本と絵画とリベラルアーツ

※弊サイト上の商品紹介にはプロモーションが使用されています

【今この瞬間を生きろ】岡本太郎『自分の中に毒を持て』

オススメ度:★★★★☆

ほんとうに生きるということは、自分で自分を崖から突き落とし、自分と戦って、運命をきりひらいていくことなんだ。(p.33)

 

岡本太郎『自分の中に毒を持て』

 

 本書のエッセンス
・岡本太郎が生き方について語った本
・ただ「尖れ」と言っているわけでなはい
・今この瞬間を生きろ

 

二つの生き方

この本を読む前、タイトルから勝手に「尖って生きろ」というメッセージかと思ったが、実際には全く反対のことが書いてあった。

 

岡本太郎は大阪万博('60)の「太陽の塔」で知られる芸術家で、「芸術は爆発だ」という言葉もよく知られている。

その岡本の著作の代表作がこの『自分の中に毒を持て』である。

 

この本で繰り返し主張されているのは「生き方には2つある。<相対的な生き方>と<絶対的な生き方>である。そしてほんとうの生き方というのは<絶対的な生き方>だ」というメッセージに尽きる。

相対的な生き方というのは、価値基準を周囲や世間体にゆだねる生き方である。つまり相対的な生き方というのは他人の人生を生きるということで、ほんとうの生き方ではない。

岡本はこの相対的な生き方を<安全な道>と表している。

 

絶対的な生き方

一方で岡本が<ほんとうの生き方>と語っているのが<絶対的な生き方>である。

<絶対的な生き方>とは今この瞬間瞬間を生きる生き方である。未来に期待の前借をしたり、過去の功績に執着したりしない。この瞬間に情熱を注ぎ一生懸命打ち込むことで、生きがいが生まれる

 

本書冒頭の

人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。(p.11)

とはこの過去に執着しないことを指している。

 

また未来についても

"いずれ"なんていうヤツに限って、現在の自分に責任を持っていないからだ。生きるということは、瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。(p.58)

と話し、今この瞬間に情熱を傾けることこそがほんとうの生き方だと語る。

この未来に期待することの危険性については、水野敬也『夢をかなえるゾウ』でも同様のことが書かれている。

www.artbook2020.com

 

しかし、このような絶対的な生き方を実現できている人というのは少ない。なぜならば絶対的な生き方は苦痛や苦悩を伴うからだ。

しかし、人間がいちばん辛い思いをしているのは、"現在"なんだ。やらなければならない、ベストをつくさなければならないのは、現在のこの瞬間にある。それを逃れるために、"いずれ"とか"懐古趣味"になるんだ。(p.58)

 

苦痛の根源はまぎれもなく目の前の現実である。そしてこの現実は外的なものと内的なものの2つに分けることができる。

外的なものとは、人間関係のしがらみであったり、会社からのノルマであったりといった生きていく上で必ずである問題である。

 

そしてもう一方の内的な現実とは<未熟で不完全な自分>である。

自分が頭が悪かろうが、面がまずかろうが、財産がなかろうが、それが自分なのだ。それは"絶対"なんだ。(p.62)

自分が未熟で不完全だと思い込むと、自信をなくしモチベーションが下がってくる。しかしそもそもこの考え方は違っている。なぜなら人間とは誰もしもが未熟であるからだ。

自分が未熟であることを100%受け入れることができない限り、内的な現実から逃れることはできない、生きる力が湧いてこない。自分が未熟だからチャレンジできないというのは、岡本に言わせれば甘えにすぎない。

未熟な自分を認めるということは、ある種肥大化した自己に対し否定を突きつけることになる。これはとても辛いことである。

しかし自己否定し情熱を燃やさぬかぎり<絶対的な生き方>にはたどり着けない

 

岡本は禅宗のある講演の中で以下のように語っている。

「道で仏に逢えば、仏を殺せ」とあるが、実際に京都の街角に立つと何に逢うか。仏ではなく己自身である。己に逢い、己を殺さねばならない。

「道で仏に逢えば、仏を殺せ」の仏とは仏の教えのことで、学びの過程で教えが間違っていれば教えを手放せをいうことを意味している。つまり己に逢えば己を殺せとは、過去の自分を手放せ=自己否定せよといっている。

 

