本と絵画とリベラルアーツ

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一人ディズニーのススメ

みなさんディズニーは好きでしょうか。

 

人ごみが嫌だとか長い行列に並ぶのがめんどくさいという点を除けば、完全に嫌いという人は少ないと思います。

学生であれば数年に一回は行く機会があるでしょう。

 

私は年パスを買ってからディズニーにどっぷりはまり、去年は一年間で100回行きました。ディズニーの年間パスポートは13回通えばもとが取れるので、すでに7年分は元を取った計算になります。

 

ほとんどの人が想像するディズニーは、家族や友人、恋人同士で訪れているとこでしょう。

おそろいのファンカチューシャをつけて、長蛇の列の中で自撮りを楽しんでいるところをよく見かけます。

 

そんな和気藹々とした雰囲気のなかでも、少し関心を向けてみると一人で来ている人が意外にいることに気づきます。

その多くは一眼レフを抱えたDオタ(ディズニーオタクの略)ですが、中にはそうは見えないその辺に居そうな人が、その辺と同じ雰囲気でパークを散歩しています。

 

 

私も年パスを買うまではディズニーはアトラクション専門でした。

気の合う仲間たちと比較的大勢で朝からわいわいとアトラクションにならび、一日遊び倒す。そんなまわり方が普通でした。

非日常に飛び込むのが楽しみで、何度も行っているはずなのに心なしかみんなそわそわしていました。ディズニーは特別な場所でした。

 

ディズニーが特別な場所であるのは今でも変わりません。他の場所とは違った、たくさんの思い出がそこに残っています。

しかし年パスを買ってからは非日常ではなくなりました。

気軽に行けるようになり、次第に非日常で特別な場所は日常で特別な場所に変わっていきました。

 

日常になると、ディズニーの中での行動も変わってきます。

アトラクションに一目散に進んでいた時には気付かなかった細かな点にも気付けるようになります。

装飾や季節の草木、人々の往来など今まで見えなかった部分がたくさん見えるようになってきます。

 

ディズニーの作りこみのこだわりはとてつもないです。

たとえ時間がどれだけあっても全容を把握することはできないでしょう。

 

一人ディズニーではこれらの秘密を少しずつ気づいていくことができます。

車も自転車も入ってこない美しい道でBGMに耳を傾けながらする散歩は格別です。

 

ディズニーシーではお酒も楽しむことができます。

季節のカクテルやビールなどが中心ですが、コロンビア号内のバーや要塞の中のラウンジでは本格的なカクテルやワインを飲むことができます。

 

綺麗な景色を眺めながら散歩し、疲れたらおいしいお酒とゆったりした雰囲気で一休みする。そんな贅沢なディズニーの使い方もたまにはいいのではないでようか。

【本の紹介】植木理恵『シロクマのことだけは考えるな!』

オススメ度:☆☆☆

 

近年の心理学ブームのはしりになった『シロクマのことだけは考えるな!』。

氾濫する初心者向け心理学書よりは、科学的な説明がなされている。

心理学に興味を持つには丁度いい本だが、多少なりともかじったことがある人には物足りないボリュームになっている。

 

実用的な心理学が並ぶ中でいくつか興味を引かれたものがあるので、紹介する。 

 

忘れようとすればするほど忘れられない

人は誰しもつらい思いをどこかに抱えているが、もしそれを忘れようとしているのであれば逆効果である。

人間は、忘れようとすればするほど忘れられないようにできている。

 

この本のタイトルである「シロクマのことだけは考えるな!」はまさにこの事実を検証した実験からとったものである。

その実験とは、グループを3つに分けそれぞれに、「シロクマのことを覚えておけ」「覚えていても忘れてもどちらでもよい」「シロクマのことだけは考えるな!」と伝えて一年後どれだけ覚えていられたかを検証した。

その結果、「シロクマのことだけは考えるな!」と支持されたグループが一番克明に記憶をしていた。

 

この実験から分かる通り、人間は無理に忘れようとすればするほど記憶に刷り込まれ、忘れられなくなってしまう。

 

むしろ忘れたい場合にはその事実に飽きるまで向き合うのが効果的だという。

 

