本と絵画とリベラルアーツ

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【パリ5泊灼熱旅行 #4】私がいるところ、それが地上の楽園だ

気象庁は2025年7月を1898年の統計開始以降の7月でもっとも暑い7月であると発表した。

8月5日には群馬県伊勢崎市で国内観測史上1位となる41.8℃を観測。連日の酷暑に耐えかね、友人と向かった先はこれまた記録的な猛暑にあえぐパリであった。

 

【パリ5泊灼熱旅行 #4】 私がいるところ、それが地上の楽園だ

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パリディズニーの怒涛の2日間が終わり、再びパリ市内の観光に戻った。

 

Cafe de Floreでクロックムッシュを

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この日はサルトルやボーヴォワールら実存主義者たちの拠点にもなった歴史あるCafe de Flore(カフェ・ド・フロール)を訪れた。

 

気持ちよく晴れていたためやはりテラス席が人気のようで、朝9時に訪れたときにはすでに7,8割方のテラス席が埋まっていた。私たちはゆっくり食事を取りたかったので中を使わせてもらうことにした。

 

屋内1階は赤のソファが並んだ気品ある雰囲気で、レジ横の階段から行ける2階にはお手洗いとテーブル席がある。壁にはたくさんの文化人の写真が飾られており、このカフェが文化の中心にであったことを感じさせてくれる。

 

クロックムッシュやここでもホイップクリーム付きのチョコレートドリンクとクロワッサンをいただいた。

パリにいる間は甘いものや脂っこいものが多かったので、クロックムッシュは久々にらしい食事で美味しかった。

 

東京のカフェ(というかコーヒーショップ)は険しい顔でラップトップを広げた人ばかりのところが多い中、パリでは市民が普通の生活の中にこういった優雅なカフェ時間を持てているのだなと羨ましく思った。

 

2階のお手洗いはチップ制(ただし見張りは仕事をしていない)なので、行く時にはいくらか小銭を持っていたほうがよいだろう。

 

 

私がいるところ、それが地上の楽園だ

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次に訪れたのがフランスの偉人の祀った墓所であるパンテオンである。

あまり調べないで行ってしまったが、着いてから予期せず2度興奮させられた。

 

1度目は建物に入った瞬間で、その巨大で豪壮なつくりと四方の壁にかけられた大きな絵の迫力に圧倒された。その驚きは東大寺の大仏を初めて見た時と近いものがあった。

 

2度目はパンテオンの地下、偉人たちの棺を見た時である。正直行くまでは、墓なんぞ見て何か感じられるものなどあるのかと懐疑的な部分がかなりあった。本人に会えるわけでもなければ一級の美術品でもないただの棺桶が心に触れる瞬間があると思えなかった。

 

しかし静かな地下に降り、少しひんやりした墓地空間で実際にヴォルテールやキュリーらの棺を見て180°思いが変わった。

ただ名前の彫られた箱があるだけなのに、棺を見ていると故人と繋がったような不思議な感覚につつまれ、なんとも厳かで落ち着いた気分になる。

 

名画と呼ばれる絵を間近で観ていると、かつて自分観ていると同じ位置に画家が立っていて時代を超えて重なっているという一体感が得られることがある。

同じ距離から絵を観ていると、当時画家はこんなことを思いながらこの絵を描いていたのかなと思いさえ重なっているように感じられる。

 

棺を見ている時、当然本人は棺の中にいるので重なることはないはずだが、絵を観ているときと同じ神聖な気持ちになった。

 

 

ノートルダム大聖堂

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パンテオンからパリ大学名前を通りシテ島に向かった。

幸か不幸か天気がすこぶる良かったため汗は止めどなく流れ続け、何度も途中の給水スポットで空になったエビアンのペットボトルに水を補充した。

 

パリ大学とシテ島の間のエリアは多国籍な雰囲気が漂っており、パリの中心にしては珍しく様々な国の料理屋を見かけた。

またオタク的なお店も多く、日本の漫画を売る店やアニメのフィギュアやポスターもよく置いてあった。

 

橋を渡りシテ島に入りひと区画中に入った時、大きな大きなそれが突然現れた。数年前に焼け落ちたノートルダム大聖堂である。

 

