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【解説】村上春樹『1973年のピンボール』【感想】

オススメ度:★★★☆☆

しかしピンボール・マシーンはあなたを何処にも連れて行きはしない。リプレイ(再試行)のランプを灯すだけだ。リプレイ、リプレイ、リプレイ……、まるでピンボール・ゲームそのものがある永劫性を目指しているようにさえ思える。

 

村上春樹『1973年のピンボール』

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著者:村上春樹(1949~)

京都府京都市生れ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の声を聴け』で群像新人賞を受賞しデビュー。1987年に発表した『ノルウェイの森』は上下巻1000万部のベストセラーとなり、村上春樹ブームが起こった。2006年にはフランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞。主な作品に『海辺のカフカ』『1Q84 』などがある。

 

感想

夏らしい小説であったシリーズ(鼠三部作)前作の『風の歌を聴け』とは打って変わって、一貫してどんよりとした雰囲気の作品だった。他の村上春樹の作品でどんよりした空気を感じ取ったものには『ノルウェイの森』があるが、こちらは死の匂いが充満したようなどんより感で、今回の『1973年のピンボール』は秋が終わり、木々に残った葉が散っていくようなどんより感である。

そんな雰囲気の作品であるため自分自身が元気であるときにはあまり読み進める気にならず、少し嫌なことがあった日や、虚無感に襲われた時にちょっとずつ読み進めた。

 

この本を読んで私が読み取ったのは、「秋から冬へと変わる空気感」だった。

〈僕〉とピンボール、双子の関係や、〈鼠〉と女の子とジェイとの関係もすべてここに集約されるのではないかと思う。初めはストーリーを追いながら読もうとしたが、読み進めていく中で出来事の間の関係性を探すよりむしろ、それぞれの要素が総じて秋から冬への変化のメタファーだと捉えるのが正解だと個人的に感じた。

このように考え方を転換すると、季節感という抽象的なものをここまで長く、かつ正確に描写する村上春樹の力量に脱帽せざるをえない。私はこの頃自分の感じたことや思ったことをできるだけ文章に落とし込もうと努めている。もともとは要約に価値を感じていたが、むしろ主観の多く含まれる感想文の方が私自身の価値に繋がるのではないかと考えるようになった。しかし思ったことを書くのは想像以上に難しく、うまく書けたと思っても読み返してみると本当に言いたかったことから逸れてしまっていることが少なくない。

村上春樹は自身が感じた季節を、具体的な事象に落とし込んで一冊の小説として描いた。この壮大なメタファーは素人には書けない。村上春樹の文体や構成を苦手とする読者もいるかもしれないが、このような視点で読むと評価も変わるのではないだろうか。

今回は真夏に読んだが、11月の終わり頃また再読したいと思った。