岡本はどのようにしてこの生き方に至ったのか。

岡本は25歳の時、単身渡ったパリである命題について考えていた。

しかし、社会の分業化された狭いシステムの中に自分をとじ込め、安全に、間違いない生き方をすることがほんとうであるのかどうか、若いぼくの心につきつけられた強烈な疑問であった。(p.19)

 

すなわち相対的な生き方に違和感を覚え、どのように生きればほんとうなのかをひたむきに考えていた。そして思いつめた中入ったある映画館で、ふと真理と邂逅する。

・・・そうだ。おれは神聖な火炎を大事にして、まもろうとしている。大事にするから、弱くなってしまうのだ。己自身と闘え。自分自身を突きとばせばいいのだ。炎はその瞬間に燃え上がり、あとは無。ー爆発するんだ。(p.218)

 

神聖な火炎=アイデンティティを燃え上がらせるためにはどうすればよいのか。その道はただ一つ、厳しい道=絶対的な生き方に身を投じることだと岡本は気が付いた。

そして瞬間瞬間の分岐について常に厳しい道を選び、自己否定し、情熱を燃やすことで星のように生きがいが生まれ、無目的に人生が「爆発」する。

 

生きるということは本来無目的・非合理である。これを科学主義・合理主義で割り切ることはできないし、そんなことをしようとした結果が現在の人生が疎外された状況である。

 

岡本の<ほんとうの生き方>というのは、神谷美恵子の「生きがい」と本質的に同義である。

www.artbook2020.com

 

冒頭で「尖って生きろ」は誤りだと書いたが、これは尖って生きる=差別化すること自体が周囲との相対的な発想であり、絶対的な生き方とは反対であることがわかる。

生きた実感を味わうには<ほんとうの生き方>を追求する必要があると感じた。

 

 

【名著】山口周『外資系コンサルが教える プロジェクトマネジメント』【炎上しないプロジェクト】

オススメ度:★★★★★★

つまりプロジェクトというのは、一種の「作品」だということです。(p.85)

 

山口周『外資系コンサルが教える プロジェクトマネジメント』

 

 

 本書のエッセンス
・PMとはPJTという作品をつくるこの上なく面白い仕事
・炎上しないプロジェクトには特徴がある
・PJTの成功基準は期待値を超えたかでありPMが全結果を背負う

 

炎上しないプロジェクトの特徴

山口氏はこれまでプロジェクトで炎上したことがないという。

その秘密はプロジェクトの"目利き"にある。

山口氏の目利きによれば、炎上しない(あるいはしないために必要な要素として)プロジェクトには以下のような特徴・工夫がある。

① 目的が明確かつ共有されている
② 質・量ともにリソースに余裕がある(期待値)
③ 円滑なコミュニーケーションが図られている
 

目的は明確か

目的が不明確なプロジェクトはポシャる可能性が高い(p.15)

筆者がこの本の冒頭に置き、最もプロジェクトにおいて重要な要素だと思われるのが、「目的」である。

 

目的が明確かつ共有されていることは、プロジェクト運営における複数の利点に関わってくる。

まず一つ目は迂回策をオプションとして持てる点。

目的が明確になっていると、プロジェクトの途中で障害が発生した場合に迂回路をとることができる。手段が目的化したプロジェクトでは別の手段に切り替えることができず行き詰ってしまう。

二つ目はメンバーが意思決定する際の羅針盤になること。

メンバーが個々の問題に対応するにあたり、目的の共有がなされていない場合方向感を統一できない。このような状況では、メンバーの決断は経験や肌感にゆだねられることになり、PMが都度方向感の確認を行わねばならない。

三つ目はメンバーのモチベーションに作用すること。意義がない仕事に情熱を見出すことは難しい。

 

目的を明確化しメンバー間の間に定着させることは、プロジェクトリーダーのプロジェクト全体を通して重要な仕事である。また目的を読み誤らないよう、プロジェクトオーナーと認識合わせを行い言質を取っておくこともまたポイントになる。

 

 

期待値をコントロールする

筆者は本書の中で繰り返し期待値コントールに触れている。

なぜこれだけ期待値を重視するかと言えば、期待値はプロジェクトの成功に関わる重要な要素だからである。

プロジェクトの成功とは何かという問いに対し、筆者は

結論から言えば、関係者の期待値よりも高い結果に終われば「成功」であり、関係者の期待値よりも低い結果に終われば「失敗」なのです。(p.72)

