オススメ度:☆☆☆☆☆
天才数学者ジョン・ナッシュの半生を描いた作品『ビューティフルマインド』
天才ゆえに苦しみ続けた壮絶な人生と、それを支える妻が描かれている。
主演は2000年公開の映画『グラディエーター』でアカデミー主演男優賞を受賞したラッセル・クロウ。当時37歳だったラッセルが、ナッシュの学生時代からノーベル賞受賞時代までを演じている。
この映画はアカデミー賞で作品賞、監督賞、助演女優賞、脚本賞を受賞した。
映画のあらすじ
1947年、第二次世界大戦が終結し米ソ冷戦が激化し始めたころ、ジョン・ナッシュはプリンストン大学の数学科に奨学生として入学した。
子どもの頃教師から「君の頭脳は2人分、心は半分」とまで言われたジョンは周りとは相いれず、授業も徒爾だとし出席しなかった。
ジョンは自分の頭脳を高く評価し、「この世の全てを支配できる真理を見つけ出したい」という野望を持っていたが、思うように結果が出ず次第にストレスに蝕まれていく。
苦しい大学時代を過ごしたジョンであったが、ルームメイトのチャールズにも支えられながらついに、ゲーム理論の中核をなす理論を生み出した。こうしてジョンはかねてより希望していた軍事施設であるMIT(マサチューセッツ工科大学)のウィーラ―研究所に推薦された。
教授となったジョンは相変わらず人嫌いで、授業もまともに行わなかった。しかしその中で生徒の一人であったアリシアと深い中になり、結婚して子供をもうける。
一方でMITに行ったジョンは、その暗号解読力を買われ軍の最高機密に関する任務も強要されるようになる。こうしたプレッシャーは彼をさらに追い詰め、ついにジョンの精神は崩壊していく。
軍の極秘の要請にも応えるようになっていたジョンは、ある日パーチャーと名乗る政府のエージェントから依頼を受け、市販の雑誌に隠された暗号を解読するようになる。
しかし次第にスパイに仕立て上げられたジョンは命の危険を感じるようになり、パーチャーに辞めたいと切り出すが、ソ連に売ると脅され絶望する。
ある日、数学会のゲストとして招かれたジョンは自身の講演中パーチャーの手先と思しき男たちを見つける。身の危険を感じたジョンは言うが早いか裏口から逃げ出した。
必死に逃げるジョンだったが、数には敵わず大学の出口で精神科医を名乗る白髪の男に捕まり、薬を打たれて気を失ってしまう。
目を覚ましたジョンは手足に枷をかけられていた。
暴れるジョンに精神科医の男はジョンに彼が精神病であり、彼が幻覚を見続けていることを告げる。ジョンは精神病棟に幽閉されることになった。
妻のアリシアは彼の正気を証明するため東奔西走したが、明らかになったのはジョンの数々の奇行だけであった。
どんなに探しても親友のチャールズもエージェントのパーチャーも見つからなかった。彼らは全て、ジョンの見ていた幻覚であった。
ジョンは病院で10ヶ月にも渡るショック治療の後、自宅での投薬療養となった。
一時は症状も落ち着いてきたが、薬を飲んで頭の回転が鈍くなることを嫌がったジョンはアリシアに渡された薬を飲まずに隠すようになった。
再び幻覚を見始めたジョンは、パニックに陥り妻アリシアに危害を加えてしまう。危険を感じたアリシアは子供を連れてジョンの元から逃げ出そうとする。
その時、ジョンは幻覚の中のチャールズの姪っ子が何年も歳をとらずに姿を変えていないことに気付いた。
こうして彼は自分が統合失調症であることを受け入れた。
自分の病気を認めたジョンはストレスの少ない環境で過ごすことを勧められ、母校であるプリンストン大学の図書館で過ごすようになる。
始めのうちは幻覚に苦しみ、周囲をざわつかれることもあったジョンだが、症状は次第に落ち着いていった。
図書館に長くいるうちに慕ってくる学生も現れ、一角で小講義を行うようにもなった。
この様子を見た学生のころのライバルの計らいもあり、ジョンは大学教授として復帰することができた。
妻の献身的な支えによって長い闘病を乗り越えたジョンは、1994年 ゲーム理論の発展を讃えられノーベル賞を受賞した。
授賞式では妻への感謝を述べた、
“数を信じてきました”
“解を導く方程式や論理を”
“生涯を数にささげて…”
“いまだに問い続けています <論理とは?>”
“誰が解を決める”
“私の探求は自然科学や哲学 そして…”
“幻覚にも迷い…”
“戻りました”
“そして行き着いたのです”
“人生最大の発見に”
“愛の方程式の中にこそ 本当の解があるのです”
“今の私があるのは…”
アリシアの方を見て
“君のお陰だ”
“妻こそが私のすべて”
“ありがとう”
