オススメ度:★★★★★
「肉豆腐で飛んできちゃうんだから、好きなんだろう」(p.40)
瀬尾まいこ『卵の緒』

感想
どうやったらこんなに心がほっとする文章が書けるようになるのだろう。
瀬尾まいこの小説は優しく、温かい。落ち込んだ心にもすっと入ってきて、湯たんぽのようにじわじわと温めてくれる。傷んだ心が癒やされていく。
物語のラストもいつもよい。すっきりとしていて、明るく前向きな気持ちになれる文章で締めくくられている。
この本には瀬尾まいこの中編作品2本が収められている。
一本目の『卵の緒』は瀬尾まいこのデビュー作で、シングルマザーの家庭の親子愛を描いた作品だ。二本目は腹違いで年の離れた姉と弟との突然の同居が描かれている。ここでは特に気に入った『卵の緒』を紹介したいと思う。
『卵の緒』は「うちにへその緒がないのは自分がよその子だからじゃないか」とうたがう小学生の育生と、「あなたを卵で産んだから卵の殻しかない」という明るい母・君子を中心とした物語である。
この物語では登場人物がそれほど出てこないが、それぞれが個性的かつ魅力的だ。親子の他には、不登校ながらあっけらかんとしている育生の友達や、君子が恋する会社の先輩の朝ちゃんがいる。
彼らはシングルマザーだったり不登校だったり、「定型」の家族や人生ではないけれど、それぞれが幸せであることが伝わってくる。それも表面的ではなく、手触り感のある確信の持てる幸せである。
この幸せを表現する瀬尾まいこの文章がとてもいい。かけ合いは小気味よく、描写は端的で本質的だ。
育生と君子の掛け合いで言うと、たとえば、
「母さん、育生は卵で産んだの。だから、へその緒じゃなくて、卵の殻を置いているの」(p.18)
「シュミシコウ?」
「そう、趣味嗜好」
「それってなあに?」
「それはね、食器洗いしてくれたら教えてあげる」(p.37)
のように、君子のとぼけたような調子にまじめな育生が付き合っていて面白い。
そのほかの描写でも気に入ったものを残しておく。とくに3つめの朝ちゃんのセリフは、身近な愛がわかりやすく表現されていて、「そうそう好きな人ならこんなしょうもない理由で振り回されてしまうんだよ」と共感した。
青田先生の笑顔は完璧だと僕はいつも思う。薄いピンク色の唇が両端とも同じだけキュッと上がって、僕に春を思わせる。(p.11)
スイカを丸ごと買ってきたから、もう四日連続で夕飯の後にスイカを食べている。母さんは僕と二人暮らしなのに、なんでも丸ごと買う。(p.23)
「肉豆腐で飛んできちゃうんだから、好きなんだろう」(p.40)
この『卵の緒』はそのキャラクターやテーマから『そして、バトンは渡された』の原案になったと思われる。
ずっといい小説を読んでいるな感じながら最後まで読めた作品だった。



