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【芥川賞受賞作品】鈴木結生『ゲーテはすべてをいった』

オススメ度:★★★★☆

それは許されないことだった。今まで統一が学者として積み重ねてきたものを一遍に崩壊させかねないことだ。(p.93)

 

作者『ゲーテはすべてをいった』

 

あらすじ

独文学者・博把統一は自身の結婚記念日に娘に招待してもらった食事会で、偶然ティーバッグに書かれたゲーテのある言葉に出会う。

統一はその言葉の出典を調べるため全集をあたったり知人に頼ったりと静かに奔走するが、なかなか出所は見つからない。

ゲーテの言葉を探しというテーマを中心に、同じく学者であった統一の義父との思い出、ドイツ留学時の友人、娘、同僚との関係から統一という一人の学者が描かれている。

 

感想

2025年の第172回芥川賞受賞作品。

芥川賞作品をすべて読んでいるわけではないが、『ゲーテはすべてを言った』というなんだか高尚さを感じるタイトルに惹かれて手に取った。

このタイトルから主人公にゲーテ学者を置くのもセンスを感じる。


読み始めてまず目を引くのが作者独特の漢字使いの感性である。博把統一(ひろばとういち)や然紀典(しかりのりふみ)といった人名や、スマホを「済補」とする部分など随所にこだわりが感じられ、作者の世界があるのだと序盤からワクワクさせられる。


主人公である統一は教授らしく、激しく目立とうというタイプというよりかは黙々と己の道で歩みを進める人物である。

そういった人物像を全体で描きながらも、統一の心の中に密かに存在している激情が表現されているのがすばらしかった。

 

講師役として招待されたテレビ番組の収録のシーンがある(モデルはNHKの100分de名著?)。ここではゲーテ学者として任された仕事を淡々とこなしていく統一であったが、共演者であるアイドルの本音の前に、自ら学者としての禁を破り、本来口にする予定でなかった言葉がつと出てしまう。

その瞬間の統一の脊髄から脳までがほとばしるように熱くなる様子がありありと表現され、学者でありながら一人の人間である統一が描かれる様子に、読みながら手に汗をかいた。

大変よい読書体験であった。