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【いい子とは何か】賞賛の多い生涯を送ってきました

 

賞賛の多い生涯を送ってきました

 

賞賛の多い生涯を送ってきました

いい子だと言われて育ってきた。

幼稚園に入ってから大人になるまで、どこへ行っても「いい子だ」「真面目だ」「安心感がある」と言われてきた。

 

おかげで大人たちには気に入られることが多く得をしてきた部分も多い。

幼稚園では遊戯会の人気の役をいつも貰えたし、小学校の時も図工の絵がことごとく選んでもらえた。第一印象も同じようによく映るのか、バイトや就活も落ちたことがなかったし、後日合否連絡のところその場で採用してもらえることもあった。

 

しかし小さい頃から今まで「いい子でいたい」と思って生きてきたわけではない。

ごくごく普通に過ごしているだけのつもりが「いい子である」という評価を受け続け、「よくわからないが、みんなそう言うならそうなのだろう」くらいに思っていた。

 

むしろ小さい頃は「いい子でいられない子」が理解し難かった。

たとえば幼稚園で「座っていなさい」と言われても座ってられない子たちが当然いる。座っていろというのだから座っていればいいのに、なぜ座っていないのだろうと当時は不思議だった。そして座っているだけで誉めてくる先生の気持ちもよく分からなかった。

 

 

いい子とは何か

いい子とはどんな子を指すのだろう。

一度立ち止まって考えてみると、「いい子」は2パターンあるように思える。ただしこの2パターンは外から見て区別することはできない。

 

まずパターン分けする前の「いい子」とは、「周りの大人たちの期待する行動」と「本人の行動」が一致しているような人を指す。

座っていて欲しいときに座っている、宿題をやってきて欲しいときにやってくる、進学して欲しいと思われている学校に進学する。これらは間違いなく「いい子」であろう。

さらに大人が依頼する前に期待する行動を取ることができれば、「手がかからない」「優秀」「周りが見えている」にグレードアップしていく。

 

ここからの「いい子」のパターン分けは、本人の行動原理によってなされると考えている。

行動するとき、何をそのドライバとするか。行動を決めるのは何であるか。何をするかを決める主は何であるか。

もちろん行動を決めるのは脳であるが、その脳は単純化すると「理性」と「感情」に分けられる

 

理性とは客観性・論理性をもち、「こうすべきだ」に基づいて行動を判断する。

客観性や論理性はその個人の脳の発達や教育によるところであるから厳密な意味で主観から切り離されているわけではないが、少なくとも自己の感情を排除しようと一定の努力がなされたという点で理性と言って差し支えない。

 

一方、感情は情念であり本能であり主観である。

内から湧き出る「こうしたい」という意思によって行動を決める。

「こうしたい」というのはあくまで本人の中で完結した希望であるため、必ずしも社会性や合理性は伴わない。

 

「いい子」のパターン分けは、周囲の大人たちの期待に沿う行動が「理性」判断によるものか、「感情」判断によるものかに分けられる

冒頭に述べたように、この区別はあくまで本人の中で発生するものであり、外から見てどちらによるものかは分別不能である。

 

 

結局、私はいい子だったのか

結局、私がいい子だったかと言えばいい子だったのだろう。

いい子かどうかは周りが決めることなのだから、周りがそういうならばそうなのだろう。

ただ母親だけは私が外で過度に褒められるたびに、母親から見えている私の姿と周囲の評価があまりに乖離しすぎていて困惑していた。

 

なぜこの乖離が生まれたのかと言えば、私の「いい子」が圧倒的に「感情」ドリブンによるものであったからであった。

 

先に書いたように、私はいい子でいようと思ったことなどなかった。

義務感によって大人の言うことを聞いてきたわけではないし、勉強やその他の活動も「こうすべきである」という理性に奉仕する気概などさらさらなかった。

 

ただ、自分の思うままに、やりたいように生きてきたものがたまたま社会通念と親和性が高かったため「いい子」だと思われてきただけのことである。

本を読むのも勉強するのもリーダーシップを取るのも、偶然そういうものが好きだというように先天的に持って生まれてきただけだった。

一方家での振る舞いは親の期待には沿っていなかったようで、親からは「賢い」と思われることはあっても「いい子」だとは思われていなかった。

 

もちろんどういう行いが教師や大人たちを喜ばせるのかも知っていたし、逆に何をすると怒られたり落胆されるのかも知っていた。

しかし喜ばせるために迎合する気はなかったし、神経を逆撫でしてやろうという気もなかった。

 

私がいい子であるというのは、「理性」によって選ぶべき行動と「感情」が欲して選んだ行動が幸運にも一致し、大人たちの期待にかなう行動になっていただけの話だった。

常に「感情」が主で、「理性」が従であるのは今も昔も変わっていない。

 

「感情」と「理性」を同期させるつもりで動いていないので、ときに社会通念から逸脱する行動も当然しばしばあった。

 

高校は1年で100回以上遅刻したし、海外に行けば一人でスラム街を見に行き危ない目にも会うし、その辺に自生していた育ちすぎた筍を食べてお腹を壊したこともある。

高校の部活で友人らと熱した金属で焼印を入れあってたのを見られた際には周囲に引かれたが、当時はその反応を面白がってさえいた。

 

中学の時には教師へのいたずらに加担したとして複数名で呼び出されたが、学年主任は私が加担者に含まれていることにひどく驚いていた。珍しいことだったので、私に魔が刺したと思っていたようだった。

しかし私からすれば教師側が勝手に「いい子」だと勘違いしていただけであり、普段と何も行動が違っていたわけではない。むしろ驚いているところを見て「何も分かってないんだな」と思っていた。

 

今思えば、自然と「こうしたい」という感情が社会通念と似通っていたのはとてつもない幸運だった。

小さい頃から「いい子」として褒められ続けたおかけで無尽蔵の自己肯定感を手に入れることができたし、自然体のままで社会のなかで過ごすこともできる。

たくさん苦手なことがあるなかでもそこまで苦労せずここまでこれたのも、先天的なこの幸運のおかげだったのだろう。

 

思うままに生きても大きく規範からズレることはないと分かっているので、好きなように生きて、ちょっと道から外れすぎたなと思った時には軌道修正してこれからも生きていこう。