オススメ度:★★★★☆
民主主義に未来を予測する力はない。未来を見ることはできない。私には未来が見える。(p.10)
九段理江『東京都同情塔』
あらすじ
舞台は現代の日本から少しだけ別れたパラレルワールドで近未来。
ザハ・ハディドの新国立競技場が建設され、延期されることなく2020年に東京五輪が開催された世界線。
幸福学者マサキ・セトによって提唱されたホモ・ミゼラビリスのための居住施設として、新国立競技場と対になる形で、通称"シンパシータワートーキョー"が建てられようとしている。
ホモ・ミゼラビリスとはいわゆる受刑者のことで、マサキ・セトは彼らを同情すべき人々と定義し、彼らの権利と幸福のためにこの塔の計画を進めていた。
主人公の37歳の牧名沙羅はこの塔のデザインコンペに呼ばれている建築士で、この"シンパシータワートーキョー"という名前にひどく嫌悪感を抱いている。
この奇妙(?)な状況を牧名沙羅、彼女のお友達の美青年、アメリカ人のジャーナリスト、マサキ・セト、そして世間それぞれの目線を通して見ることで、違和感の正体に迫っていく。
感想
第170回芥川龍之介賞受賞作品。
1ページから虜にされる。好奇心を刺激され読み進めていくと、独特の文章のテンポにさらわれ一気に読まされていく。
普段文章を読むとき、ある程度共通したリズムで文章を読み、息継ぎをし、時に手を止めながら読み進めていく。
しかし本書のリズムは通常のリズムとまったく異なっており、息継ぎするタイミングをなかなか掴めないまま文章に深く潜ることを強いられる。強いられるといっても調子外れの駄文のような不快感は一切なく、異国の料理を初めて食べたときのような、新鮮な感動と好奇心が呼び起こされていく。
また牧名沙羅、友人の拓人、生成AI、ジャーナリスト、マサキ・セトでそれぞれ文体が異なりそれぞれの違いを楽しめると同時に、これを一人の人間が書き分けてると思うとその高い文学的知性に驚かされる。
自分自身の文体がどのようであるか同定するのさえ難しいのに、複数人を明確に書き分けるのがどれほど難しいかと想像もできない。
とにかくストーリーもさることながら、文章そのものを楽しむのにぴったりの作品だと思う。単なる言葉遊びではなく、文章の持つ可能性を大きく捉えている。
そうか、文章の面白みはこのようなものであったのかと再認識させられた。