と答えている。

つまり期待値のコントロールはプロジェクト間を通して常に気を配っておく必要がある。

 

理想的な期待値の推移としては、始め期待値の低いところからスタートし、進行するにしたがって徐々に上がっていき、最終成果物が初期の期待を超えるところに着地するのが望ましい。

そのため初期段階ではプロジェクトオーナーの期待値が上がり過ぎないように努め、懸念点が場合にはなるべく期待値が下がるように早い段階で展開し、突然「やはり無理でした」とならないことが全体としても個人の評価の上でも大切である。

 

プロジェクトの成功だけでなく、PMとしてプロジェクト運営を楽しむ(自由に取り組む)ためにも期待値コントロールは大切である。

プロジェクトの進捗に不信感を持つと、マイクロマネジメントされたり過度な報告を求まれる可能性がある。プロジェクトの主導権を侵害されずに進めていくためには「あそこのプロジェクトは大丈夫だ」という安心感のイメージを序盤に植え付けておくことが重要である。

とりわけプロジェクト序盤において「貯金」をつくることは、ステークホルダーからの信頼の獲得のために有用である。

最初期のミーティングでは期待値を超え、「貯金」をつくる。(p.84)

 

期待値をコントロールする上でポイントとなるのが、「期間」「リソース」「成果物」の3点である。これらの見積を誤ると、相手の期待値とのズレが生じる。

こと「期間」「リソース」について、筆者はギリギリの1.5倍で見積もるようにしているという。

筆者の場合、基本的に「ギリギリこれだけあれば大丈夫だろう」という見積に対し、だいたい1.5倍程度を提示します。(p.67)

 

筆者は別の章でもリソースについて言及しており、人的リソースでいえば100%では不十分で、必ず100%超の状態でプロジェクトに臨むよう説いている。

プロジェクトメンバーの質と量が、プロジェクトが要求する水準に対しちょうど100%だと思われる時は、それをすんなり受け入れてしまってはいけません。「このメンバーでは戦えません。ぜひ○○さんをください」と交渉しなければならないのです。(p.25)

 

なぜここまで人的リソースに執着する必要があるのか。もっと言えば人的リソースに限らず自分のプロジェクト成功のために"わがまま"を通していかなければならないのか。それはひとえに、成功も失敗もあらゆるプロジェクトの結果がリーダーに帰属するからである。

成功も失敗も、リーダーの評価になる(p.25)

そうなったとき、メンバーに不足があったためにプロジェクトが上手くいきませんでしたは後からは通らない。プロジェクト発進の段階でプロジェクトメンバーの能力がプロジェクト遂行に対し100%以下であるならば(未満でなく以下)、多少言いにくいところがあろうとも上司にメンバー追加を要請せねばならない。

 

メンバー間のコミュニケーション

チームの中で流通する情報量が減ると、必ずといっていいほど、プロジェクトは危険な状況に陥ります。(p.103)

チーム内での情報流通量は、とりわけ大きく複雑なプロジェクトにおいて成功を左右する要素となる。情報流通量が少ないということは、話しにくい状況があることを意味している。小さくても重要な情報が共有されなければ、船に空いた小さな穴のように全体を飲み込んでいく。

 

話難さの原因は、情報を伝えたときの相手の反応が読めないことに起因する。長く一緒に働いている相手であれば、この情報を伝えたときどんな反応が返ってくるか想像がつく。

しかしまだ関係が構築できていない段階においては、反応の読めなさから情報伝達を差し控える可能性がありうる。

これを防ぐためにはプロジェクトの序盤において、「何を言っても否定されない」という前提を徹底させ、心理的安全を確保することが重要である。

また意見に限らず、メンバーが持つちょっとした違和感も早め早めに共有してもらうことが、後々のプロジェクト事故を防ぐ対策になる。

 

チーム内の話からは少し離れるが、プロジェクトに際し現場に協力を仰ぐ場合にはプロジェクトチームと現場は敵対しがちであり、またオーナーについても現場からの苦情を受けプロジェクトチームに圧をかけるような悪い相互関係が発生しがちである。

これを関係性の矢印方向を逆転させ、オーナーから現場に協力するよう圧をかけてもらい、現場がプロジェクトチームに助けを請う関係性がプロジェクト運営の上で望ましい。

 

感想

そのページを見てもクリティカルで目から鱗の連続であった。

本記事ではまとめなかったが、本書ではリーダーシップ論についてもページを割いて解説している。

この分野について解くに印象に残っているのが、下の2フレーズである。

リーダーシップは「嫌われること」と表裏一体の関係にあります。(p.175)

皆から自然とリーダーとされる人には、何か共通の特徴があるのでしょうか?