また同様に従来悲しいときには楽しい音楽を聴くことでメンタルが回復すると考えられていた(気分一致効果)。

実際はこれは逆効果であり、気分がマイナスの状況においては悲しい音楽やテレビを見たほうが回復への近道であるそうだ。

 

 

感情の言語化は真の感情を隠してしまう

心理学では、自分のレベルの浅い感情を言語化することは真の感情に気づく妨げになると考えられている。

自分が何かを見てステキ、かっこいいと思ってメモに書きとめたとしてもそれは浅いレベルの感情に過ぎず、実際にはもっと深い感情が自分の中に存在している可能性がある。

 

あえて感情を書きとめないことで自身のより深い感情に気づけるかもしれない。

筆者は、メモを取る際には客観的な事実だけを書きとめておくことをおすすめしている。

 

 

ムチは逆効果

人を指導する上でアメとムチを使い分けることは常識だと考えられているが、実際には

それらは間違いかもしれない。

 

ムチを使って指導することは逆効果になってしまうことが懸念されている。

ムチは何かを刷り込ませるために、また罰として使われることが多い。しかしムチによって刷り込まれるのは恐怖であり、何かの習得には向いていないかもしれない。

ラットを使った練習では、ムチとして電流をつかったグループのラットは学習レベルが下がってしまった。

 

またアメの方にも使い方にコツがある。

実験では毎回アメを与えてしまうと意欲が下がってしまうことが報告されている。

あえてたまにアメを抜くと効果が上がるとされ、その頻度はおよそ5回に1回抜くのが良いとされる。

 

会議では敵のとなりに座った方がいい

会議の席 スティンザー効果

対面 → 意見に反論しやすい → 味方は対面

横並び → 同調しやすい →  敵は隣

 

人は自分のことを言い当てられたい

自分のアイデンティティを確立させたい

→人は自分のことを言い当てられたい。

二面性提示  +  断定 が効果的

 

 

行きたくないバイトは辞めちまえ

なぜだか今日はやる気が起きない、バイトに行きたくないという日が誰しもある。

 

天気のせいかもしれないし、寝不足が原因かもしれない。バイト前の予定が楽しすぎて中断したくないという日もある。

とにかく今日は行きたくないという日を経験したことのない人は少ないだろう。

 

たまに行きたくないのであれば仕方がない。

どんなに楽しいことでもそう頻繁にあれば気分の乗らない日もある。焼肉も寿司も食べたくない日があるのと同じである。

 

このようなことがそう多くないのなら我慢するのも難くない。焼肉の気分でなくても、1日2日無理して食べるくらいなら耐えられるだろう。

 

 

ただ、いつも行きたくないのであれば話は別である。

毎日バイトの前になると、行きたくない、体調が悪いと言い出す人がいる。思い返せばバイトに限らず、学生時代の部活においても同じような状況な人がいた。

 

なぜ彼らは辞めないのであろうか。

バイトを辞められない理由を集めていけばお金がないというのが一位になるだろう。

うだうだと文句を垂れながらバイトしている人も結局の所お金が欲しいから辞められないのだ。生きていくには金がある、やりたいことをするには金がある。だから仕方がないと彼らは言うだろう。

 

断じてそんなことはあるまい。

自分のいやなことに時間を費やしてまで釣り合うバイトなどどれほどあるだろうか。

この売り手市場で、これだけ生き方が多様化して、仕事の種類も無限に広がる中でなぜいやなことを選択するのだろうか。

どんな人にも向いている仕事と向いていない仕事がある。

それにもかかわらず向いていない仕事に貴重な時間を捨ててしまっている人が多すぎる。悲しすぎる。

 

比較的変更の容易なバイトでさえ自分の生き方を選べないのであれば、働き方改革など絵に描いた餅にすらならない。

 

いやな労働に従事し続ける彼にとって、お金とはいやなことをした対価でしかない。そう思いこまなければ自分のストレスを逃がしてあげることができない。

リスク回避的な行動がむしろリスクを固定化してしまっている。

 

ストレス見えないリスクだ。

いやなバイトを続ける以上、そのストレスを延々と受け続けなくてはならない。

 

行きたいと思えないバイトなどやめてしまうべきだ。あなたに向いている仕事は必ず生き方は必ず存在する。働かない選択肢だってある。

 

