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【新潮文庫の100冊】西加奈子『白いしるし』【あらすじ・感想】

オススメ度:★★★☆☆

そのダメージのたびに、私は体重を失い、動けなくなった。十代の頃のように、その土地から逃れることはしなかったが、魂が体から抜け、アフリカやヨーロッパや南極まで容易に飛んでいった。(p.22)

 

西加奈子『白いしるし』

 

 

 本書のエッセンス
・大人の恋愛小説
・強烈なのにしっくりくる言葉遣い
・女性作家ならではの身体性をもった文章

 

あらすじ

夏目香織はバイトしながら絵を描いている。結婚せず恋人もいないまま、今年32歳を迎えた。

ある日友人で写真家の瀬田に誘われ行った個展で『間島昭史』に出会う。彼の絵を気に入り、また本人にも直観的なものを感じるが、近付か過ぎないよう意識していた。

しかし少しの油断から、夏目はあっという間に間島という人間に沼っていく。

 

感想

夏目のような関西弁で話す、陽気ながら内部に激情を抱えた女性をみると、昔の友人を思い出す。

他人の前ではハキハキと話し、飲みに行けばオチのある話を何本も語ってくれた。スヌーピーが好きで、今もあるかわからないが当時中目黒にあったスヌーピーカフェへ一緒に遊びに行ったことがある。ミートソースパスタを頼んだところ、キャラクターカフェとは思えないほどの量に圧倒され、腹をパンパンにしながらなんとか食べきったのを覚えている。

常に異性からどうすればモテるかを考えていて、そのために化粧やおしゃれ、時には韓国まで行き美容整形も行っていた。整形時の麻酔では、虹色のイエスキリストが大量に踊っている光景を見たらしい。

明るい普段の性格とは裏腹に、失恋時やふさぎ込んでいるときには全く連絡をよこさず、メンタルが最低まで落ちると連絡先をすべて削除するようなこともたびたびあった。躁鬱であったのだろう。

2度ほど連絡を消された後もなんらかの方法でまた連絡先を交換し話していたが、2年前に3度目のブロックをくらってからはまったく連絡が取れなくなった。すっかり近況もわからなくなってしまったが、またどこかで話せるだろうという、根拠のない直観だけが残っている。

 

友人のことを思い出したのは、夏目の話し方のほかに西加奈子の書く文章にある身体性も関係しているように思える。

石原慎太郎は芥川賞の選考委員をしていたとき、小説における身体性の重要性をかたっていた。石原氏の身体性というのは主に男性らしさを内包した身体性に思えるが(石原氏は西村賢太を評価していたことからもうかがえる)、それに対し西加奈子の文章に表現されている身体性は圧倒的に女性のものである。

 

読んでいて、この文章は男性には決して書けないと感じた

書けないが、共感はできる。西加奈子の女性の身体性の色濃く反映された文章は、自分が女性になったと感じさせられるほどであった。

 

また西加奈子の文章は強い

言葉一つ一つが強烈でありながら、同時にしっくりくる感覚もあり、西加奈子の言葉に対する嗅覚、センスというものに驚かされた。

そのダメージのたびに、私は体重を失い、動けなくなった。十代の頃のように、その土地から逃れることはしなかったが、魂が体から抜け、アフリカやヨーロッパや南極まで容易に飛んでいった。(p.22)

 

夏目が失恋した時のこの文章を読んだときには、その衝撃に身震いした。身体は動かなくなり、魂は飛んでいく、それもただ飛んでいくのではなく、容易に。

 

オススメ度で星を3つにしたのは、小説が平凡であったというわけではなく、この小説を読んだときの自分の心情として、ドロッとした重みと質感のある文章を求めていなかったというその時の私の問題によるものだけである。

いたるところで西加奈子の小説は面白いと聞いていたが、この小説を読んで他の小説も読んでみたいと強く感じた。