(中略)結局分かったのは「一番先に話し始めた人」だということです。(p.181)

 

リーダーとは何かということが端的に表されておりかつリーダーの素質を「なんだ、そんなことなのか」という一言で示している。

この「なんだ、そんなことなのか」という感覚がとても重要で、これまで複雑怪奇であったリーダーという幻想が一瞬にして小動物に生まれ変わったかのような感動を覚えた。

 

何より本書で衝撃を受けたのが、プロジェクトマネジメント自体のイメージである。

プロジェクトマネジメントとはこれまで単なる管理の仕事だと思っていたが、自分の作品だと視点を変えるだけでこんなにもワクワクするものだとわかった

プロジェクトマネジャーはとても楽しい仕事です。なぜ楽しいかというと、そのプロジェクトのオーナーシップを持てるからです。ゴールを描いて、そこに至るルートを設計し、チームの体制をデザインする。実はこれは建築家や映画監督がやっていることと同じで、つまりプロジェクトというのは、一種の「作品」だということです。(p.85)

ここの文章だけでも、この本を読む価値があったと思える。

 

 

【本の紹介】渋沢栄一『現代語訳 論語と算盤』

オススメ度:★★★★☆

「ソロバンは『論語』によってできている。だからこそ『論語』とソロバンは、とてもかけ離れているように見えて、実はとても近いものである」(p.13)

渋沢栄一『現代語訳 論語と算盤』

 

感想・まとめ

日本経済の父である渋沢栄一による、ビジネスマンの生き方が詰まった一冊。

ビジネスマンとして社会で成功を収めるためには、損得勘定だけではならない。成功には正しき倫理観が不可欠である。その倫理観のメタファーとして、『論語』を持ち出している。

 

逆境について

渋沢によれば、逆境は2種類に分別することができるという

①人にはどうしようもない逆境
②人がつくった逆境
①と②は換言すれば世の中の定数と変数ともいえる。
①人にはどうしようもない逆境に対し、万能な特効薬はないという。ただ唯一の策は「自己の本分」であると覚悟を決めることである。「人事を尽くして天命を待つ」とある種割り切ることとで心の平静を保つことができる。
 
一方の②人がつくった逆境については以下のように語っている。
これはほとんど自分がやったことの結果なので、とにかく自分を反省して悪い点を改めるしかない。世の中のことは、自分次第なことも多く、自分から「ああしたい、こうしたい」と本気で頑張れば、だいたいはその思い通りになるものである。(p.36)
上記よりビジネスマンの気質として自責思考がいかに重要であるかが分かる。

 

仕事に趣味を持て

仕事をするさい、単に自分の役割分担を決まりきった形でこなすだけなら、それは俗にいう「お決まり通り」。ただ命令に従って処理するだけにすぎない。しかし、ここで「趣味」をもって取り組んでいったとしよう。そうすれば、自分からやる気をもって、

「この仕事は、こうしたい。ああしたい」

「こうやって見たい」

「こうなったら、これをこうすれば、こうなるだろう」

というように、理想や思いを付け加えて実行していくに違いない。それが、初めて「趣味」を持ったということなのだ。わたしは「趣味」の意味はその辺にあるのではないかと理解している。(p.106)

ここでの「趣味」とは、目的意識と言い換えられる。

ただ単に与えられた仕事を紋切型にこなすだけでは仕事から生きがいは得られない。自分でその仕事の意味を見出し、創意工夫をもってそれに前のめりに取り組むことで初めて仕事が面白くなる。

「理解することは、愛好することの深さに及ばない。愛好することは、楽しむ境地の深さに及ばない」(p.108)

楽しんで取り組んだ者だけが、だれも見たことのない景色にたどり着ける。

 

