心の反映である。わが心の鏡である。すべての物がわが心を映し、すべての人が、わが心につながっているのである。(p.27)
自分に全く関係ないところで、自分に全く関係ないと思う事が起こって、だから自分には全く責任がないと思うことでも、よくよく考えてみれば、はたして自分に全く責任がないと自信をもっていうことができるであろうか。人と人とが、かぎりないまでにつながりあっているこの世の中に、自分とは全然関係ないといえることが、本当はあるとは思われないのである。(p.43)
上記文章からは徹底した自責思考がひしひしと感じられる。世の中のすべて、自分自身と関係がないと思ってしまえばそこまでだ。そこに対して何か力を発揮しようという気概は消え去り、所与のものとしてしか捉えられなくなる。できることはただ、傍から不平不満を口にすることだけである。
どこまで自分事として捉え、行動できるかは自分の心の持ちよう一つである。
六〇パーセントの見通しと確信ができたならば、その判断はおおむね妥当とみるべきであろう。そのあとは、勇気である。実行力である。いかに適確な判断をしても、それをなしとげる勇気と実行力とがなかったなら、その判断は何の意味も持たない。勇気と実行力とが、六〇パーセントの判断で、一〇〇パーセントの確実な成果を生み出してゆくのである。(p.53)
答えのハッキリ出せないことがらについて、60%の判断を勇気と実行力で100%にするという感覚が参考になる。
善かれと思って、はからったことが、善かれと思ったようにはならなくて、おもいかけぬ反対の結果を生み出すことが、しばしばある。(中略)いろいろ原因があるのだろうが、よくよく考えてみれば、やっぱりそこには、何かしらの策を弄したという跡が目にうつるのである。(p.55)
仕事に慣れてくると、「策を弄する」ことがスマートであるように錯覚してしまうことがある。例えば破綻している計画に対して、あたかも問題がないかのように見せる「技術」のようなものは、まさにこのケースにあたる。結局やるべきことをしっかりやることだけが唯一の道なのだろう。
失敗することを恐れるよりも、真剣でないことを恐れたほうがいい。(p.73)
失敗しないことよりも、挑戦しないことを恐れるなというたぐいのことはしばしば耳にするが、これが「真剣でない」ときた途端ドキリとさせられる。100%の力を出していないとき、結果や周囲からの評価がどうあれ自分だけは100%でないことに気が付いている。真剣でないことをわかっている。自己に対する欺瞞はあってはならない。
全編を通し結局人間の器を決めるのは、謙虚さ、誠実さ、ひたむきさ、忍耐力、根気といった人間の基本なのだろうと感じた。