今のバイトが今自分が切り売りしている時間に見合っているのか真剣に考えるべきだ。

辞めることは何一つ悪くない。

自分の人生を豊かにするために何を選択し、何を選択しないのかよく考えなくてはならない。

 

 

 

 

志望校の決め方《高校受験編》

お盆も近づき、中学・高校生の夏休みも後半にさしかかってきました。

私が小学校の頃は夏休みといえば8/31まであり、9月頭の土日ボーナスを満喫していたような気がします。

どうもこの頃は夏休みも短くなったようで8月の終わりには秋学期スタート、あるいは始まらなくとも8月のうちに登校日が設けられていることも多いようですね。

 

さて、夏休みは受験の天王山とも言われるように夏を過ぎると受験生たちの大体の見通しも立ってきます。

また同時に受験生にとっては志望校をそろそろ本格的に絞らなくてはならない時期であります。日本中の多くの受験生たちが頭を抱えていることでしょう。

 

志望校を決める上で重要な要素はいくつかありますが、まずはなんといっても偏差値でしょう。

もちろん偏差値が学力そのものではありませんが、あまりにも自分の偏差値と乖離のひどいところを受けるのは得策ではありません。

 

 

偏差値に基準にした話し合いは親子同士、三者面談、塾での面談等で散々聞かされるものと思います。

耳にタコができるくらい聞かされるでしょう。きっとウンザリしている受験生も多いと思います。

 

偏差値以外にも志望校を決める要素は沢山あります。

偏差値だけに目を向けるとついつい頭が痛くなってきますが、それ以外の部分について考えることで高校生活が楽しみになったり、待ち遠しくなるかもしれません。

今回は偏差値以外の志望校を決める要素をいくつか紹介したいと思います。

 

立地はいいか

私が志望校に求める条件第1位は立地でした。

ここでの立地とは家からかかる時間、学校の最寄駅の周りの発展度合いを指します。

 

・家から近いか

まず家から遠いところはオススメしません。

どんなに希望をもって入った高校であっても家から遠いとだんだんと行くのが億劫になります。

 

最初の頃は興奮や緊張があるので朝も難なく起きて投稿することができますが、2年生にもなるとめんどくさくてめんどくさくて堪らなくなります。

 

さらに部活が加われば帰りは遅くなり、朝練まで含めると7時過ぎにいくことになります。

学校まで1時間半かかるとき、7時半に学校につくためには6時に家を出なくてはなりません。

そうなれば入学を決めた自分を恨むことになるでしょう。

 

・駅前は栄えているか

三年間仲のいい友達と過ごすホームグラウンドです。

高校の最寄駅や近くの大きな駅はあなたの第二の地元になります。散々カラオケにも行き、ゲーセンに通い詰め、幾度となく食事をすることでしょう。

 

一通りの娯楽はもちろんのこと、食事できる場所もバラエティに富んでいた方が良いです。

普段小腹が空いた時に駆け込む安い牛丼屋やラーメン屋、クラスの打ち上げに使えそうな広めの食べ放題の店、特別な日に使えるちょっとお洒落な店。そしていつまでも駄弁っていられるファストフード店やフードコート。

 

これらのお店はきっとあなたの青春をさらに豊かにするために何役もかってくれることでしょう。

 

私も母校の近くには思い出深い店が多いです。たまに母校を通りがかると、次々に思い出が蘇ってきます。

 

高校時代に見つけて、店のチラシを配っていたお兄さんに大人になったらおいでねと言われた居酒屋に成人して初めて行った時には何とも言えない感慨深い思いをしました。

 

絶対に最寄駅の周辺が栄えてるかどうかは気にすらべきです。

学校へ見学に行った際には是非確認しましょう。

 

気になる部活動はあるか 

一生に一度の高校生活。せっかくなら何か打ち込めるものが見つかるといいですね。

 

打ち込むものと仲間とを同時に得ることが出来るのが部活動です。

 

ガチなスポーツ校を除いて、一般的な高校では運動部であっても初心者歓迎のところが多いです。

中学よりも種類が多いことが多く、中には珍しい部活動もちらほらあります。

 

ぜひ部活動には入りましょう。

 

