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ポリコレで炎上した『ピノキオ(実写)』は面白いのか【感想】

オススメ度:★★★☆☆

2022年9月8日よりディズニープラスにて、実写版の『ピノキオ』が配信された。ゼペット爺さんをトム・ハンクスが演じている。

この映画は配信前から話題になっていた。というのは、アニメ版では白人であったブルー・フェアリー役として、黒人のシンシア・エリヴォがキャスティングされたために、過剰なポリコレだと騒がれたのだ。ちなみにアニメ版のブルー・フェアリーのモデルは、白雪姫のモデルにもなったマージ・チャンピオンだといわれている。

近年のディズニー作品や女性やマイノリティへの配慮が進んでおり、時折このような議論や批判が巻き起こっている。少し前に劇場公開された『バズ・ライトイヤー』でも女性同士のキスシーンが槍玉に上がり、放映禁止となる国もあった。

 

ポリコレへの配慮やキャスティングの是非が注目されることが多いが、最も重要なのは「面白いのかどうか」ということではないだろうか。いかなる信念によってつくられたにせよ、つまらなければエンターテイメント映画に意味はない。

この記事では『ピノキオ(実写)』を見た上での純粋な感想を述べている。なお実写版視聴前にアニメ版も見直してある。なお一部ネタバレを含む。

アニメ版の感想およびあらすじはこちら

www.artbook2020.com

 

『ピノキオ(実写)』

率直な感想と不要なキャラ

まず率直なところでは「映画として面白かったが、アニメ版よりパワーダウン」というのが個人的な感想である。

当然80年前よりは技術が進歩しているし、トム・ハンクスも申し分なかったが、大きく2つの面でアニメ版よりも面白さが損なわれていると感じた。

 

まず一つ目は不要なキャラの登場である。

ストロンボリに捕まったピノキオは、同じくストロンボリにこき使われる少女ファビアナと出会う。ファビアナはストロンボリもとで働きながらも、ストロンボリの劇団を乗っ取り新たな劇団を立ち上げることを目論む強かな人物だ。

せっかくの新キャラクターだが、特に物語には絡んでこない。あまりに役割がないので、正直キャラクターの女性比率を増やすために出したとしか思えない。そもそもアニメ版の時点でストーリーは完成されており、よほど大幅に改変しない限り新キャラクターの入る余地はない。新キャラクターを出すならば、それなりに意味付けを行って欲しかった。

 

全体的な迫力の欠如

二つ目が迫力の欠如である。

アニメ版の『ピノキオ』はかなり怖い。金の亡者のストロンボリ、詐欺師のジョン、ロバになる子供たち、ピノキオを飲み込む巨大クジラとそのすべてが迫力があり、見ている子どもたちに恐怖を感じさせる。そしてこれらの恐怖がハッピーエンドを迎えた時に安堵感を増幅させ物語を印象的なものにする。

しかし遠慮した表現とテーマの改変により、物語のポイントであった恐怖がかなり小さくなってしまっている。

表現としてはアニメ版で散々登場したタバコがなくなったことを始めとし、子どもに悪影響のあるシーンがだいぶ抑えられている。悪影響を恐れながら悪い子を描こうとするので、どうしてもパンチに欠ける。

また別の意味で表現が悪い点としては、クジラの描き方がある。アニメ版のクジラはただの大きなクジラである。これが実写版ではクジラに似たモンスターとして描かれている。触手のようなものが生え、セリフの中でも明確にクジラではなくモンスターだと言われている。

そもそも、クジラというのものは怖いものである。もっと言えば自然は本来的に恐ろしいはずである。名作と言われているハーマン・メルヴィルの『白鯨』やヘミングウェイの『老人と海』でも自然や動物が迫力のある姿で描かれている。

それにもかかわらずクジラをモンスターに変えてしまったというのは、自然に対する畏敬の念を失ったか、モンスターにしなければ迫力のあるシーンを描けなくなった技量の問題と言わざるを得ない。

 

またアニメ版では「悪ガキの改心」に重きが置かれていたのに対し、実写版では「ゼペットのピノキオへの愛情」がフォーカスしたことも、迫力の低下をもたらしている。

このテーマの改変により、ピノキオがそんなに悪い子ではなくなっている。

アニメ版で印象的なシーンに、ピノキオと一緒になって不良していた友達が、ロバになったことで発狂する場面がある。ピノキオはその様子を見て、同じくタバコやビールなど悪さをした自分もそうなってしまうのではないかと恐怖に怯える。

このシーンに迫力があるのはピノキオに感情移入している鑑賞者が、その発狂を我が事として捉えられていたためである。

ここでピノキオがいい子になってしまうと、鑑賞者にとって友人の呻き声、喚き声はすっかり他人事になる。他人事などなにも怖くはない。結果としてハッピーエンドになったときに「ああ、よかった」という安堵感も減り、見ごたえが損なわれる。

このような理由から、全体的な迫力の欠如を感じた。

 

総論としてはアニメ版の方が面白かったと思うが、ラストに関してはアップデートされていて素敵だった。あのラストのために実写化したと考えれば、それなりに意味のある実写だったといえる。