最後に<十の格言>より特に気に入った言葉を紹介する。

声は、どんなに小さくても聞こえてしまう。行いは、隠していてもやがて明らかになってしまう。『説苑』(p.222)

S・スマイルズの『自助論』にも同様の言葉があった。弱ったときにこの言葉を思い出して頑張りたい。

 

 

【読書メモ】吉本隆明『共同幻想論』【国家はいかにして生まれるか】

オススメ度:★★★★☆

その統一する視点は何かといいますと、すべて基本的には幻想領域であるということだと思うんです。(p.27)

吉本隆明『共同幻想論』

 

 本書のエッセンス
・上部構造≒幻想領域=共同幻想+対幻想+自己幻想
・兄弟の<対幻想>が<共同幻想>に同致するとき共同体は国家となる

感想

正直2割も理解できていないが、将来の自分に向けての伝言としてメモを残す。

この本がなぜ難解かと言えば、文章構成が論点を軸に展開されていないためだと考えられる。現代の一般的な文章である主張・具体・補論・再主張のような構成をとっておらず、複数の複雑なテーマに対し全体が綜合して説明する形で記述されている。

したがって初見では各章のどことどこがどのように結合していくのかが見えないというのがまず難解である一点目の理由。

そしてもう一点が精神が分離(いわゆる現代の統合失調症)したような人物と自己・共同幻想との関係がいまいちつかめなかった。この点については現代とこの本が書かれた当時との統合失調症への見方に違いがあり過ぎるために、用語自体をうまく理解できなかったためだと思われる。

 

『共同幻想論』を読むにあたりとっかり無しは厳しいと判断し『100de名著 共同幻想論』を先んじて読むことととした。

こちらの本によれば吉本隆明は生涯を通じて以下の3つの課題に取り組んでいたという。

①敗戦による価値観の崩壊から復活
②信仰はどこからくるのか
③関係の絶対性

敗戦を通じて自己と国家の価値観の倒錯を目の当たりにした吉本は、「敗戦まで信じられていた価値観がなぜ信じられていたか」というラディカルな課題と直面する。そうした本源的問いの中から、この『共同幻想論』は生まれた。

 

国家の起源の思索から下部構造を捨象して、関係性(対幻想 - 共同幻想)から論理立てていく過程は目新しく映りとても興味深かった。ただただ自分の力不足がもどかしい。

 

各章の概要メモ

〇禁制論

閉鎖的な共同体において、現実と幻想の区別がつかなくなったところに禁制(タブー)が生じる。

 

〇憑人論

入眠幻覚特性を持つ人物によって<共同幻想>の物語は伝承されてきた。

 

〇巫覡論

自身と他者の関係を考えるとき(すなわち相互規定性を想定するとき)、自身を相対化し自信を他者とみている。ちょうど自信と他者という2点を上から俯瞰しているのと同じ。

 

〇巫女論

地域社会の<共同幻想>を<対幻想>としてデフォルメしたものが巫女である。

最初の拘束対象が同性=母である女性は、その逃亡先として<自己幻想>または<共同幻想>を選ぶ。<自己幻想>と<共同幻想>が本質的に一致する女性は共同性に対し宗教的権威を持つ。

 

〇他界論

自分の死にしろ他人の死にしろ、死を体験することはできない。死は常に心の問題であり、その問題のありかたは<共同幻想>による。死の認識は、<共同幻想>による<自己幻想>への浸蝕をもってなされる。

 

〇祭儀論

<自己幻想>は<共同幻想>に逆立する。

 

〇母制論

擬似性的関係である<兄弟>の対幻想が共同幻想と同致するとき、集団は国家となる。

 

〇対幻想論

<性>的な行為が対幻想を生み出した時、人間の男女とった単なる<性>が分化し、夫婦や親子、兄弟姉妹といった家族としての系列を獲得する。

 

〇罪責論

<共同幻想>にそむくかどうかが個体の<倫理>を決定する。

 

〇規範論

経済社会的構成の以降、すなわち<共同幻想>の以降時において、前時代の<共同幻想>はたんなる<習俗>へと追いやられ、新たな<共同幻想>が生み出される。すなわち時代間における<共同幻想>は連続ではなく飛躍する。

 

○起源論

国家の起源は血縁的共同性から脱却(近親相姦の禁止)を契機とみることができる。邪馬台国については国家として進んだ段階(法や統治の整備されている)である。

 