何もしないにしては三年間はなかなか長いです。

部活に入ると知り合いが圧倒的に増えます。クラスを超えた友人のつながりは部活が橋渡しすることが多いです。

 

高校を卒業したあとも、部活のときの経験は一生話題に上がり続けます。

クラスであった出来事よりも、部活でのイベントの方が印象深いものになります。

 

その時は何気ない日常であっても、何年も経つと熟成され、甘い香りのする日々に生まれ変わります。

 

校則は緩いか

最後に気をつけたいのが校則です。

 

校則は中にいるとあまり気付きませんが、実際比べてみると学校ごとにそこそこ差があります。

一つ一つは細かい決まりでも積み重なるとストレスになることもあります。

 

ピアスは上げていいのか、化粧はしていいのか、髪は染めていいのか、そもそも髪を伸ばしていいのか、服装に決まりはあるのか、留年はあるのかなどなど気になる点は沢山あります。

 

自分は模範的な生徒であるから気にならない、という人ならいいですが、少しでも高校ではっちゃけたい、遊びたいという人は校則も気をつけた方がいいでしょう。

 

金欠大学生の本の選び方《ブックオフ編》

私は本を読むのが好きで2,3日に一冊くらいのペースで読んでいます。

 

本を読みだしたのは小学校3年生あたりからで、友人に割と強引に勧められた伝記を読んでから自分でも好きな本を読むようになりました。

それから中高と読む時期、読まない時期を繰り返しながらなんとか今まで続いています。

 

本が好きな人は、本を集める派か集めない派か二つに分かれると思います。

集める人でも新品で買うのか中古でいいのか、集めない人も本は買うけど読んだら売ってしまうか、それとも図書館で借りてくるのか。人それぞれだと思います。

 

私は中古で集める派の人間です。

めぼしい本を見つけるとどんどん買って行ってしまうので、常時本棚には50冊近い積ん読がたむろしています。

 

新しい本が広告に出てるとすぐに買いたい衝動に襲われることもありますが、学生の身分で一冊1000円超えは中々痛い。

たまに買うならまだしも、しょっちゅう欲しい本が出る人間にはやや財布が痛い金額です。

その結果、基本的に本の蒐集はもっぱらブックオフで行うようになりました。

 

ブックオフは本の数や種類が雑多で探すのが大変です。

なんの検討も付けずに迷い込むと徒労に終わることもしばしばです。大型書店と異なり、ブックオフには基本的に休憩用のイスがありませんので、長居しているどだんだん辛くなってきます。

 

限られた予算と時間の中で、どうしたら自分の欲しい本や興味の惹かれる本に出会うことができるでしょうか。

 

買う本のジャンルを決める

行く前には買う本のジャンルを決めていきましょう。

漫画も教科書も古典も新書も欲しいな、なんてつもりで行くと中々切り上げ時が掴めずダラダラと無駄な時間を過ごしてしまいます。

 

買う本のジャンルを決めておくだけでも、この棚とかの棚になければもう無いな、と見切りをつけやすくなります。

 

ジャンルはなるべく細かく絞りましょう。

ただ単に小説やビジネス書というよりは、芥川賞受賞作品やチームマネジメントの本といった具合です。

 

細かくサボってしまうことで、触れる本の数が減ってしまうのではないか、ということも考えられます。

しかしこれは全くの反対で、むしろ本のジャンルを絞ることによって出会える本が増えるのです。

 

 本のジャンルを絞らずに本棚を眺めていく場合、本を見つけるセンサーは自分の知っている作家や、興味のあるワードにしか反応しません。

全く聞いたことない作家や知らない言葉は知らず知らずのうちにスルーしてしまうようなります。

 

一方で、ジャンルを詳細に限定した場合にはそのジャンルに対するセンサーが敏感になります。

芥川賞受賞作品を探していれば、普段は気にも留めないような作家でも手を伸ばすようになりますし、チームマネジメントの本を探すならば多少マイナーな本であってもひとまずは開いて中を見てみるようになるでしょう。

 

センサーを敏感にすることで、特定の分野に対する読書経験をより深めることができるのです。

 

 

気になった本は全てカゴに入れる

今度は先ほどの質→量とは異なり、量→質で考えていきます。

 