引用元:映画「ビューティフル・マインド」(NHK-BS2)の字幕より、心に響く言葉を集めて:心のカフェショップ:So-netブログ
映画は今でもジョンがプリンストン大学へ通っているというナレーションで締めくくっている。
天才ジョン・ナッシュとは
ナッシュという名は世間ではあまり広く知られていないが、経済学をかじった人間なら知らないものはいないほど著名な人物である。
若くから頭角を現し、大学の推薦状には「この男は数学の天才である」とまで書かれている。
数学界、経済学界に数々の輝かしい功績を残してきたが、その中でもやはり際立っているのがゲーム理論にナッシュ均衡という概念をもたらしたことである。
ナッシュ均衡はナッシュがプリンストン大学の博士課程在学中に書かれた論文に含まれていた概念のひとつで、この時ナッシュはわずか22歳であった。
ナッシュはこの功績をたたえられ、他二人とともに1994年ノーベル経済学賞を受賞している。
ナッシュ均衡とは非協力ゲームにおいてどのように振る舞うのが最適かというのを示している。簡単に言えば競争相手の存在するゲームにおいて、相手の行動を予測しながら自分の行動を決めるというふうにお互いが動くことを想定している。
ナッシュ均衡は身近なやりとりから経済学や生物学、外交分野にまで応用され、現在でも発展を続けて支持されている。
数学にとどまらず、社会全体に影響を及ぼした天才数学者ジョン・ナッシュであったが、残念なことに2015年5月23日夫婦で乗っていたタクシーで事故に合い帰らぬ人となってしまった。
人類にとって大変な損失であるが、ナッシュの仕事はこれからも社会のなかで生き続けることとなるだろう。
ナッシュの病気の正体とは
ナッシュの患った精神疾患の正体は統合失調症である。昔は精神分裂症とも呼ばれた。
WHOの発表によると生涯のうちにかかる割合は0.7%で、100人に1人近い割合で発症する身近な病気であるといえる。10代後半から20代に多く、男性の方が発症しやすいとされている。
主な症状は幻覚と妄想。
統合失調症の幻覚の妄想の特徴として、自分でない誰か他人が現れ自分に対して負の影響を与えてくる。現実と幻覚の区別のつかないことが多く、他人に指摘されてもなかなか理解するのが難しい。
また普通ではありえないような妄想を信じて疑わなくなる。
作中ではナッシュが自分のことを世界でも最重要人物だと信じるようになり、病棟で錯乱を起こした。
発症の原因はわかっておらず、進学や就職など環境の変化がトリガーとなることが多いと考えられている。
難解な病気ではあるが、現在では早期発見早期治療によって多くの患者が回復するようになっている。
主な治療法は投薬とカウンセリングで、現在では作中にあったようなインスリン注射によるショック療法は行われていない。
映画の感想
現実と幻覚の区別に苦しむジョンを見て、前に読んだ藤原正彦の『国家の品格』を思い出した。
統合失調症と診断されたジョンに対して、妻アリシアが「現実と幻覚との区別をつけるのは心だ」と励ますシーンがある。
ジョンは自分の論理が正しいことを信じて疑わず、妻の忠言をなかなか飲み込むことができなかった。
たしかにジョンは天才であった。
たしかにジョンの論理は精到であった。
しかしどんなに優秀な脳みそを持っていたとしても本物とニセモノの区別がつかなければ意味がない。
同時に、いくら論理が緻密で正確なものだったとしても前提が間違っていたら結論も明後日の方向に向かってしまう。
論理の起点である前提は論理では導くことができない。
藤原教授はこの問題点を指摘した上で、前提を批判するのは情緒だと言った。
ここでの情緒とは心である。
野に咲く一輪の花を美しいと感じ、慈しむことのできるのが情緒である。
心を半分しか持たないジョンには情緒が理解できなかった。
プロポーズを前にたじろぐジョンに対してアリシアがかけた言葉をとても気に入ったので紹介する。
ジョン「僕らの関係は一生続くという証拠が欲しい
信頼できる経験的データを」アリシア「証拠?経験的データ?
いいわ、それじゃ宇宙の大きさって?」「無限だ」
「なぜ分かるの?」
「データがある」
「未証明よ、目で確かめていもいない」「でも信じている」
「愛もそれと同じよ
でも あなたに分からない答えは
私が”イエス”と言うか」
引用元:映画『ビューティフルマインド』字幕primeビデオより一部抜粋
論理で解決できない問題の前に困惑しているジョンに対してアリシアが心を教えている美しいシーンである。
人間わからないことは信じるしかない。そして情緒を育み心を豊かにするということは、何を信じるか決めるということなのだ。
この映画は天才の苦悩と心で考える大切さを教えてくれた。