 

【給料の期待値】北野唯我『転職の思考法』

オススメ度:★★★★☆

20代は専門性、30代以降は経験をとれ。(p.38)

北野唯我『転職の思考法』

 本書のエッセンス
・給料の期待値=人的資本 × 技術資産 × 業界の生産性
・20代は専門性、30代以降は経験をとれ
・転職というオプションがキャリアを強くする

 

サラリーマンになり1年が過ぎた。

何も分からない中、がむしゃらにずっと頑張ってきたが、ようやく周りのことが見えて来た気がする。

 

右往左往と考えながら、次に見つけるべきは「強いキャリア」だと考えるようになった。

「強いキャリア」を考える中でいくつかの本を読み、その中で森岡毅氏の『苦しかったときの話をしようか』に出会った。

この本の詳細は以下に譲るが、読む中で衝撃的だったが転職をオプションに加えるというキャリア観である。

www.artbook2020.com

これは「転職をしろ」とは少し異なる。

転職をすることが目的なのではなく、今の会社を続けることも転職することも並列されたオプションとして扱うことを推奨している。

無意識に今の会社で働くことを前提にしていた自分にとって、これは衝撃的かつ自省させられるメッセージであった。

 

転職したことがない自分が転職するイメージをつける目的で、この本を手に取った。

 

市場価値の考え方

今の会社に留まることと転職することを同列に扱うためには、両方のオプションをとった際の影響と結果を正当に評価できることが前提となる。社内に留まり続けた場合のイメージや影響は付きやすい。

一方で転職したことのない人間や一つの会社に長く居続けた人間取って、今の自分がどれほど市場価値があるか図ることは難しい。

その会社では「できる人」と評価されていても、一歩会社の外に出れば「市場価値のない人」になることは往々にしてある。

このような事態に陥らないためには、会社のなかでの評価がすべてでないことを認識し、市場での評価がどのように行われていくのか、評価の変数は何であるかを知る必要がある。

 

市場価値の方程式

ずばり、市場価値=給料の期待値は以下の式で決まる。

給料の期待値 = 人的資本 × 技術資産 × 業界の生産性(/人)

人的資本とはコネクションのことである。ビジネスは意外と「貸し借り」で動いており、若手のうちはあまり意識されないが、40代になると重要なファクターになる。

人的資本は急には拵えられないため、早いうちから意識して動いておく必要がある。

 

20代は専門性、30代以降は経験をとれ。

次の技術資本は「専門性」と「経験」から成る

「専門性」とは職種に結びつく能力で、営業や経理、エンジニアなどそれぞれの職種で存在する、垂直的なスキルである。ハードスキルとも呼ばれる。

一方の「経験」は職種と結びつかない能力で、マネジメント能力などがこれにあたる。ソフトスキルがこれに近い。

 

技術資本において、キャリアを積んでいく上では時期と順番がポイントになってくる。

20代は専門性、30代以降は経験をとれ。(p.38)

一般的には年齢が上がれば上がるほど転職でも専門性が求められるようになることから、30代こそ専門性が重要なように思われるが、実はそうではないという。

 

なぜなら「経験」はだれにでも回ってくるものではないからだ。

リーダーとしての経験、新規事業の経験は当然社内のエースと呼ばれる人に集中する。つまり「専門性」がある人間にだけ、「経験」がめぐってくる。

したがって、20代で「専門性」を身に着けたうえで、30代で「経験」を回してもらえる戦略がベストになるのだ。

 

最後に、給料というのは畢竟業界で決まる。これはその人間が優秀かポンコツかといったこと以上にダイレクトに影響してくる。

こういった意味でも、斜陽産業や業界に身を置くのは止めた方がいいだろう。

 

転職実践編

ここからは実際に転職を実践した際に抑えておくポイントを列挙していく。

私はこれまで転職したことがないので、今後転職することに決めた際の備忘として残しておく。

 

会社選びの3つの基準
①マーケットバリュー
②働きやすさ
③活躍の可能性

上記の3ポイントを言い換えれば、将来性があり自分が活躍できることが重要であるということになる。①のマーケットバリューとは、簡単に言えば"イケてる"社員が集まっているかという部分にあたる。転職の議論では①②が対立として語られることが多いが、実際には①②は長期的には両立する。