ノートルダム大聖堂が目に入った時まず感じたのは大きいでも美しいでもなく、「本当にあったのか」という感動であった。

ディズニー映画や劇団四季からのみノートルダム大聖堂をイメージを得ていた私にとってノートルダム大聖堂はノアの方舟やバベルの塔といった「物語のなかのもの」というイメージが強く、実在するという事実そのものに強烈なインパクトを与えられた。程度は全く違うが、トロイ遺跡を見つけたシュリーマンもこういった気分だったのかなと思った。

 

近づいてみるとただ大きいだけでなく精密であり、壁には無数の聖人が、そして頭上の遥か彼方にはガーゴイルたちが周囲に睨みをきかせていた。

 

正面の広場にはせわしく写真撮影する観光客と、中に入るための長蛇の列ができていた。

事前に入場予約をしておくと列に並ぶ必要がないため、行く場合には必ず予約しておいたほうがいい。もし予約がなければ引き返していたかもなと思うほどには並んでいた。

 

中に入ると『ノートルダムの鐘』で観た通りの光景が広がっていてまた感動した。

正面から見た時にはわからなかったが大聖堂内はかなり奥行きがあり、太い柱に挟まれた通路を歩くと神聖さと圧迫感がある。

有名なバラ窓のステンドグラスは美しさと凄みが共存しており、曼荼羅のような印象を受けた。このステンドグラスは火事による消失から免れたようで、これだけすばらしい傑作が人類の元に残ってくれてよかったと心から思った。

本当は尖塔に登ってみたかったが、修復後まだ公開されておらず登ることはできなかった。

 

ノートルダムを出た後シテ島を少し散歩していると、にわか雨が降ってきた。ちょうどタイミングよくハーゲンダッツでお茶をしていたので困ることはなかったが、ふと外を見るとフランス人は傘をさしていないことに気がついた。話には聞いていたが本当に雨でも傘をささないんだなと感心するとともに、服や髪はいいとしてもスマートフォンは大丈夫なのだろうかと少し心配になった。

 

 

マレ地区でショッピングとティータイム

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午後は買い物とティータイムのため商業地域であるマレ地区を散策した。

 

ほかのエリアは洗練されている雰囲気が多かったが、マレ地区は新しいお店や若者向けのお店も多く活気があるように感じられた。

広告をペタペタ貼ったようなお店があまりないのでチェーン店でもおしゃれに見える。東京も紋切型のお店だけでなくもっとこういう雰囲気ならいいのになと感じた。

 

一方東京にあってパリにないのがいつでも行けて清潔なトイレである。東京にいれば、外でもよおしたとしても近くの商業ビルにでも入ればいつでも綺麗なトイレを使えるが、パリの街ではそうではない。基本的に公共のトイレはなく、カフェやレストランに入った時についでに使うしかない。

 

この時も途中トイレに行きたくなったが近くのお店はとてもトイレを貸してくれそうな雰囲気でなく困った。ホテルまで我慢するという方法もあるが、それも厳しそうだ。

ちなみにノートルダムの鐘の前の地下にもチップ制のトイレがあったが、地下に続く階段を覗き込んだだけで蠱毒でもやっているのかというほどの異臭が立ち込め、早々に利用を諦めた。

この際パチンコでもいいから商業ビルないかと探すと、たまたま紳士ブランドが複数入った3階建てのビルを見つけることができた。中にはポールスミスやBOSSといったグローバルブランドが入っており、デパートの紳士会のようなラインナップであった。

最上階にトイレはきれいで、無事目的は達せられた。

 

一通り買い物を楽しんだ後はパリに本店のある紅茶屋でお茶をすることにした。

目的のMariage Frères(マリアージュ フレール)は銀座など東京にもある人気店で、本店はパリ・マレ地区にある。本店も規模はそこまで大きくなく、外観・内観ともに銀座と似た感じであった。

 

紅茶(マルコポーロ)とデザートのセットを注文し、ワゴンからデザートを選ばせてもらう。かわいいケーキがずらりと並んだワゴンはいつ見てもテンションが上がる。見た目だけでは味の見当がつかないので、とにかく直観に任せて気に入ったを選んだ。

ワゴンから席に戻りがてら店内を見渡すと、お客さんも観光客というよりかは若い友人通しや老夫婦など、普段からお茶に利用していそうな人が多かった。なんとも優雅な暮らしである。

紅茶は華やかで甘みがあり美味しかった。

 

 

