オススメ度:★★★★★
「そういう子なので」(p.144)
宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』

あらすじ
京都大学に合格した坪井さくらは、その年の同級生のうち京都大学に合格したのが自分一人だと知り愕然とする。
一緒に京都大学に進学できると思っていた、自分よりもずっと頭が良く、小学一年生のときからの幼馴染である早田くんが知らぬうちに志望校を変えていたのだ。早田くんと同じ大学に通うことだけを信じて生きてきた坪田は失意に暮れ、入学式も立ち去ろうとした時パンプスを滑らせ転んでしまう。そのとき「大丈夫か」と声をかけてきたのが紺の振袖に身を包んだ成瀬あかりであった。
立ち直れない坪井には強く生きている成瀬に憧れていく。成瀬は坪井に気を紛わせるため料理を勧め、次第に坪井も料理に打ち込むうちに立ち直っていくように見えたが…「やすらぎハムエッグ」
感想
11月の末の日、よく晴れた暖かい日にふと有楽町の三省堂に寄ると、大々的に成瀬コーナーが展開されていた。これまでの2作も相当売れたのだろう、ノーベル賞でも取ったかのごとく広く売り場が設けられ、周りをうろうろしている間にもよく売れて重ねられた本が小さくなって行っていた。
そのとき読んでいた本もあったのでまだ買うのは我慢しようかと思ったけれど、表紙の成瀬と目が合ってしまったので結局そのまま購入することにした。
これまでの2作と同様に、この本も買ったその日のうちに一気に読み切ってしまった。話のテンポがよく、また一話一話が短くて書かれているのも読みやすい要因だと思う。
1作目の『成瀬は天下を取りにいく』が成瀬と特異性を、続く2作目の『成瀬は信じた道をいく』が成瀬と普遍性を表しているとすれば、本作はどのように形容できるだろうか。
この本を最後に読み切った時にとったメモは「人に周りに人がいるからだと」だった。これ自体に深い意味はなく、そのとき思ったことを書き留めたに過ぎないが、あとから読み返しながら思ったことを再整理しているとだんだんと自分で書いたメモの意味に気がついてきた。
この小説の一話に、以下のセリフがある。
「わたしには役目なんてないよ」
「そんな気負わずとも、生きているだけでいいんだ」(p.23)
これは自己肯定感が他に落ちてしまった成瀬の大学の友人である坪井に対し、成瀬がかけた言葉である。
人間関係というと、武田鉄矢のいうような人と人との支え合いを思い浮かべる。しかしこの支え合いは必ずしも意識的・能動的になされるとは限らない。きっと支え合いの多くは自分の知らないところで、気付かぬうちに行われている。
周りから見ると成瀬はたくさんの役目を果たし、多くの人を支えているように見える。しかしきっと成瀬はじぶんが支える側の人間だとは思っていない。
むしろ、親友の島崎や自分の家族、そのほか地元の多くの人々に生かされているほうを意識しているのではないか。
成瀬が支えられている印象的なシーンとして、テレビのインタビューが放映された後の母との会話がある。
「母さんは小六のときにも『そういう子なので』と言ってくれた」
苦い記憶が思い出されて、のどの奥が苦しくなる。
「ごめんね、あのときはそう言うしかなかったから……」
「わたしはうれしかったんだ」
思いがけない評価に、「へっ?」と変な声が漏れた。
「そういう子だって認めてくれているんだとわかったから、卒業文集にも『二百歳まで生きる』と書けた」(p.144)
小学校の三者面談で、成瀬のマイペースな言動を否定する教師のコメントを、母は「そういう子なので」とばさりと断ち切った。このコメントは別に母が成瀬を支えるために発したセリフではない。しかし成瀬はその言葉に支えられて、今日まで変わらずにいることができた。この事実に読んでいてグッときた。
生きていて、人と役に立てているか不安になることもあるし、自分の存在理由を感じられなくなることもある。しかし実際には存在し、自分らしく振る舞っているだけで、気が付かぬうちに誰かを支えて助けている。
この成瀬3作目を形容するならば、人間関係全般を描いた作品と言えるのではないだろうか。