②③を転職活動の中で見極めるためには、面接にあたって人事に直接伺うのがよい。そのうえで自分がその会社の中核事業においてバリューを出せそうか(スキルややりたいこととマッチしているか)、転職の場合には中途社員が活躍できる土壌があるかを確認する。

また本書では加えていいベンチャー企業の見分け方についても言及している(p114)。

 

いいエージェントの5か条
①懸念点含めFBくれる
②キャリアを軸にアドバイスしてくれる
③回答期限や年収の交渉ができる
④粘り強く新たな案件を探してくれる
⑤太いパイプを持っている

エージェントは就職を決める点にインセンティブがあるため、利害関係の構造として100%就活者の味方になりえない。

それでもエージェントにより良し悪しはあり、それを見分ける基準として上記の5か条は役に立つ。

 

終身雇用が崩壊し転職が当たり前になった今、受け身の転職ではなく攻めの転職がキャリアを成功に導くカギとなる。これからもサラリーマンとして生きていく人にとって必読だと思った。

 

 

【本の紹介】宇田川元一『他者と働く』

オススメ度:★★★★☆

対話とは、権限や立場と関係なく誰にでも、自分の中に相手を見出すこと、相手の中に自分を見出すことで、双方向にお互いを受け入れ合っていくことを意味します。(p.22)

 

宇田川元一『他者と働く』

 

 本書のエッセンス
・対話は適応的問題(関係の中で生じる問題)に対し有効
・対話とは相手の立場に立ち自分の視点を変えることで関係性を構築すること
・私とあなたは違う。違うことを認めた上で相手の立場に立つことが大切

適応的問題と対話

本書における問いは、既存の枠組みで解決ができない<適応的問題>に対しどう向き合えばよいかである。そしてその答えが<対話>となっている。

 

ハーバード・ケネディ・スクールのロナルド・ハイフェッツによれば、問題は以下の2つに分類することができるという。

①技術的問題
②適応的問題

①技術的問題とは既存の枠組みで解決することのできる問題を指している。のどが渇いたという問題は、水を飲むという既存の枠組み(知識)によって解決できるため、技術的問題に分類される。技術的問題が解決できない時には、知識を付けることで解決ができる。

一方の②適応的問題は人と人/組織と組織との関係の中で生じる複雑な問題であり、いくら知識をつけても解決するものではない。

 

適応的問題を技術的に解決しようとする際、既存の枠組み(それぞれの立場から物事を見ている)で考えているため、問題の立て方自体が制約される。

適応的問題の解決には新たな関係を構築する「対話」が必要(相手の立場に立つことで、見方を変えていく)。相手を変えるのではなく、自分の視点を変える。

相手の中に自分を見出し、自分の中に相手を見出すことで、マルティン・ブーバーの「私とそれ」という道具的関係から、「私とあなた」という固有の関係(それは可換だがあなたは不可換)を構築できる。(岸政彦の他者の合理性に近い概念)

 

ここでの視点とは、その問題特有の点としての視点ではなく、時間的広がりを持った広義の概念である。すなわち相手のこれまでのバックグラウンドや立場としての制約、培ってきた気質までを含んでている。

筆者はこの広義での視点のことをナラティブと呼んでいる

 

適応的問題解決の方法論

私たちはすべての問題を解決可能であると錯覚してしまう。つまり本来適応的問題であるものを技術的問題であると考え、失敗へと突き進んでいく。

この失敗を回避するためには、技術的問題に見えていた適応的問題を「適応的問題」であると再認知し、解きほぐしていく必要がある。筆者はこの解決プロセスを以下の4ステップで表現している。

①準備
②観察
③解釈
④介入

まず最初のステップ①準備である。この準備とは技術的問題であると錯覚していた問題を適応的問題であると受け入れる準備の段階である。問題が適応的問題であると受け入れて初めて、その問題の解決すべき本質は何であるかの②観察が可能になる。

対話による②観察を進めていくと、相手のナラティブが明らかになっていく。相手のナラティブが明らかになったところで、③解釈によって相手のナラティブにとってどうすればこの問題解決が有意味性を帯びるかを考え、互いの間の溝に橋をかけていく。