ご存知の通り、ブックオフは108円から本を買うことができる激安中古書店です。さらにウルトラセール(例年正月・ゴールデンウィーク・お盆に開催)ではこの値段から20%オフになり一冊80円程度にまで値下がります。

 

これだけ安ければ、正直ハズレ本を買ってしまった時のショックはほとんどないです。

あんまり面白くなかったけど、80円だしまあいいか。今後の購入の参考にしよう程度に考えることができます。

 

それだったらいっそのこと気になった本を片っ端からカゴに入れてしまっていったほうが時間的に効率は圧倒的にいいです。

ある程度溜まった段階で、買っても絶対に読まないような本だけ戻せば良いのです。

 

一冊一冊吟味していくとそれだけでかなりの時間がとられてしまいます。

ガバっと本を選んできて、後から簡単に選別し悩むものは全て買ってしまいましょう。

それが新しい本との出会いにつながるでしょう。

 

 

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超初心者がProgate無料プランのPythonコースを使ってみた【感想・MY評判】

1週間ほど前に宣言しまして通り、1ヶ月後にPython3 エンジニア認定基礎試験合格に向けて勉強を始めました。

 

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そして合格に向けて選んだ本以外の教材がオンラインプログラミング学習サービスのProgateです。

 

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Progateとは

Progateは「初心者でも、独学でできるレッスンを」を目指した、初心者に非常に優しい学習サービスとなっています。

 

デモンストレーションにはイラストや図が多く用いられ、新しく出てきた専門用語には説明がつくので私のような全くプログラミングを知らない人間でもスムーズに進められます。

 

一つのレッスンあたりの所要時間は1-2時間に設定されており、その中でも章ごとに分けられているので時間のない人でも細かい時間でサクサク進められるようになっています。

 

 

プランは無料プランと有料プランに分かれています。

無料プランでは各言語の基礎的な18レッスンを受けることができます。定額980円の有料プランになると制限が解放され、全77レッスンを受けることができます。

Pythonは全5レッスンから成っており、無料で受けられるのは1レッスン目までとなります。

(2019年8月7日現在)

 

無料プランを使った感想

無料プランはチュートリアルという感じで、使い方や進み方を知るのにはちょうどいい具合です。

 

多くの言語で無料プランが用意されており、自分の目的別でもオススメのレッスンを教えてくれるので、プログラミングに興味はあるけれど、自分には何があっていて何から始めれば良いのかわからない、という人にはとても親切だと思いました。

 

ただ、無料プランだけでなにかを習得しようするのは難しいなと思いました。

 

無料レッスンで学べるのは文字列や変数、if文レベルまでで、これで何か自分で作れるようになるとは言い難いです。

 

それでも私はProgateにテンポの良い進み方と、丁寧な説明が気に入ったので有料会員になることにしました。

あのクオリティとボリュームで1ヶ月980円はかなりお得だと思います!

 

また有料版を使ってみて、良かった点や気になった点がありましたらまとめたいと思います。

 

最初のステージが動かないとき

最後にオマケですが、学習コース Python  Iの最初のステージ、「Pythonに触れてみよう:目標物を確認しよう」にて何度もフリーズするという事態におちいりました。

 

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この画面でコンソールに数字を入れた後、おそらく無限ループに入ってフリーズしてしまいした。

いろいろ試してみると、問題は自分が全角数字を入力していたことでした。

 

同じところで悩んでいる方いましたら試してみてください。

 

 

 

 

自己肯定スパイラルをつくる

近頃自己肯定感という言葉をよく耳にする。

 

本屋でも自己肯定感に関する本や、自己肯定感の強い子供の育て方の本をよく見かける。

それだけ自己肯定できずに悩んでいる人がいる証左ともいえる。

 

私はこれまで自己肯定の無さに苦しんだことはない。確かに思うようにいかず自己嫌悪に陥ることはあるし、自分の全てが好きだというわけでもない。

自分の全てが好きだというのはただのナルシズムにすぎず、自己肯定感があることと同義ではない。

むしろ行きすぎたナルシズムは自己肯定できないことの裏返しでさえある。

 

正しい自己肯定感は自分を強くし、健全な道徳心にも結びつく。

 

