オススメ度:★★★★★
西村賢太『苦役列車』
本書のエッセンス
・不条理な階級による差異が浮き彫りになっている
・身体性を帯びた迫力ある文章
あらすじ
中学を卒業するとそのまま家を出て、19歳になる今日まで東京で日雇い労働者として生きる北町貫多。
プライドが高くコンプレックスにまみれ、それでいて自制心がない貫多は日銭を貯めることなく安酒とたまの風俗に浪費する日々を送っていた。
その気質ゆえ親しい友人のなかった貫多であったが、ある日雇い労働先で同年代で専門学生の日下部という男と知り合う。
毎日顔を合わせ親しくなった2人は飲みに出かけるなど仲を深めていくが、階級の違いがもたらす差異が次第に不和を生んでいく。
感想
幾許か前、YouTubeで西村賢太と石原慎太郎の対談を見た。
石原慎太郎は西村氏の貧乏から生まれるコンプレックスや文章の身体性、飢餓的渇望が現代の作家にはいないユニークなものだと高く評価し、選考委員として芥川賞受賞を後押しした。この本の解説も石原氏が務めている。
人間味あふれる二人の対話は面白く、手触り感のあるリアルな貧困体験の話や、文芸のコマーシャリズム化に対する嫌悪感がとくに印象に残った。
石原氏が役人体質のエリートよりも、粗野性を帯びた西村氏のような人間が好きなのは、なんとなくわかる気がする。
この本で印象に残ったのは、階級分断の可視化である。現代に存在する階級のうちふたつを、貫多と日下部によって象徴している。
それぞれ労働者階級という面では同じだが、文化資本の違いにより分かり合えない程度には分断されている。
学歴も文化資本もなく、賃金を得る手段を日雇い労働者しかしらない貫多。家賃一万円ほどの最低限の部屋で暮らし、娯楽は安酒とタバコとたまの女しかない。
一方中流家庭で育ち、実家からの仕送りをもらい日雇い労働を社会勉強と割り切る専門学生の日下部。同年代の健全なコミュニティを有し、部屋も家賃6万と文化的な生活を送れる水準のところに暮らす。
彼らは同じほどの歳でありながら、常識や見えているものが全く異なる。異なっているが、そのことに気がつけない、理解ができない。
外見だけでは雰囲気程度の差しかなくとも、実際には違う国民ほどの差がある。
それゆえ次第に見えない差異に彼らは違和感を覚え、お互いに「合わない」と感じ始める。
私たちの多くは日下部と近い階級に属している。
高校あるいは大学を卒業し、初任給で20万前後の給料をもらい、特別な日には少しの贅沢をする余裕がある。
私たちは日下部同様、貫多たちの階級の存在は視界にすら入っていない。視界に入っていないので関心を持つこともない。
日下部も貫多の家賃を初めて知った時、文化レベルの互いに困惑している。
読者である私たちも、貫多という存在を通して今まで見えていなかった階級に気付かされ、衝撃を受ける。
この衝撃こそが本作が社会に与える最も大きな影響なのではないだろうか。