土砂降りクルージング

太陽が夕日に変わるころ、といっても20時ごろからシテ島を発着点とするセーヌ川クルーズを予約していたので足早に向かった。

クルーズは食事なし英語ガイド付きで3,000円ほどだったと思う。

 

船着き場に着くとすでに乗船待ちの列ができており、景色の見やすい両端の席から順に埋まっていっていた。出遅れた私たちはとりあえず中央の席に腰掛け、定刻通りに船は出発した。

 

ガイドは大学生くらいの男性が担当していた。日本のガイドによくあるアナウンサーのような感じとは異なり、楽な体勢で地方から出てきた地元の友人を案内するようなラフな口調がなかなか癖になる。

 

船が出発してから10分ごろ、雲行きが怪しくなりだした。乗客がガイドそっちのけで空を心配していると次第にパラパラと雨が降り出し、あっという間にザーザー降りへと変わっていった。雨は金属のイスに溜まりはじめ、床もイスもびしゃびしゃだった。

雨がつよくなると乗客は後方の屋根のあるエリアに移動していき、私たちの周りはガラガラになっていた。残っていたのは小さな傘にしがみつく私たちと、すっかりあきらめたフランス人のおじいさんくらいだった。

私たちも一瞬屋根のエリアに避難してみたが、雨が横からも吹き込んでくるためとうとう観念すると吹っ切れて席に戻り景色に集中することにした。

 

雨は激しかったが、幸いにも天気雨だったため景色はよく見ることができた。下からのルーブル、下からのノートルダム大聖堂。雨でも船から見たパリの街は美しかった。

 

船が進み、乗客が待ち望んだエッフェル塔に差し掛かろうとしたとき思いがけない幸運が訪れた。この幸運に初めに気が付いたのは別の乗客だった。その乗客が感嘆の声をあげ指をさすと、みながその方向にくぎ付けになった。

雨が止み、エッフェル塔に大きな虹がかかったのだ。

 

今回の【パリ5泊灼熱旅行】シリーズの頭に使っている画像はその時の瞬間を切り取ったものである。

エッフェル塔、パリの街、幸せそうな老夫婦がひとつに収まったその写真は、自画自賛してしまうほど完璧だったと思っている。パリとは何かと問われればこれであると言えるほど、みごとにパリを切り取ることができたと自負している。

この虹をみて、またこの写真を撮れ、やはり私はツイていると、改めて確信した。

 

シテ島を一回りし船が再び発着場所に戻ってきたとき、私たちを待っていたかのようにちょうど日が暮れやっとパリにも遅い夜が訪れた。

 

 

煌めくエッフェル塔

このすばらしい日の締めくくりに、私たちはもう一度エッフェル塔を見に行くことにした。

エッフェル塔は夜22時から25時の間点灯している。せっかくなのでトロカデロ広場から点灯の瞬間と消灯の瞬間を見てやろうと思ったのだ。

 

点灯の22時までは時間が迫っていたので、グーグルマップを頼りにメトロを使い早足で広場に向かった。しかしこのとき妙に浮かれていた私たちは初歩的なミスを犯す。

 

トロカデロ広場ではなく、コンコルド広場に向かってしまっていたのだ。

ミスに気がついたのはすでにコンコルド広場近くの駅に着いてからだった。メトロの駅から地上に出た時、いやに厳重な警備体制がしかれており、よくよく確認するとアメリカ大使館だとわかったとともに、ここがトロカデロ広場でないことが判明した。

しかし点灯まではすでに10分を切っており、今更移動することは不可能だった。改めて地図を確認するとなんとかコンコルド広場近くの川岸からもエッフェル塔が見られそうだとわかり事なきを得た。

 

点灯を見た後おなかも空いたので地元の若者に人気のステーキハウスで夕飯を取った。

大味気味ではあるがコスパがよく、ずっと食べたかったエスカルゴも食べることができ満足だった。

 

夕食後今度は確実にトロカデロ広場に行くと、同じく消灯を待つ若者でにぎわっていた。

広場ではストリートミュージシャンがエド・シーランなど有名な曲を演奏し、周囲の人々も一緒になって熱唱していたのが印象的だった。

 

無事消灯を見届けるとメトロでは遠回りしないと帰れない時間になっていたため、Uberでタクシーを拾って帰宅した。どうもこの時間のトロカデロ広場はタクシーのカモのようで、すぐに配車され変えることができた。運転は荒かった。