私の周りにも自分をイマイチ受け入れられないと言う人は多い。

自己肯定感の無さは負のスパイラルをもたらす。

 

そんな人に少しでも参考になればと、自分なりに思う自己肯定感の意義と克服の仕方を書いてみた。

 

自己肯定感とは何か

そもそも自己肯定感のとはなんだろうか。

"感"とつく以上自己肯定感は主観的な感情に過ぎずハッキリと定義するのは難しい。

 

 

一口に言ってしまえば自分を信じているということになるが、それだけでは不十分である。

あえて定義するならば、

自分を信じてくれる人がいると信じている自分を信じている

ということではないだろうか。

 

他者を想定しない自己肯定はナルシズムにすぎない。真の自己肯定をもってすれば他者を信じられる。

 

他者を信じるためには、他者を信じると決めた自分を信じるしかない。自分には人を信じることができる能力がそなわっている、人を信じるか信じないかという判断を下すことができる。

すなわち自分の理性と悟性を信じられるということが、他者を信じることの前提にある。

 

自分の判断能力を肯定しながら他者を否定すれば、人はニヒリズムに陥ってしまう。

 

他者を信じることは難しい。

それでも人間が確固たる何かを得るためには信じるという行為が不可欠になる。

『ビューティフルマインド』でも自身の判断力に絶対的な自信を持ちながら、他者を信じることを恐れる天才が描かれている。

www.artbook2020.com

 

 

自己肯定感獲得のためには、独りよがりや情緒の欠如を乗り越えていかなくてはならない。

 

 

自己肯定感を獲得する

それでは実際に自己肯定感を獲得していくためには何が必要であろうか。

 

私たちが何かを得るため、すなわち信じるためには2つのルートが存在する。

 

一つ目は論理である。

人間(特に西洋人)が人を納得させるときには論理を用いる。正しい論理によって道筋を示してやることによって人は未知の何かを受け入れることができる。

たとえ見たことがなくても酸素と水素から水ができていることはよく知っている。何か新しいことを得る上で、論理は有効な手段である。

 

ただしこれには、論理の前提を批判する能力が自分に備わっていると確信していることが必要となる。

 

二つ目は経験である。

私たちの獲得する知のうち、大半は経験から得られる。

たしかに経験は限定化であるという批判はあるが、それでも実際人間が知から経験を排除するにはその絶対数が大きすぎる。

日常のありふれた出来事からコミュニケーション、行動の最適化まで無意識のうちに経験は組み込まれ応用されている。

突き詰めていけば科学でさえも経験にすぎず、明日も同じように科学が通用するとは限らない。万有引力もテコの原理も明日には逆転しているかもしれない。

 

自己肯定感もまた経験によって得られる。

自己肯定感の出発は人に信じられるところから始まる。

人に何度も何度も信じられることによって、自分は人に信頼されるに値しうる人間だと認識していく。

 

こうして得られた被信頼感は次第に信頼というエサがなくとも安定するようになり、自己肯定感の土台が完成していく。

はじめはただの思い込みであっても、長い期間を通じて思い込めば信じることと同義になる。

神がいると思い込み続けることが信仰と同義であるのと同じ関係である。

 

自己肯定スパイラル

 自己肯定感を獲得したとしても、それが未来永劫続くわけでない。

信仰でさえもいつか解けてしまう日がくるかもしれない。

 

常に自己肯定を続けるためには、常に自分に魔法をかけ続けてやる必要がある。

そしてこの魔法も自己肯定を燃料にして繰り返されれる。

そして自己肯定スパイラルをつくり出す。

 

自己肯定スパイラルは

①何かうまくいかないことがある

②自己肯定感によりそれでも自分は大丈夫だと勇気づけを行う。

③できるまでやる

④できる

⑤自分に自信が付き、自己肯定感が補填される

①に戻る

というサイクルで回り続ける。

 

自己肯定する癖がついていれば、たとえ小さな火種からでもこのスパイラルを大きくしていくことができる。

おおきな問題や高い壁にぶつかったとしても自分で自分を励まし続け、ついには乗り越えることが出来る。

 

 自己肯定スパイラルを獲得することとは、自分の人生を生きやすくすることなのだ。