映画『海がきこえる』

感想
2024年の渋谷Bunkamuraでのリバイバル上演に続き、今年2025年も『海がきこえる』のリバイバル上映が行われている。
去年から上映劇場が大幅に増え今年は100以上の映画館で上映されていることから、この映画の根強い人気が伺える。私もこの映画が大好きで、ジブリ作品で一番好きな作品は何かと問われれば間違いなくこの作品を挙げる。
このブログで『海がきこえる』を取り上げるのは実は2回目で、昨年原作を読んだ際にも記事にしているのでよければ見てほしい。
※以下ネタバレ含みます
今回は地元の小さな映画館で見た。
始まってすぐにゆっくりした音楽「海になれたら」のBGMとやわらかいタッチの絵柄に引き込まれて、ノスタルジーが止まらない。終始頬がゆるみっぱなしで見ていた。
なんといってもこの作品の魅力は気の強くワガママな里伽子とそれに振り回される拓の関係である。
ワガママといっても末っ子のような無邪気なワガママではなく、あくまで里伽子の中では筋が通っており、幼いだけでなく強かさがある。
自分の信念に従って行動しているため、その障害があると「なぜわかってくれないのか」と周囲と摩擦を生むことがあり、これが甘えられる相手であればワガママというかたちで現れてくる。
例えばハワイでお金を落としたふりをして拓からお金を借りるシーンでは借りるまでは愛想よくしているのが、借りるとさっと立ち去ってしまう。これは一見すると不躾な行動に見えるが、里伽子視点では父のもとに帰るという大義の元の行動であり、単に外まで目がいっていないだけで本人は迷惑をかけているとは思っていない。
また拓と東京で同じホテルに泊まった朝には、気を遣って風呂場で寝ていた拓に対して「シャワー浴びたいからさっさと出て行って」と冷たく言い放つが、これも自分の用事で頭がいっぱいなだけで拓に対してなにか意地悪してやろうという気はさらさらない。ただお嬢様育ちなだけなのである。
一方で怒りから理不尽な言動も見られ、里伽子の中ではそれらは区別されていない。
久々に東京の父のもとを訪れた際、壁紙が父の彼女の趣味で緑に変わっているのを見つけた時には「私緑って大嫌い」とめちゃくちゃなことを言うのでつい笑ってしまった。
拓は拓で里伽子のワガママに振り回されることよしとしないように言っているが、心底そのように感じているわけではなく「ヤレヤレ」という感覚を楽しんでいる節もあり、ここにはとても共感でき、この共感こそが『海がきこえる』を好きでいる1番の理由なんだなとしみじみと感じた。
鑑賞手段が限られているため、毎回人生で最後かもと思いながらなんやかんや5,6回は見ている気がする。今回のリバイバル上映ももう一度くらい見られるだろうか。



