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稲垣栄洋『世界史を大きく動かした植物』

オススメ度:★★★★★

マヤの伝説では、人間はトウモロコシから作られたとされている。人間がトウモロコシを創り出したのではなく、人間の方が後なのだ。

 

稲垣栄洋『世界史を大きく動かした植物』

人類の歴史は、常に植物と共にあった。食べ物として、衣服として、貨幣としてそして麻薬として。

この本では史学、経済学、植物学、栄養学、気象学といった側面から多元的に植物と人類の歴史を考察している。

知的好奇心がくすぐられる良本。

 

進化のいたちごっこ

ダーウィンの進化論によれば、環境に適応できない動植物は自然淘汰され、その時々の環境に適用した個体が子孫を残し進化を遂げていった。

すると起きるのは環境に適応し進化した動植物に適応し、新たな進化が生じるという生命のイタチごっこである。

例えば、草原に植生するイネ科の植物と牛や馬の関係もその一つだ。

 

森林ではなく草原に植生するイネ科植物は、食べられないような工夫として葉から栄養をなくし、成長点を低くした。牛や馬は栄養のないイネ科から栄養を得るために、臓器を増やし発達させた。また多くの多量の植物を食べるために身体を大きくした。

 

食べられないよう進化したイネに対し、何としてでも食べるために牛や馬が進化している。短期的に見れば自然は均衡が取れているが、長い目で見るとゆっくり移り変わっていることがよくわかる。

 

単子葉類と双子葉類

生物は常に複雑な方向に進化していくだろうか。この問いに否定するのが単子葉類と双子葉類の例である。

単子葉類と双子葉類の違いは中学理科で習う。単子葉類はわしゃわしゃとしたひげ根を持ち、師管と道管はバラバラに位置している。一方の双子葉類は根が主根と側根に分かれており、茎には師管と道管が維管束という形で綺麗に配置されている。

一見すると単子葉類が原始的で双子葉類が洗練されているように見え、単子葉類から双子葉類に進化したように思える。しかし実際は逆である。

単子葉植物の構造は単純であるが、じつは単子葉植物の方が進化した形である。  単子葉植物の一枚の子葉は、もともと二枚だったものをくっつけて一枚にしたものである。また、形成層のようなしっかりとした構造は、茎を太くして、植物体を大きくするためには必要だが、それだけ成長に時間が掛かることになる。そのため、単子葉植物は、スピードを重視して、形成層をなくしてしまったのだ。

個が強くなることより早く成長するという戦略を変えたことで、単子葉類が生まれたという。感覚に反する面白い例だ。

 

経済と植物

生産し貯蓄できる植物は経済とも密接に関わっている。

種子は食べるだけでなく、保存することができる。保存しておけば翌年の農業の元となるが、残った種子は、人類にある概念を認識させる。それが「富」である。(中略)お腹を満たす食糧とは異なり、「富」は蓄積することもできれば、奪い合うこともできる。攻めては富を得ることもできるし、攻められれば富を奪われることもある。こうして、農業を行う人々は競い合って技術を発展させ、強い国づくりを行ったのである。 こうして農業は「富」を生みだし、強い「国」を生みだした。そして、技術に優れた農耕民族は、武力で狩猟採集の民族を制圧することができるようになったのである。

また日本においても、

どうして戦国武将たちは、こんなに熱心に水田づくりを奨励したのだろうか。じつは「コメ」は単なる食糧ではなく、「貨幣」そのものであった。

貨幣が統一されていない戦国時代には、「コメ」が一般的等価物として機能していた。そして織田・豊臣の時代を経て、徳川の時代に「コメ本位制」が確立する。「コメ本位制」になったことで、江戸時代の諸藩は新田開発を加速させる。すると米の価格が下がり(インフレが起こり)、経済が不安定化した。そこで登場するのが徳川吉宗である。

そこで、コメ将軍と呼ばれた徳川吉宗はコメの価格を上げるために享保の改革を行い、経済の立て直しを迫られるのである。

 

栄養の保管は人類共通のテーマ。日本人はコメを収穫して保管したが、寒冷なヨーロッパでは植物を家畜に食べさせることで栄養を保管した。しかし冬にはその家畜に食べさせる植物も無くなるため、屠殺して保存するしかなかった。この時

イネ科植物の茎や葉は人間の食糧とはならない。そこで、イネ科の植物を牧草として草食動物に食べさせて、動物の肉を食料とするのである。家畜は英語で「リブストック」という。これは「生きた在庫」という意味である。

 

ほかにもこの本には西欧人がジャガイモを「聖書に書かれていない植物」として忌避した話しや、サクラの語源が稲作に関連があるなど、面白い話が多く載せられている。

ぜひ週末の読書に。