お互いの間に橋が架かってしまえば、この適応的問題に鎮座していた関係性のしがらみは解きほぐされている。関係性の課題を解決した今、適応的問題は技術的問題へと姿を変え、既存の枠組みによる問題解決が可能になる(④介入)。

 

他者の合理性

この本の内容を一言で要約するならば、岸政彦の「他者の合理性」である。

一見相容れない状況に対し、他者の立場から再度問題を眺めることで、他者が主張してきた合理性が初めて現れる。

この本の中で「他者の合理性」を強く感じさせられたのがあとがきの以下の文章である。

私たちはお互いに理解し合えない苦しみ、他者に見せられない痛み、そしてそれを語ることのできない寂しさを抱えて、今の企業社会を生きています。

しかし、私たちはだからこそ、そのことに向き合って、新たな信頼関係、絆、そして「連帯」を築いていく入り口に立っているのです。連隊とは、不愉快なことを言ったり都合の悪いことをしてくるようなわかりあえない他人と思うような人であったとしても、自分がその他人であったならば、同じように振る舞ったり、感じるかもしれないという可能性を受け入れることです。(p.178)

「自己責任論」が蔓延するこの世の中で、生きやすい社会をみんなでつくっていくためには他者の合理性が欠かせないと感じた。

 

 

【大胆すぎる詐欺師】スピルバーグ『Catch me if you can』

オススメ度:★★★★☆

2匹のネズミがクリームに落ちた。

1匹はすぐに諦め死んでしまった。もう1匹は諦めずにもがき、やがてクリームはバターとなり外に這い出た。

 

『Catch me if you can』

 

 この映画のエッセンス
・ディカプリオ×ハンクス×スピルバーグ=最高
・ディカプリオは詐欺師が似合いすぎる
・『ザ・クリスマス・ソング』が沁みる

 

あらすじ

地元の名士の家に生まれたフランク(レオナルド・ディカプリオ)は裕福な家庭で順風満帆の生活を送っていたが、父が国税局に目をつけられ脱税の容疑をかけられたことにより一家は没落してしまう。

さらに母の浮気や両親の離婚に辟易したフランクは家を出ていく。

 

マンハッタンに出てきたフランクは金を得るために小切手詐欺を始めるがうまくいかない。そこでフランクは社会的身分の高いパイロットになりすますことを思いつき、見事成功する。

手に入れた金で優雅な生活を送っていたフランクであったが、ハリウッドのホテルに滞在中にFBI捜査官のカール(トム・ハンクス)と鉢合わせてしまう。

銃を突きつけられ絶体絶命の危機であったが、自身を秘密検察官だと騙し逃げ遂せる。

 

再び豪華な生活に戻ったフランクはある日、知人の怪我を機に病院を訪れ小児科医になりすますことを思いつく。そして本当に病院に勤務するようになり、そこで知り合ったナースのブレンダと婚約する。

ブレンダの父親は有力な検察官であることを知ると、今度は法の道に戻りたいと嘘をつき、弁護士資格を取り義父の事務所で働き始める。

 

フランクとブレンダの婚約パーティーの日、カールはドア一枚というところまで追い詰めるが、フランクは再び逃亡する。

大胆な方法で国外逃亡したフランクと上司からギブアップを命じられたカールとの最後の追いかけっこが始まる。

 

感想

ディカプリオは詐欺師役がよく似合う。セクシーで不適な笑みと情熱的な演技が見るものを魅了する。

この映画は、主演:レオナルド・ディカプリオ、助演:トム・ハンクス、監督:スティーブン・スピルバーグと間違いないメンバーで作られた作品。

 

個人的にもっともグッと来たのがフランクが飛行機から脱走し、母の暮らす家を訪れたシーンである。

 

クリスマスの夜、雪の降る中フランクは父の親友と不倫し、そしてその相手と結婚した母の元を訪ねる。

そこには暖かい部屋で楽しげに過ごす美しい母と男、そして小さな女の子がいた。

 

フランクはクリスマスの夜にもう一度、母に会い受け入れてほしかったに違いない。

しかしある種完璧な形でできあがった幸せを見て、それを壊すことはできないと観念し、涙した。

 

BGMとしてナット・キング・コールの名曲『ザ・クリスマス・ソング』が流れ、情景を味わい深いものにしている。

 

色褪せない名作。